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放課後アンノウンズ  作者: 猩猩
第二章〜迷ヒ猫と自傷少女〜
12/14

帰郷

 

"異変”が起きたのは、梅雨の月のある日のことだった。

 その日、私の心には焦燥感が巣食っていた。

 高まる鼓動を胸に、冷や汗を額に浮かべたまま私は家中を走り回る。

 自分の部屋を探す。しかし、そこに彼の痕跡はあれど本人の姿は見えなかった。ありえない。彼は何時如何なるときでも、私の部屋を離れなかった。なのに、彼が━━━━━あの黒い子猫が居ないのはどういうことだ。どこかに隠れているかもしれないと、家の隅々まで探しても彼の姿は見えない。

 リビングや台所、さらには書斎や母の寝室にも、彼の姿は無かった。

 どうしようも出来ないまま、自室のベッドに顔を埋める。

「あなた、どうしちゃったの?」

 虚しい呟きが、部屋に響いた。

 その時だった。

 強い風が、部屋に流れた。

 思わず、手で顔を覆ってしまうほど強い風。おかしい、この部屋の窓は閉めていたはずと、思ってベッド横の窓を見上げる。

 開いていた。

 二十センチもないほどだけ開かれた窓。そこからとめどなく入り込む風で、カーテンは繋がれたまま暴れている。

 その光景を目にし、私は確信した。

 彼は、帰ったのだ、いや、帰ろうとしているのだ、と。あの山に、あの家に。

 今日は、六月のある日。紫陽花の花が良く似合うこの月だから、今日もしとしとと小雨が空から降り注いでいた。












 雨の中を私は走る。

 水溜まりを踏み揺らしても、泥をはね散らしても、走り続ける。

 体を覆う合羽から、ポツポツと雨に当たる音が耳に響き続けている。そんな中でも、私の目的は明白に残っている。

 あの子を探さなければ。

 しかし、あの子を探して走り回っているうちに見た事のない所まで来てしまった。正確には、ここがどこにあるかは知っている。ここは、あの子が見ていた山の近く。前の事件が起きた山とは別の、もっと標高の低い山。その山の下の辺りなのは分かっている。けれど、初めて訪れた場所だから土地勘は全く持っていない。

 見慣れない住宅地。

 右も左も分からないこの場所だけど、不思議と足は前に進んでいた。まるで、体がどこへ行けば良いか分かっているかのように。

 そうして、気がつけば私は林の中にいた。

 はっ、として意識が明白になる。

 目が覚めた、とでも表現できるほどの感覚。

 まるで、夢遊病にでもなっていたかのようだ。

 この感覚達の正体は、何なのだろう。身も蓋もない言い方をすれば、何かに操られているかのようだ。

 そんな想像をした途端、身体の内側から凍りつくような寒気が湧いて出てきた。

 怖い、恐ろしい、けれど、忘れてはだめ。私は、彼を探しにきたのだ。だから、姿の見えない"なにか”に怯えてられない。それに、この先にきっと彼はいるのだ。だから、怖がってなんかいられない。

 足を進める。

 葉っぱと土を同時に踏む感触が、足の裏から伝わる。

 また、一歩、足を進める。

 けれど、歩みは遅く、この足は震えていた。














 歩く。

 土を踏み締めて、一歩づつ。

 歩く。

 水溜まりを飛び越えて一歩づつ。

 それを何回も、何十回も続けた。

 どれだけ時間は経ったのだろうか。分からない。けれど、あの子には近づいている。

 雨合羽越しに伝わる雨水が、手足を、ひいては身体中を凍えさせる。まだ、感覚は残ってはいるけれど、それも時間の問題だろう。

 雨雲が空を覆っている。だから当然、周りは薄暗い。周囲のものには目が行きにくい、自分の進む道を把握するのがやっとだ。

 山道という事もあって、決して真っ直ぐな道は続いていない。上り坂だったり、下り坂だったり、真っ直ぐかと思えば行き止まり。分かれ道もあった。けれど、迷うことはなかった。私は分かっているのだ。どの道を進み、そして曲がれば良いのかを。直感が指し示している。

 ……しかし、それとは別に気になることがある。

 右へ、左へと視線を動かす。

 周りには背の高い木ばかりが、ここら一帯に生えている。しかし、そればかりだ。他に植物、そして生き物は視界の中には存在していなかった。

(変なところ)

 率直な感想がそれだった。

 それに不気味だ。この薄暗い森の中、木の幹の裏から誰かが覗いてきそうなほど、この森は異様な空気で満ちていた。

(本当に、誰もいない?)

 不安に駆られて立ち止まる。そして、振り返ってゆっくりと周りを見渡す。

 何も無い。けれど念の為、ともう一度。

 やはり、何も無い。

 巨大な柱のような木の影にも、その枝の上にも、何もいない。

「……うん、やっぱり気のせい」

 ふぅ、と安堵の息を着いたその瞬間、私の脳はある違和感を覚えた。

 私の視界に映る、この光景のどこかに違和感が隠れているというのだ。

 しかし、それが何かを掴めない。

 視野を広げる。右や左だけじゃなくて、上、そして下にも━━━━━━━━

「あ……」

 視界に映る、違和感の在処に私は気づいた。

 足元だ。

 私の辿ってきた道に浮かび上がる、足跡。

 今は雨が降っている。だから長靴を履いている。

 しかし、それにしては足跡が大きすぎるのだ。

 それに形を細長いというより、スタンプで押されたかのように丸い。 でも、これはぐちゃぐちゃの地面の上から造られたものだ、単純に地面が崩れただけかもしれない。

 片足を上げる。

 そして、その下にある自らの足跡を見る。

 ……気のせいだ。きっと、場所によって硬さが違うのだろう。

 信じていたい。

 けれど、現実が真実を突きつけてくる。

「………嘘」

 それは明らかなものだった。

 道の奥に視線を向ける。

 そして、気づいた。

 巨大な丸型の足跡、その横にはっきりと長靴の跡が残っている。きっちりと二足ずつ。

《《まるで、見えない誰かがずっと隣にいたかのように》》

 足跡を目で追う。

 自分の手前まで視線を向けた時、私は悲鳴を上げたいという衝動に駆られた。しかし、咄嗟に口を抑え、こらえる。

 その足跡、巨大な丸型の足跡は私の手前まで迫っていた。

 それは私のすぐ手前に"何か”が迫ってきてるという証拠に他ならなかった。

 足が、太ももの辺りが凍えたように震え出す。今すぐにでも、ここから離れなきゃ。脳の警告に、私の脚部はすぐにでも応じた。

 走り出す。

 この不安定な地面の上にもかかわらず、全力で。


 その時だった。


 次の異変は、耳からだった。

 足音が聞こえる。

 風を切る音、雨が降り注ぐ音、それらに混ざって聞こえてくる水溜まりを踏み締め、土を踏み締める音。

 けれど、《 《 私のものでは無い》》。

 足音のタイミングが明らかに別だ。これはもっと遅い。

(嘘、まさか)

 本当に、その"何か”は私の背後にいる━━━━━━?

 焦りから足を早める。

 はずだった。

 不思議な感覚が襲う。

 視界が意志に反して、斜めに傾く。

 そして、体の前面に痛みが走る。べちゃ、という泥の跳ねる音も込みで。

「痛ったぁ……」

 ヒリヒリと、膝小僧から痛みが走る。

 それを気にすることも出来ず、ただ、近づきつつあるそれから逃げようと、座ったまま後ずさる。

 恐怖で歪んだ私の目には、雨とは違う温かい液体が流れていた。

 しかし。

 何もいない、誰もいない。

 あるのはただ、足跡だけ。何かをされることもないのだ。

(どういうこと……?)

 考えてみれば、おかしい。

 私に危害を及ぼそうとするなら、なぜ、もっと早くしなかった? それに、なぜ気づかれているというのに、"それ”は何も行動を起こさない? 

 まさか、目の前にいるのは"ひと”ではない? 

 それなら、これは一体なに?

 これは人知を超えた存在だとでも言うの?そんなの、ありえない。

 でも……もし、これがそんな存在だというのなら。

 私には、ひとつだけ覚えがあるのだ。

 ゆっくりと、立ち上がる。

 そして、道の左側に立つ。

 深呼吸をして、その言葉を口に出す。

「お先にお越しになってください」

 祈るように頭を下げる。

 これは昔、おじいちゃんから教わった"おまじない”のひとつ。

 その時のお話が、今の状況とそっくりなのだ。

 もし、これが彼ならこのおまじないは効いてくれるはず。

 ベタん、と音がした。

 はっ、として顔を上げる。

 見れば、私に付いてきていたその足跡は、その先に進み出した。

 それは、まるで、何も無い地面の上に見えない誰かが歩いているかのように水気のある足音を響かせながら、丸い足跡は進んでいく。

 私は、ただ、それが見えなくなるまで呆然と眺めていた。

 本当にそれは目に見えない、何かが歩いているかのようだった。幻覚? いや、それならどうして目の前で足跡がうまれた? 

 どちらにせよ、私には到底理解のできない出来事だった。

 ……もしも、これが本当に人知を超えた異常だとしたら? 

 それに私には覚えがあった。でなければ、あれを遠ざけることはできなかったのだから。そのものの名前は憶えていない、しかし、彼らの分別する際の名称は確かに脳に残っている。

「よう、か、い……?」

 それは架空の存在。実在するはずの無いものだ。

 でも、私は確かに不可思議な出来事を身をもって体験した。それに、あの時見たではないかあの時の"鳥”を。

 この事実は受け入れなければ。

 でなければ、私は飲み込まれる。

 だって、ここはもう人の居ていい場所ではないのだろうから。
























 それから、変わった事はないもなかった。

 ただ、同じような景色が続くだけ。私の視界には木々しか移らない。

 歩き続けていても、何も無い。

 彼の痕跡など、どこにも━━━━━━。

 その時だった。

 足が止まる。それを目にした瞬間、私の鼓動が高まる。

 足の先、その枯れ葉で覆われた土の上に赤い何かがある。腰を曲げて、それに顔を近づける。

 想像の通り、《《それは血液だった》》。

 ほんの数滴だけだったけれど、それだけで私の中の不安は膨れ上がった。

 再び、焦燥感に駆られる。

 本当にこの血が彼のものかはわからない。でも、もしこれが彼が苦しんでいるという証拠だったら? 

 そう思うと悩んでなんかはいられなかった。

 そして、私は駆け出した。

 きっと、近くにいるであろう彼のもとへと。







 体が凍えそうだ、いや、もう凍えてしまっているのだろう。きっと、僕の体はもうぼろぼろでなにも感じていないのだろうから。あぁ、こんな時に襲ってきたエテ公どもがたいそう恨めしい。

 思った通りだった。

 やっぱり、僕ではたどり着けない。

 行き方を知っている僕では、ダメなのだ。

 あの場所はそういう所なのだから。

 こんな所まで来て、何も出来ずに死ぬのだろうか。あの人は、僕のことを心配しているのだろうか。……迷惑、かけちゃったな。

 後悔だけが、残ってしまった。

 それに何も成すことも出来ずに、ここで朽ち果てるのか。

 いやだ、そんなこと。

 なんのために山を降りてきた。なんのために母上の元から離れた。

 それは僕が、はじめて成したいことを決めたからではなかったのか。

 そんな思いさえ、今となっては無駄になってしまった。

 だって、僕はもうここで果ててしまう。

 誰にも気づかれることなく、この土に還るのだ。

 こんなのは嫌だ。……けれど、これは自然の摂理だ。避けられることの出来ない運命、なのだから。

 こんな傷だらけの体、もはや生きて帰ったとしても満足に生活することなど叶わないだろう。

 身勝手なのは分かっている。でも、この思いが溢れてくるのだ。

 それでも、それでも許されるのならもう一度だけ会いたいな。

 僕を助けてくれたあの人に━━━━━━━

 突然、どこからか足音が聞こえてきた。水を跳ね飛ばす音も込みで急いでいるであろう足音。

 残り全ての力を瞼に込めて開く。ゆっくりと開かれたその視界には、この場所には有り得ない彼女がいた。

 青色の衣を身にまとっているが、その顔は間違いなくあの人だ。

 今にも泣きそうな顔でこっちに走りよってくる。

 彼女が、すぐ目の前まで近づく。

「見つけた……やっと、やっと見つけた」

 顔をぐしゃぐしゃにして彼女は僕を抱き上げる。

 そして、ゆっくりと抱き締めた。

「ごめんね、私が傍にいてあげれなくて」

 ちがうよ、僕が悪いんだ。あなたに何も告げずに消えた僕のせいだ。自業自得なんだよ。

 叫ぶ。

 けれど、この声は彼女には届かない。

 それでも僕は泣き続けた、いづれは届くだろうと信じて。




 その小さな体を私は抱く。

 傷だらけの小さな貴方。

 やっと見つけた。

 もう、怖い目には合わせないよ。

 まるで人間が泣くように、彼は小さな声で鳴き続けている。

 背中をゆっくりと撫でる。

「もう、大丈夫だから」

 言って気がつく。

 彼の体の傷は想像以上に酷い。あの時の比ではない。

(どうしよう)

 慌てて周りを見渡す。

 ここは、もう人里とは程遠い森の中。医者などいるはずもない。

 途方に暮れそうになったその時、ある考えが脳裏に浮かんだ。

 そうだ、彼は恐らくはこの先にあるあの家に行こうとしていたのだ。あの場所なら、何かしらの助けを得られるかもしれない。

 地面につけていた膝を上げる。泥が着いていたけれど払うことは出来ない。そうなれば、この子を離さなければいけないから。

 その時、奇妙な音が響いた。

 地鳴りのような、轟音だ。でも、自然の現象とは思えないほど断続的に響いている。

 遠くの山に視線を向ける。

 そして、視界に映ったそれを見た。もはや驚きはない。けれど、ただ圧倒された。

 それは文字通り山よりも大きな男だった。いや、男のように見えるだけであって根本的には違うもの。

 恐怖など湧きもしない。

 怯えるよりも、大切なことがあるのだから。

 足を踏み出そうと、右足をだした瞬間だった。

 突然、喉に焼けるような痛みが走った。

 咄嗟にせき込んでしまうと、口の中にあまり馴染みのない鉄の味が滲む。

 今まで一度もこんなことはなかった。似たようなことは何度かあった。長距離走で体が限界を迎えるまで走り続けた時とかだ。

 あぁ。そうか。

 わたし、もうそこまで来ちゃってたんだ。






どうも、筆者です。

今回はこの章で1位、2位を争うオカルト回となります。突拍子のない展開になってしまったようにも思えますが、そういうのがこの小説なので悪しからず。

とはいえ、実際この状況がいまいち良くは分からないのは重々承知です。

なので、この章の終わりにちょっとした解説を付けようかと考えています。1人と1匹の心は書けても、その周りはよく分からないのでは少しあれなので、本編を読んだ後に「あぁ、そうだったのか!」となるようにしていこうと思います。

それでは、今回はこの辺りで失礼。

誤字や脱字、おかしな日本語があったら報告していただけると幸いです。

では、次の回もよろしくお願いします!

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