エピローグ
木々の間から小鳥のさえずりが木霊する。
窓から入ってくるのはそんな癒しの音。殺風景な病室の中で、少年はその音に耳を傾ける。
この病院の敷地内には、ちょっとした林のようなものがある。ベッドの上から覗くその緑は、やはり人の心だけでなく、この包帯で巻かれた傷ついた体さえも癒してくれそうな気がした。見るだけでそんな気持ちを起こしてくれる植物とは、やはり不思議なものだ。
あの日、落下した後の記憶はないがどうやら無事に救急車、または病院のお世話になったらしい。何せ、目が覚めたら知らない天井だったのだ。事情など、知る由もない。
ただ、分かっていることはある。
少年が発見された際、そこには池の傍で気を失っていた少年と共に池に半分ほど沈んだ"灰の山”があったそうだ。それが何なのかは知らないが、ここ数日で鳥が現れたという話題が無いことと無関係では無いように思える。
結局の話、あの鳥の脅威は退けられたのだろうか。
どうだろうか、なんて考えても答えは出ない。
…とはいえ、得たこともある。
あの鳥に立ち向かった時、少年の中に初めて勇気というものが芽生えた。
存在し得ないはずの怪物に立ち向かえるだけの、並外れた勇気。
それを少年は手にした。
…これが胸の中にある限り、いつか訪れるであろう困難にだって打ち勝てるはず。
確かに失ったものはある。
何も無かった平和な日常。笑いあって話していた人間。それらが戻ってくることは絶対に有り得ない。
そして、少年は目を開けると、自身の体を見回す。
汚れ一つない病衣に身を包んだ体。だが、病衣の下は包帯で巻かれた傷が存在している。医者が言うには、整形処置をしなければ傷跡は死ぬまで残るとの事だ。しかし、それは胴体の話。服を羽織れば隠すことは出来る。
問題なのは。
ゆっくりと、毛布の下に隠れた足を覗き見る。
「……」
痛々しい物をみたような目をすると、少年は足から目をそらす。
太ももには枝が突き刺さり、落下した時には骨折までしていた。そこまでの傷を負っても原型を留めていた右足。その辺りは幸運だった。けれども、骨折までしているのならマトモに歩ける筈もなく。これも医者が言っていたのだが、暫くは杖を使わなければ歩くことは叶わないらしい。
はぁ、とため息をついて少年は上半身をベッドに倒す。
後遺症自体は残らないらしいが、やはり、普通に歩けなくなるというのは辛い。
通常通り歩けなくなるというのは、普段通り送れていた生活が送れなくなるということ。病室にいる時点で既に普段の生活とはかけ離れているが。それとこれとは話が違う。
けれども、そんな代償を払った少年は確かに守った。
少年がその命にまで変えても守りたかった彼にとって"日常そのもの”。
彼らの中に巣食っていた恐怖、そして、彼らを狙う脅威を少年は取り払った。
前と同じ形ではないが、それでも日常は残っている。
この事実は、何よりも誇れるものだ。
と、その時。
病室の外から、ドタドタという賑やかな音が聞こえてきた。それも徐々に近づいてきている。それも聞きなれた声も織り交ぜて。
勢い良く病室の扉が開かれる。
少年の瞳が扉の方を向く。
その瞳には、彼の宝物が映っていた。
第一章、完です。
約一年かけてしまいましたが、それでもやっと一つの区切りをつけることができました。とはいえ、完結には程遠いのでゆっくりと続けていきたいです。
それでは今回はこのあたりで…。
誤字や脱字、おかしな文章があったら報告していただければ幸いです。
今回も読んでいただきありがとうございました!