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放課後アンノウンズ  作者: 猩猩
第二章〜迷ヒ猫と自傷少女〜
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告白





 ぴちゃり、ぴちゃり、と音をたてて雨に包まれた町を歩く。向かう先はもちろん、我が家である。

 みんなと離れてから、私は一人で歩いていた。

 それは仕方のないこと。なにせ、私の家が一番学校から離れているのだから。

 今の私の孤独を紛らわしてくれるのは傘を打つ雨音だけ。自然の産物なのに作り物のような子気味の良いリズムを響かせる。でも、途中途中で車が水を跳ねる音が邪魔をする。ついでに、私そのものにまで水を跳ね飛ばしながら。立ち止まって、体全体を動かして息を吐く。

(ついてないな、今日も)

 ふと、その時、視界にとある違和感を覚えた。

 原因はひとつ、私の視線の先にある何の変哲もない一本の電柱。

「ここは…」

 そして、脳裏にあの日の光景が写し出される。今日よりも酷い雨の日。

(そうだ、ここで貴方をを…)

 いもしない"彼”に向けて、呟いた。

 そうだ、私はここで"彼”を見つけた。真っ黒な体をした彼は、とても傷ついていて、早く治療をしなければその小さい体は二度と動くことはないだろうと、直感が訴えていた。そんな、彼を抱き抱えて私は傘さえささずに走り出した。獣医師をするお母さんの診療所へと。

 無事に治療を終えた彼は、すやすやと眠っていた。不用心にも、そのお腹を天井に向けながら。

 ふふ、とその時はつい笑みを漏らしてしまったけど、残った問題はいくつもあったのだ。

 一つ目は、彼自身のこと。

 確かに、治療は無事に済んだ。しかし、その代わりに彼はあるものを失った。後ろの左足が不自由になったのだ。彼らにとって、足が動かなくなるとは即ち、死を意味する。こうなってしまえば、外敵から逃れることも、食糧を探すこともできないのだ。……私たちが手を下さない限り、彼は野垂れ死ぬまで苦しむこととなる。

 だからこそ、二つ目の問題が生まれた。

 これは私たちの問題。

 彼をどうするか、だ。

 足が不自由で手のかかる彼を引き取るか、保健所で処分してもらうか。

 そんな、選択だった━━━━━━━━━━━












「ただいまー」

 傘についた雨粒を払って、玄関の扉を開く。と、そこで私は暗い玄関の中でちょこんと座っている小さな影に気づいた。影の正体に気づくと、その元へと駆け寄る。

「こら。また階段降りてきたの? ダメでしょ、登れないのに」

 カバンを置いて、子猫を抱き上げる。

 親指と人差し指でその小さな頭をゆっくりと撫でる。

 毎日だ。彼はその傷ついた体で、毎日出迎えてくれるのだ。昼間に親のいない家に帰ってくる人間からすれば、これ以上ないほど

「でも、来てくれてありがとう」

 つい、嬉しくなって呟く。

 子猫が小さくにゃん、と鳴いた。

 それはまるで、どういたしまして、と言っているかのように私は思えた。










 遠くから雷の音が聞こえる中、私は読みかけの小説を開いていた。ベッドに座って、背中を壁に着けて、ベッドの横にある出窓からさす僅かな光だけを頼りに私は文字を読む。

 こんな雨の日は、こうやって本を読んでいる。

 本を読む以外にも、夕方の暇を潰す物事はあるけど、今日は雨の日だからインターネットを覗くことや映画を見ることよりも、こんな日は本を読みたくなる。

 それに。

「……また、寝てる」

 膝の上には、黒いもこもこが体を丸めていた。

 猫とはそういうものなのかもしれないが、本当に彼は良く眠る。けれど、こんな姿からは想像できないけど起きている時の彼はよく動く。目につくもの全てに飛びついて遊びたおすのだ。本当になんにでも飛びつくのだから、見ている身としてはとてもヒヤヒヤする。

 でも、彼がめいいっぱい体を動かしている光景はとても微笑ましい。それを見ているだけで疲れなんて、直ぐに消し飛んでしまう。

 映画や動画を見ていたら、この子のことが目に入らなくなってしまう。だから、なるべくは自分のペースで進められる娯楽を選んでいる。そうすれば、いつでも彼のことが目に入るのだから。

 ……しかし、私には向き合わなければならない問題がある。

 彼はこの家の家族の一員だ。でも、彼には"名前”がない。この子猫は居候でも客人でもない、立派な家族の一員なのに名前がないのはとても酷な話だ。

 それに、何も呼びにくいから名前をつけようという話だけでもない。これは私の考えだけれど、名前にはもっと多くの意味が含まれていると思う。名付けられた側の個性を決める重要なものなのだと。

 彼には名前が必要だ。一匹の猫として扱うのではなく、私の家族として扱いたいのだから。

 …でも、本当に私が決めていいのだろうか。

 この子の家族として、最後まで見届けることができるのだろうか。分からない。

 本当にこの子は、私の家族になってもいいのか。分からない。

 分からない。

 不安。

 そんな感情が体を駆け巡る。

 口に力が入って、ぎしぎしと歯が軋む音が鳴る。

「情けないよ、私」

 あの時は迷うことなく決めた選択なのに、今になって迷ってる。優柔不断で、中途半端な私。不甲斐ない、情けない。

 そんな、自分が、嫌になる。

「にゃあ?」

 ふと、そんな鳴き声が聞こえた。見れば、寝ていた彼が起きていて、その頭を傾げながら私を見ていた。

「あぁ、ごめんね。起こしちゃったね」

 目から流れる液体につられて、言葉がうまく言えない。

 駄目な私。

 安心させたいのに、これでは逆に不安にさせてしまう。

「ごめんね、こんな私で」

 起き上がって、顔を近づけてきた彼をゆっくりと抱き上げる。彼は抵抗することもせずに、私の腕の中に収まった。

 この構図は、まるであの時のようだ。

 あの酷い雨の日

 溢れ出る感情は、何だろうか。悔しさ、では無い。悲しさ、でもない ……悲しさなんて、私が持つのは勿体ない。

「……できない、なんにもできない私で、ほんとうに、ごめんね」

 抑えきれずに、口から嗚咽が漏れる。

 本当に、情けのない私。

 誰にも彼にも、迷惑をかける雨雲のような女。

 こんな私がどうして存在するのだろう。これなら、雨雲のように霧散してしまえばいいのに。

 あの時だって、翔さんが覚悟を決めたのに私は、私はこの命を捨てる覚悟すらなかった。

 あんなに、苦しんでいたのに、あの人は立ち上がった。それなのに、私は怖がるだけで虚構だけを張った。私は死んでもいい。なんて、嘘だ。嘘つきだ。本当はそんな覚悟なんてなかったのに。

 怖がってばかり、嘘をついてばかり。

 本当に、どうしようもない人間。

 ……それでも、私は誰かのために生きたいと思ってしまう。

 あの人たちのように。

 翔さん、涼ちゃん、征弥くん。私の大切な友達。この世で何よりも大切な人たち。できることなら、最後まで付き添っていたい。

 でも、私は"何もない”。

 翔さんのような勇気も、涼ちゃんのような行動力も、征弥くんのような力強さも。それのどれも私は持ち合わせていない。

 それなのに、彼らに付き添うなど、おこがましい。生意気で、図々しい。

 項垂れて、情けなく泣く私の顔に何かが触れる。

「え?」

 突然の感覚に、つい私は顔を引いてしまった。

 そうして、どうしてか私の後頭部に激痛が走る。どうやら、勢いあって私の後頭部が壁に当たったらしい。痛みからの声を押し殺して、眼前の彼に目を合わせる。

 すると、彼はその頭を私の頬に擦り寄せてくる。少し前の不思議な感覚はそういうことだったようだ。

「……そうね、今はあなたがいるんだもの。こんな弱気になっちゃ、だめだよね」

 右腕の袖で涙を拭う。

 私は人に誇れるようなものは、何も無い。でも、それでも私は決めたから。

 あの日、助けたこの小さな命を、最後まで見届けるって。


今回もこの小説を読んでいただきありがとうございました。

誤字や脱字、おかしな文章があったら報告していただけると幸いです。

それでは、次回もよろしくお願いします!

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