第一話 新東京市
文章が拙いですが、ご容赦ください。
「同志石橋、君の文章は全くなってないよ」
笹塚教官にそう指摘されてしまうと、反論できない。仕方ないと思いつつも、僕はどこか納得がいかなかった。笹塚教官とはもう半年の付き合いになるが、彼女の文章に対する評価基準がいまいちよくわからないままだ。教官からどこを直すべきか言われて、僕は頷いて原稿用紙を受け取った。僕が座席に着くと、教官は教室を見渡して一言、
「今は同志石橋の文章だけを取り上げて注意したが、他の者も文章がなってない。私が返した添削済み原稿用紙を、よく見直すように。そもそも、文章を書くということは……ん?」
教官の説教が続くと思っていた僕は、教官の話がとまったことに気がついて、あたりをキョロキョロと見回した。すると、廊下に同志政治委員が立っていることに気づいた。何故こんな時間に…と思っていたら、教官も不思議に思っていたのだろうか、政治委員に尋ねていた。
「これはこれは、同志国山政治委員。如何なされましたか?」
「教職会議議長に、国家反逆の疑いが見られましてね。なんでも、西のブルジョワ思想本も保持していたようで。学生諸君にその影響がないか、各教室を回って確認しておるのです。」
国山政治委員が発した一言で、クラスの生徒たちはざわめきだした。
「教職会議議長といえば、この新東京第一人民高校のトップじゃないか。そんな人が国家反逆だなんて…」
「あたしらどうなるの…」
「普通に考えれば副議長が昇格するだろうけど…」
「あの教官怖いから嫌だわぁ…」
そんな時だった。
クラスで一番の優等生、羽山琴音が静かに手をあげたのは。
笹塚教官は羽山に気づき、発言を許した。
「同志政治委員、私が一人一人尋問して、教官を通して報告します。」
「わかりました。では同志笹塚、報告の方、よろしくお願いしますね。」
こう言うと、国山政治委員は教室を後にしたが、廊下に出てすぐ、教室のドアを開けて、
「同志笹塚、もう16:00です。革命標語と革命思想学習の時間ですよ。しっかりお願いしますね。」
こう言って去っていった。
笹塚教官は焦りながら「宮野同志語録」と書かれた本や、「極東革命の道標」「日本人民の真髄」「新・詳説マルクス主義3年 図解付き」の3冊を出すように、僕たちに指示した。教官が「革命思想学習」の授業を苦手としているのは誰の目に見ても明らかだった。
こんなことでいいのだろうか。人民労働党の党員は革命思想を完全に理解していて、人に教えることなど簡単にできるはずだ。この国で先生になるには党員になる必要があるんだから、ちゃんと学習したはずだ。
僕はこう思っていたが、あえて口には出さなかった。
教官がまだ下級党員だったことを思い出したから。
授業が始まった。
教官はただただ本を音読しているだけ。それでも授業として成立している。誰も質問せず、誰も授業を真面目に聞かない。教官も生徒も不真面目だ。僕はうとうとしていた。30分ほど過ぎただろうか。校内放送が鳴りだした。眠たそうな教官も、スマホでゲームに興じていた連中も、びっくりして放送を聞いていた。竹村上級政治委員の声だ。
「教職会議議長の岸本為三が国家反逆行為を行い、現在、党中央委員会付属政治犯矯正局が管理する、第三政治犯矯正センターへと移送を行っている。この輩は西の反動勢力の首領である近衛を崇拝していた。よって、私の権限で奴を議長から解任し、教職会議副議長の藤本与蔵を次の教職会議議長に任命する。教官各位に告ぐ。直ちに学生全員を帰宅させ、政治委員執務室に来たまえ。今後の方針を説明する。」
放送はこう言って終了した。
笹塚教官は、
「諸君、早く帰りたまえ。」
と言った。
僕らは急いで帰る準備をして、高校を出た。
校門を出た時、羽山が声を掛けてきた。
「石橋くん、あなたは今回の事件、どう思う?」
「どう思うって言われても…」
僕は咄嗟にこう答えたけど、羽山が今回みたいなことで意見を求めてくるはずがない。不思議に思いつつも、彼女が教職会議議長を尊敬していたことは知っていたから、疑問を引っ込めた。
「何か思いついたら、LINEしてね、じゃ。」
「バイバイ」
彼女はこれだけ言うと、走り去っていった。
LINEを使うなんて、結構重要なことなんだ、と1人考えていた。
そうしているうちに、家に着いた。
家にはまだ誰もいない。いつものことだ。党中央委員の父はまだ仕事中だろうし、新東京人民大学教授の母は、先週からドイツに出張中だ。弟は地区の革命少年同盟支部で委員長をしているからなのか、まだ帰っていない。
「ただいま」
僕は曽祖父の写真に声をかけた。
革命家だった曽祖父-石橋清は、極東革命で重要な役割を果たしたらしい。詳しいことはわからないが、活動家としては知名度があるらしい。僕は曽祖父の写真を眺めながら、LINEを使うべきか悩んでいた。数十分悩んだ後、LINEで羽山と連絡を取ろうと決心した。