馬車の告解⑧
「実はね……寝室に隠しましたの!」
成功した悪戯に喜ぶ子供のように手を合わせて凶悪な牙の覗かせた笑みを浮かべる少女の無邪気さに、今にも喉元を食いちぎられるのではないかと怯える私は震える声を絞り出すように上げる。
「し、寝室に……?」
「えぇ、しかも両親の寝室に!灯台もと暗でしょう?」
すっかり乾ききった喉からはヒューヒューと甲高い息が漏れ、全力で走った後のような息苦しさに堪らずクラバットを緩める。
自慢気に隠した部屋の説明をする少女の声は先程から獲物を威嚇する肉食動物の唸り声のように私を縮こまらせる。
そこは、そこは真っ先に私が思いついた隠し場所だ。
では何故その場所を口に出さなかったのか、何故こんなにその場所に不安を抱くのか。
なにかを隠すように前のめりになりどんどんと丸まっていく背中に、身が凍りそうなほど冷えていく。
「で、では衣装箪笥に隠したのかな?」
「違いますわ」
「化粧戸棚?」
「そんなところに隠してしまったら母にすぐ見付かってしまいますわ」
「では、では……!」
「まぁ、ロレンス卿ったら面白い方ですのね。まるでわざと答えを間違えているようですわ」
わんわんっと耳の奥で鳴り響く妻のがなり声。
見当違いの場所を示し隠し場所がその場所であるように祈りながら、頭の片隅にある真実の隠されている場所ではないことを祈り続ける。
少女がクスクスと笑い、私が正解をわざと避けているのではないかとおかしがる。
真っ先に思い浮かべそうなところが出て来ないなんてと言われても私にはどの場所に隠されているのか見当が付かないのだ。
ただ、妻の声だけが辺りにこだましている。
「正解はね……ベットですのよ!」
全ての場所を言い終えて項垂れる私にとうとう見付けたとその牙を喉笛に突き立てた少女が喜ぶ。
意外でもなんでもない。
そこ以外にはあり得ない。
そうだ私はベッドだけは避けていたのだ。
妻が待っているベッドだけはなんとか避けたかったのだ。
「ベ、ベッド……は、しかし、寝てしまえば気付かれてしまうだろう?」
「それはそうですわ、ベッドの中になんて隠したりしませんもの」
「では、何処に……」
それでも往生際悪くその場所を否定する。
もう止めてくれ。
これ以上はもう探らないでくれ。
赤だ。
赤色なのだ。
私のベッドにはなにも隠されていないのだからと耳を塞ぎたくなるほどの心音を響かせながらバクバクと凶悪な牙でこの身を食われているような体の痛みと震えは私を苛む。
夢と現実の均衡を失いつつある思考は靄が掛かり霞んだ瞳には己の手が赤く染まっているように見えて、何度も何度も赤いシャツでそれを払うように拭う。
「あ、いや、いやいや私が当てよう!ベッドの……ベッドの上……天蓋の上ではないだろう?」
これは彼女の口から聞くべきことではない。
私は今、告解を受けているのだ。
嘘偽りなく正直に話すことがこの場で尤も相応しい告白なのだ。
私の隠した真実を。
私の思う事実を。
なんら疑われぬように打ち明けるべきなのだ。
拭えば拭うほど手が赤色に染まっていく。