疑惑の遺言書②
「クリスティーに相談したいことっていうのは俺達が聞いてもいいことなの?」
もし差し障りがあるのなら出て行くけどっと楽しい歓談から、このような場を設けるに到った本題へと話が移行することとなりこの中で一番良識のあるハリーが空気を読む。
フランの話の内容は大変気になるけれども個人的な内容ならば邪魔をするつもりはない。
邪魔しかする気のないロバートが余計なことを言うなっという視線を矢のようにハリーに向かって放つのを無視して、同席は問題ないのかと様子を伺うハリーにフランは問題ないというように頭を左右に振る。
「問題はないと思います……実はご相談したいというのは私本人のことではなく、私の家庭教師であるヴィオラ・マーシェのことなのです。勿論ヴィオラ先生にはクリスティー様にお話しをする許可は得ておりますし、色々な方からご意見をいただけた方が参考になると思いますのでご安心ください」
集まる視線に緊張したのか一呼吸おいたフランはハリーへと頷き微笑んでみせる。
その淑女たる微笑みに、ロバートではないがフランのような穏やかな人物が何故クリスティアのような欲望に忠実で狡猾な人物と仲が良いのかハリーにとっても甚だ疑問に思う。
とはいえクリスティアにはなんともいえない人を惹きつける魅力があるのも事実なので、そういった良くない魔力に自分も含めフランも魅了されてしまっているのだろう。
「ではお話くださるかしらフランさん」
「はいクリスティー様。ミス・ヴィオラ先生は伯爵家の孫娘で今年三十二歳になります。早くにご両親を亡くされ引き取ってくださったお爺様の元で育ったそうです。そのお爺様なのですが先の戦争で大変活躍した狙撃手なのだそうですが……鎮魂のリアド、ご存じですか?」
「リアド・マーシェ様ですわね、存じております。『かの口笛が聞こえたら気を付けろ、深淵の森に眺望の平原、その姿は目を凝らしても見えぬ、ただ音色だけが死を告げるだろう』リアド様を恐れた敵国の騎士が畏怖を込めて謳った詩ですわ」
先の戦争のことは学園の授業で習うことでもあり、その中でもリアド・マーシェは教科書に出るほどの有名人で敵国に恐れられた武人だ。
「リアド伯爵が活躍した時代は我が国の混迷期でもありましたので教育を受けられなかった者が殆どだとお聞きしております、それはリアド伯爵も例外ではなく。ご自身も武力の功によって今の爵位を賜ったせいか教育にあまり関心の無い方だったそうです。教養を得ることほど無駄なことはないと常々そうおっしゃられていたそうなのですが……ヴィオラ先生はその逆で私の家庭教師をなさっているようにとても勉学に励む少女だったそうです。知識ほど心を豊かにしてくれるものはないとお考えのヴィオラ先生とリアド伯爵とでは全く正反対の性質ですのでそれでしばしば対立をなさっていたようなのですが、それ以外での仲はとても良く。教師になるためヴィオラ先生が家を出てからも月のお休みには必ず伯爵の元へ訪れお互いの近況などを話あっていたそうなのです」
お互いがお互いにもつ信条の違いはあれど家族という愛情で強く結ばれていたリアドとヴィオラ。
戦場を駆け抜け、勇ましく生きたリアドにとってその生活は随分と穏やかなものだっただろう。
「そしてその伯爵が先日突然お亡くなりになられたのです。ヴィオラ先生はそれはそれは深く悲しんでおられましたのでゆっくりと伯爵とのお別れをしていただくため休暇を取っていただいていたのですが……昨日、急ぎ戻ってこられたのです。それが酷く動揺されておりましたので、なにがあったのかと問いますと相談されたのが……その、もしかしたらリアド伯爵が残された遺言書に疑いがあるかもしれないということなのです」
「疑いですか?」
「えぇクリスティー様、最初はヴィオラ先生もなんら疑うことはなかったそうなのです。リアド伯爵にはお子様が三人おられてヴィオラ先生の亡くなられたお父様である長男、そして子爵家へと嫁がれた長女、未婚で王都にお住まいの次男がいらっしゃるそうなのですが、遺言書には遺産を存命の子供達に等分に相続させると記してあったそうです。その中には理由がありヴィオラ先生は含まれませんでしたが家族を大切にしていらした伯爵ならば遺言書の内容は当然であろうとヴィオラ先生はそう思っていたそうなのです。ですが……遺言書を開封して三日後に奇妙な手紙がヴィオラ先生宛に届いたそうなのです」
「手紙?」
「はい殿下、こちらですクリスティー様」
興味深くなったのか身を乗り出したユーリに頷いたフランは持っていた小さいポーチから紙封筒を取り出しクリスティアへと差し出す。
封蝋のないそれを受け取ったクリスティアは中から一枚の紙を取り出す。