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放課後アンノウンズ  作者: 猩猩
第二章〜迷ヒ猫と自傷少女〜
9/14

迷子

どうも、筆者の猩猩です。

というわけで始まりました、第二章です。

視点は前に言っていた通り戌井 一子となります。物語の時系列としてはあの鳥の事件から二か月後の梅雨の季節である六月。あの悪夢のような事件から解放された少女は、ある時一匹の黒い子猫と出会う_____。


 ここはどこだろう。

 右を見ても、左を見ても見慣れない景色。人が闊歩し、道の真ん中を巨大な鉄の塊が通り抜ける。

 顔を上げると、降り注ぐ雨粒が額を濡らす。そもそも、全身が濡れているから関係ない。だが、この雨は徐々に体から温度を奪っていく。…このままでは、死んでしまうかもしれない。

 それは、嫌だ。

 この世界に来ることを、何よりも夢に見ていた。

 この世界を夢見ていたのは、知るためだ。御伽噺でしか知ることのなかった人間とはどんなものか、それを知るために夢を見た。

 そして、夢は叶った。深い霧が満ちた山を走り抜けた先に待っていたのは、人間の世界。

 けれども、夢に見ていた世界とこの目に映った世界との共通点は何一つなかった。…いいや、一つだけならば。

 確かに、この世界には人間はいた。それは確かだ。なのに、何故彼らには笑みがないのだろう?話に聞いた、賑やかな市場に見惚れるほど巨大な天守閣は?

 そんなもの、ここには存在しなかった。

 あるのは無気力な人間のような何かが作り上げた冷たい地獄のみ。

 この世界のどこが理想だ。

 帰らなければ。ここに居てはいけない。

 だが死んでしまっては元も子もない。早くどこかで身を休ませなければ。

 けれども、足が、動かない。

 いや、動かせているかどうかも分からない。何せ、感覚がない。これは寒さのせいか、それとも気づかずに負っていた傷のせいなのか。

 それに、身を休めようともこんな異世界ではゆく宛がない。

 木の下で休もうにも、この石の世界には木々の一本もないからどうしようも出来ない。

 どうすれば良いのだ、と鳴く。

 答えは返ってこない。

 何故ならば、この世界に自分を助けてくれるような存在は居ないのだから。

 限界を迎えた足から力が抜ける。支えを失った体が水浸しの地面に転がる。

 …場違いな眠気が襲ってくる。

 寝るからには、もう少しいい所が良かったな。






 その時、小さな体に降り注ぐ僅かな日光が遮られる。同時に雨粒も。

 小さな塊の瞼が薄らと開く。その目に写ったのは巨大な影だった。もはや、恐怖さえ憶えることのなくなった小さな塊はその影を見る。

 それは長い髪をもった人の子供だった。

 女の腕が黒猫に向かって伸びる。

 小動物にふれた経験がないからなのか、その腕はわずかに震えていた

 腕は水に濡れた小さな塊を包むように持ち上げると、その口元に小さな塊を近づける。

 そして、うっすらと微笑むと呟いた。

「もう、大丈夫だよ」















 パラパラと窓の外から聞こえる。眠りから覚めると、目を開ける。

 目を開けると、顔を右に向けてにして、部屋に置かれたテーブルにある時計を見る。表示された数字ははいつも起きる時間と同じだった。なのに、いつもよりも極端に部屋が暗い。

 上半身を起き上がらせると、窓に掛かったカーテンを開ける。カーテン越しでも見えたが、生憎と今朝の天気は"雨”らしい。

 はぁ、とため息をつく。

 どうも、雨の日はなんだか憂鬱な気分になる。

 傘を差さなければいけないし、靴も汚れる。何よりも気持ちが沈んでしまう。それが重なって、自分が不幸な存在なんだと感じてしまう。そう感じるのが、嫌で嫌で仕方がない。…でも、実際、それは間違っていないのだろう。

 洗面所に行って、鏡を覗く。

 寝癖だらけの髪、ハロウィンメイクのような隈。

 私━━━━━━戌井 一子の朝は、そんな酷い自分の姿を見ることから始まる。髪をとかして寝癖を治す。そして、冷たい水で顔を濯ぐ。

 冷たい水は苦手だけれど、この方法でなら手っ取り早く目を覚ますことが出来るのだから重宝している。

 ひんやりとした顔をタオルで拭うと、ふぅ、と息を着く。

 そうして、私の一日という物語の幕は開けていく。












 一歩足を踏み出すと、玄関に張られた石の床から音がなる。この音を数度響かせると、玄関のドアを開ける。それと同時に傘を前に向けて開く。傘を頭の上に持ってくると、もう一度足を踏み出す。これより先に屋根はない。

 鞄を肩にかけると、空いた右手を前に出す。

 そうして、手のひらを広げる。

 雨粒が指先に触れる。

 弾けて、水滴が指に散る。そして、冷たい。

 感じたのは、やっぱり嫌悪感だ。

 どうしても、雨は好きにはなれない。

 靴と服は濡れるし、体は冷える。それに見える全てを暗くさせる。

 空を見上げる。

 ほこりの塊のような灰色の空。太陽を隠して、雨を生み出す元凶。

 あんなもの、無くなってしまえばいい。

 自分でも吐き気がするほどの嫌悪感の正体は、きっと、私の中にある、同族嫌悪なのだろう。












 校舎に入ると、まず玄関先で傘から水をはらう。それから、濡れた革靴を脱いで、下駄箱の中にしまう。

 そして、上履きに履き替えると、いつもの教室へと向かう。

 薄暗い教室。

 そこに人はいるけれど、明かりはなかった。

 数人のクラスメイトが賑やかに話をしているけど、誰も電気をつけようとはしていない。それは単に面倒臭いからか、それとも…。考えようとして、止めた。

 それはさすがに考えすぎなのだろう。

 席に着くと、鞄から栞が挟まった文庫本を取り出す。

 本の名前は、『海底二万里』。ジュール・ヴェルヌが描く、海底という未知の世界での冒険物語。

 最近は、この本をちまちまと少しづつ読むことが楽しみなのだ。

 栞は本の真ん中辺りに挟まっている。つまりは、最初の部分しか読めていない。けれども、私は冒頭の時点ですっかりこの本の虜になってしまった。本物の海の底を見たことの無い私でも、この本で描かれた海底の姿は美しいと思うのだ。

 …それでも、読んでいる時にふと考えてしまった。

 この話の中で、主人公たちは望まずに未知の世界へと足を踏み入れた。そうして、ネモ船長との出会いから海底という未知の世界を目の当たりにする。

 それは、今の私たちと似ている。

 私たちは、未知の世界に望まずとも踏み込み、それと出会ってしまった。

 鳥の形をした悪魔のような化物。その化物は山に登った人間を奇妙な巣へと作り替えた。どうしてそんな事をするかなんて分からない、理解もしたくはない。けれど、それを見た私たちは恐怖を感じた。…少なくとも、私は。

 初めて見た死体。それはグロテスクなんて言葉では到底言い表せない、人間そのものを冒涜するかのような物体だった。吐き気がした。異様な空気とも相まって、胃は反旗を翻しそうになっていた。

 でも、その吐き気は抑えなければならなかった。

 吐いてしまえば、私は彼らを冒涜することになる。

 きっと、あの人たちは怖かったはず。訳も分からず殺されたあの人たちはきっと私たちよりも怖かったはず。それなのに、あの人たちは人らしく死ぬことは出来なかった。

 なのに、気持ち悪い、だなんて。そんなのあまりにも酷すぎる。

 だから、私は飲み込んだ。平常心でいなければならなかったから。

 でも、見てしまった。

 オレンジ色に染まった空に羽を伸ばす、それを。

 絶望という言葉はまさにあの瞬間のことを指すだろう。

 視界が暗くなり、考える能力が欠けて、体から力が抜け出ていった。

 あんな感覚、出来ることなら二度と味わいたくはない。

 目眩がした。

 読んでいた文字がバラバラになる。

 落ち着こうと深く息を吸い、吐く。鼓動の感覚が遠くなる。

 ある程度の落ち着きを取り戻すと私は顔を上げた。気付けば、教室には明かりがついていた。教室内の生徒も多くなり、時計は八時前を指している。

 どうも、私の至福の時間は終わりらしい。とは言え、余計なことばかり考えていたおかげで至福なんて言えないが。















 暗い部室の中、富多羽 翔太郎は苛立ちの表情を浮かべて座っていた。

 部屋が暗いのは照明の電球が切れているからである。部活棟として使われているこの旧校舎の中でも、この部室の優先度は低いということだろう。オマケに、今は雨が一休みしたばかりの曇り空ときた。部屋の中はかろうじて、人の顔が判別できるぐらいしか光はない。

 しかし、少年の苛立ちの原因はそれではない。

「だーかーら!なんでそんなに嫌がんのよ!!」

「うるせえ!!嫌なもんは嫌だっつーの!」

 目の前でぎゃーぎゃー騒ぎ散らしている二人が、このイライラの原因である。

 片や、魚の絵がプリントされた小さな袋を片方に押し付け。片や、それを全力で拒否していた。そんな光景が翔太郎の視界全体に映し出されている。

「そういうのは嫌いなんだよ」

「こんなに美味しいのに何が不満なの?」

「食感が嫌なんだよ、食感が!!」

 そんな、なんとも非合理的な会話が絶えない。

 ここで一言「うるさい」とでも言えば現状は変わるのだろうが、生憎と大声を出す気力は無い。なにせ、病み上がりの身だ。下手に体を動かすと傷が開きそうになる。

 苛立ちさえも失せて、翔太郎は机に突っ伏した。

 何もかもが嫌になった時、その救世主は現れた。

「すいません、遅くなりました」

 部室のドアが開かれるのと同時に申し訳なさそうな声が聞こえてきた。

 体を縮こめるようにして部室に入ってきたのは一子だった。荒い息遣いをしているのを見るに、急いでここまで来たのだろう、

 そして、彼女が入ってきたのと同時に騒ぎがぴたりと止む。

 最初に口を開けたのは涼花だった。ちょうどいいところに、などとニヤニヤと笑みを浮かべて一子に近づき、左手を彼女の肩にまわすとその顔の前に手にもつ袋を持ってくる。

 まるで、危ないモノを勧めてるような格好だ。

 と言うより、そんなことするとワン子が怯えるぞ。と、翔太郎が涼花に目で訴えるが、彼女は気にも止めていない。

「ど、どうしたんです?」

 ほら見ろ、怖がってるぞ。と、ため息と共に心で呟く。

「やっぱりね、一子ちゃんも思うでしょ?」

「何がです?」

「やっぱり、カルシウムを摂るには小魚食べた方が良いよね?」

 かなり強引じゃないか、それ。

「え、えぇ…?」

 ほらみろ、困ってるぞ。

「ねえ、一子ちゃんもそう思うよね?あのゴリラにゃ、それが分からないみたいなのよ。一子ちゃんからも言ってあげてよ」

 一子が涼花から逃れようと小さな体を右へ左へと動かすが、まるで効果がない。

「ねぇねぇ、分かってくれるよねぇ?」

 困り果ててる一子に顔を近づけながら涼花が言う。

 征弥も何か言ってやりゃ良いの……そういや、あいつはそういうのは無理なんだっけな。ったく、変なところで優しいんだよあいつは。

 まぁ、さすがに黙ってばかりもいられない。

 困っている人間がいるのなら手を伸ばす。

 それが圧政に苦しめられている純粋無垢な少女なら尚のこと。

 そういうわけで、少年は行動に移した。

「そういやさ。なぁ、涼花」

「ん、どうした?」

「カルシウム、カルシウムっつうけどさ、あれって何に良いんだっけか?」

 純粋な疑問を含めながら、翔太郎が聞く。しかし、兎にも角にも一子から彼女を離せれば良いのだ。なので、内容なんて無くても良い。

「骨に良いとか、なんとか」

「そんだけか?」

「んー…あとは、背が伸びる、とか?」

 言葉の歯切れが悪くなる。それに彼女の目が左へいったり、左へいったりと落ち着きがない。…何か、あるのだろうか。

「ふーん。なるほど、分かった」

「?分かったって何がよ?」

 怪訝な顔を浮かべた涼花の手が緩み、一子が解放される。彼女は慌てながら、涼花のもとから離れる。

「いやぁね、なんでお前がそんなカルシウムにこだわってるかがさ」

 はぁ?と首を傾げる涼花。そして、今まで彼女の目を見ていた翔太郎の視線が、若干、下に向けられる。具体的に言えば、彼女の肩より少し下の胴体の辺り。

「まぁ、無駄よ、無駄。んだけ、小魚やら牛乳やら飲み食いしてもな。なにせ、とってんのはカルシウムだ、ありゃ、人間の骨と血にしかなんねえからな。つまり、だ」

 呆れたような嘆息と共に翔太郎は言い放つ。

「お前の育てたい部位にゃ栄養はいかねえよ」

 瞬間、旧校舎に鈍い音が響いた。

 固いものと固いものがぶつかるいやに生々しい音だった。








「痛ってぇな…少しは加減しろよ」

 頭を右手で気にしながら翔太郎が言う。彼の視線の先には、パイプ椅子に座る怖そうな少女の姿が。

「何言ってんの、こっちは加減したつもりだけど」

「どこがだよ!?こっちの頭は割れそうになったんだぞ」

「知らないわよ。そもそも、あんなこと言うバカが悪いんだし」

 二人が犬の威嚇のような声を出して睨み合う。

「やめてください!翔さんは退院したばかりなんですよ、少しは落ち着かないと…」

 一触即発の二人の間に入った一子が椅子から立ち上がると言った。言い終わるのとほぼ同時に、彼女は顔を真っ赤にしてペタンと座った。

「…そーね。良いわ、翔。今回は一子ちゃんに免じて許してやる」

 馬鹿にしたような笑みを涼花は浮かべる。翔太郎が睨むが、帰ってきたのは、ふっ、という笑いだけだった。

「で、だけどさ。あんた、いつまで"それ”なの?」

 それまでの表情が消え、今度は眉を上げた彼女の視線は翔太郎の左足へと向いていた。

 ギブスと包帯で巻かれた左の足。あの夜に負った傷だ。忘れも、忘れることさえ出来ないあの夜の出来事。これは、あの非現実的な出来事があったという明確な証拠なのでもある。

「3か4ヶ月ぐらい。それかもっと」

 ギブスの巻かれていない右足で、椅子を揺らしながら翔太郎が答える。

「結構、掛かるのね」

「つっても、リハビリとか入れたらの話だけどな」

「それにしてもよ。……今更かもしんないけどさ、本当によく生きてたわね」

「だって、約束したろ。生きて帰るって」

 椅子を動かすのをやめ、翔太郎が涼花の目を据える。

「そういや、そうだったわね」

 ふぅ、と涼花が息を吐く。まるでため息のようなそれを全て吐き出すと再び口を開く。

「…ねぇ、みんな。最近、元気でやってる?」

 不意に飛び出たその言葉は、その部屋の時間を止めた。誰一人として、直ぐに反応できる人間はいなかった。一人は黙りこくり。一人は苦い顔をして外へ視線を逸らし。一人は顔を俯けた。

「あたりめえだろ。…俺たちはあれに勝ったんだ。何も心配することなんかねえんだぞ」

 最初に口を開いたのは征弥。窓の傍に立っている彼は外に目を向けたまま言った。

「あぁ、俺もだ。身体は故障中だけどな」

 無理やり作った笑顔を浮かべ翔太郎が言う。

 再び、静寂が訪れる。

「本当に、終わったんでしょうか」

 不意に呟くような声が聞こえた。一子の声だ。それもこの声は掠れ、震えている。

「終わったさ。何もかもな」

 腕を組みながら、征弥が言う。

「…他にも、あんな怖いものがいるのでしょうか」

 それに応える声はなかった。

「さあな。けど、もし居たとしても俺たちは何も変わりやしないさ」

 だって、と翔太郎が言う。

「そんときも俺たちは、やることをやるだけだからな」

 それを少年は、彼女を見ることなく言った。まるで、彼女に向けて言っていないかのように。

「そうよ。二度とないかもしれないけど、そん時が来ても私たちは絶対に負けないから」

 控えたような小さな声で涼花が言う。

 その時だった。

 ガラスを叩き割ったような轟音が轟いた。

 部室内に閃光が焚かれる。悲鳴が響き、何かが落ちる音もした。

 全てが過ぎ去ると、今度は静けさが空間を支配する。

「雷、だよな?」

 額に汗を浮かべた征弥が聞く。

「あぁ、多分。それも結構、近かった」

 翔太郎が床に落ちた松葉杖を持ち上げると同時に椅子から立ち上がる。

「征弥、雨は降ってる?」

 言われて征弥が窓から空を見上げる。

 灰色の雲からは所々で光っているだけで、未だ雨は降っていない。

「まだ、だな。けど、こりゃまた今朝みたいに降るだろうよ」

「いや、朝よりも酷くなる」

 翔太郎が長机の上に置かれた鞄を持ち上げる。

「だから、そうなる前に帰ろうぜ。今日はもう十分だろ。ほら涼花、ビビってないで帰る準備だ」

 ビビってなんかない、と机に突っ伏して耳を塞いでいた涼花が先程の悲鳴と変わらないぐらいの声で返す。

 ったく、と翔太郎は、一子の反応がないことに気付いた。彼女は涼花よりも大人しい人間だ。……それこそ、気絶でもしているんじゃないかと思いつつ、少年はゆっくりと彼女のいる方へと体を向ける。

「ほら、ワン子。雨が降る前に帰ろ……」

 と、翔太郎は目を丸くした。原因はその視線の先。

 そこには椅子から落ちて、ひっくり返って目を回している戌井 一子の姿があった。











「申し訳ないです」

 後頭部を気にしながら一子は下駄箱へと続く廊下を三人と歩いていた。

「まだ、痛いか?」

 彼女の少し前で征弥が聞いた。

「大丈夫です。…まさか、雷であんなに驚くなんて思いもしませんでした」

「今回は結構近くに落ちたみたいだからな。正直、俺も鼓膜がやばかった。な、ビビり」

 一子の左で翔太郎が言うと、三人よりも前にいた少女が「ビビりって言うな!」と振り向いた。

「だって、お前。あれからずっと震えてんじゃんよ」

「そんなことないわよ」

 少女が震えた声で返す。眉はピクピクと動き、瞳には若干水分が浮かんでいた。

「お前もワン子を見習いな。見ろ、お前みたいに震えて無ーぞ」

「うっさい。それ以上言うと本気で殴る」

「な、なんだよ。冗談にしちゃ笑えねえぞ」

「そりゃそうよ。本気だもん」

 ぎゃあぎゃあと喧しくなった二人を横目に一子は、窓から灰のような雲を見上げた。しかし、数秒ほどで窓から顔を背ける。苦い思いでもしたかのように歪んでいた口からはため息が漏れた。

「なんか嫌な事でもあったか?」

 一子の肩に手を置くと、征弥は少し前の彼女のように空を見上げて聞いた。

「いえ、これから雨が降ると思うとあんまりいい気がしなくて」

「なんだ、雨は嫌いか?」

「…はい。どうしてか、こんな天気だとあまり良い気はしなくて」

 そして、声のした方へと顔を向けると言った。

「征弥さんもそうでしょう?」

「俺?俺かぁ…。うぅん、確かに雨の日は好きじゃないな」

 けど、と続けて征弥は言う。

「雨は嫌いじゃない」

「それは、何が違うんですか?」

「雨の日は嫌いだけど、雨は嫌いじゃないってことだ」

「そのままじゃないですか!」

 あはは、と笑ってから征弥は再び口を開く。

「まぁ、あれだ。雨ってさ、水だよな。水は俺たちにとっちゃ、無くちゃならないもんだろ。それが空から降ってこなくなったら、俺たちは生きていけない。干からびちまうからな。だから、嫌いじゃない。それに雨っつってもいろいろあるだろ、嵐みたいな大雨だけじゃねえ。ときには、誰かの恵みになる雨だってある。お前の嫌いな雨は、まだまだ一つの側面なんだよ」

 少し、トンチキな理論ではあったが彼の言いたいことは分からなくはない。

「…そう言うもの、ですか」

「そんなもんよ」

 再び、少女が窓越しに空を見上げる。

 見れば、窓に水滴が貼り付いていた。

 視線を下ろして、校庭の方を見ると様々な運動部の部員達が忙しなく撤収の準備を進めている。

「あっ…」

 一子はついにタイムリミットが訪れていたことを確認してしまうと、再び、はぁとため息をついた。


それでは、今回はここで終わりとなります。

誤字や脱字、おかしな文章があったら報告していただけると幸いです。

今回も読んでいただきありがとうございました!


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