なぜ男系か? 皇位継承問題を考える
①皇位継承の議論から、抜け落ちているもの
最近、皇室の行事に関連し、皇位継承に関する議論が報道されることも多くなってきました。
色んな意見があります。
『愛子様に天皇になって欲しい』
『秋篠宮家はちょっと不安だ』
『伝統を守るなら、男系以外あり得ない』
『旧宮家を、皇族復帰させよう』
女系天皇を認めないのは、女性差別だ。そういうことを言う人もいますし、それに対して、既に男系の伝統があるのだから、これを守るべきだとか、女系だと家系の乗っ取りになるだとか、Y染色体が守られないだとか、色んな反論があります。これらに対しても、女系容認派の様々な反論があるようです。
何にしても、議論の一番の争点となっているのは、天皇陛下となるのに必要な資格です。伝統が大事だとか、血を引いてれば女系でも構わないだとか、立ち振る舞いが大事だとか、色々言われています。
でも、ちょっと待ってください。これらの議論に、前提として大事な視点が抜け落ちていませんか?
②天皇陛下は、第一に宗教的存在である
皆さんも皇室関連のニュースに興味があれば、何度か映像を見ているはずです。退位礼でも、即位礼でも、天皇陛下が賢所と呼ばれる場所へお参りするお姿を見ませんでしたか? 陛下が、大事な儀式の前後に、伊勢神宮へ参拝されることを耳にしませんでしたか? もちろん、伊勢へは観光で行っている訳ではありません。天皇陛下の祖神(祖先に当たる神)に、事の次第を報告するために行っているのです。
そう、天皇陛下は、宗教的存在です。その地位に就くにも、退くにも、祖神である天照大神へのご報告が欠かせませんし、一年の内に、度重ねて祭祀を行うことになります。また歴史的に、伊勢神宮は天皇陛下以外の幣帛(神様への捧げ物)を禁止しています(私幣禁断)。それはつまり、天皇陛下御自身が祭祀を行わないと、神様への失礼に当たるという程に、天照大神とは大事な神様で、陛下との御関係が深いのです。このように天皇陛下は、祖神である天照大神と深く結びついた存在です。そのことを無視して、皇位継承問題を考えることは出来ません。
もう少し、補足の説明を加えましょう。日本国憲法において、天皇陛下は『日本国の象徴であり日本国民統合の象徴』とされています。しかし、この条文だけを根拠に、皇位継承問題を考えることもまた不十分です。なにせ、天皇陛下は憲法制定のずっと前から存在しています。日本国憲法の条文は、戦後日本における天皇陛下の、法的なお立場を説明したものに過ぎず、天皇そのものが何かを説明してはいないのです。天皇陛下は、国民との交流や、国賓の接待、被災地のお見舞い等々、様々な目を引くお仕事を引き受けておいでですが、これらは全て、日本国の象徴であるから引き受けている仕事であって、これらを行うから天皇である訳ではないのです。
②天皇は、なぜ日本の象徴か?
そもそもなぜ、天皇陛下が日本国の象徴とされるのでしょうか? 戦前において、『神聖ニシテ侵スベカラズ』の国家元首とされたのでしょうか? それは天皇陛下が、日本という国を建国した一族の末裔であり、またその一族の当主として、祖神である天照大神を祭祀する存在であるからです。日本という国は、時代時代でその在り方を変えてきたとはいえ、今日に至る『日本』という一つの枠組みを作ったのは、他ならぬ天皇陛下のご先祖でした。それ故、長い歴史の中、政治の在り方や権力の在り処が大きく変化する中でも、天皇陛下は建国を成した一族の末裔として、敬意を払われ続けてきたのです。また太陽は、日本を象徴的するものですよね。国名にも日の文字が含まれており、国旗だって日の丸、即ち太陽です。日本人の主食は米ですが、稲作にだって太陽の力は欠かせません。我々にとって大事で、日本の象徴たる太陽、その太陽を司る神様をお祀りするのが、天皇陛下であるのです。
③天照大神と男系
さて、ではこれらを踏まえて、男系/女系の違いを考えていきましょう。神様と天皇陛下との関係を考える上で、男系はどんな意味を持つのか? 女系とはどう違うのか?
男系の場合、天皇陛下と天照大神との関係は、シンプルな言葉で表現することが出来ます。天皇陛下は、天照大神の男系子孫です。逆に言えば、天照大神は天皇陛下の男系先祖を遡った先にいる祖神です。つまり、天皇陛下と天照大神は、男系という縁で、しっかりと結ばれている訳です。
ここで、男系について補足します。男系の説明を聞いた人の中には、天照は女神だから、男系というのはおかしいだとか、女性が天皇になれないのはおかしいと言う人がいますが、これはどうも、男系というものを勘違いした見解です。皇統における男系とは、玉と、それを結ぶ糸で説明することが出来ます。祖神である天照大神と、現在の天皇陛下を玉に見立てると、お二人の間柄を結びつける糸の役割を果たすのが男系なのです。別に、二つの玉の両方が女性だろうと、男性であろうと、そこは関係がありません。大事な二つの玉を繋ぐ系譜の糸、そこが男だけで構成されていれば、それは男系なのです。ですから歴史上には、男系の女性天皇が存在しているのです。
④『女系』、それって本当に女系?
さあ、ではいよいよ論争になっている、『女系』天皇のことを考えてみましょう。天皇陛下の、女系の子孫と天照大神との関係はどのようなものでしょうか? まず第一に、女系のみでご先祖様を遡ってみても、天照大神には辿り着きません。当然です。天照大神は男神しか生んでいません。この時点で、そもそも『男系』と『女系』では、だいぶ違いがあることが分かります。『男系』が、天照大神の男系直系子孫と見なせるのに対し、『女系』は女系直系子孫を意味しないのです。つまり『女系』とは、男系家系の傍系に他なりません。『直系と傍系、どちらが天皇に相応しいか?』と問われたら、『女系』では立場が弱いのではないでしょうか。
⑤『女系』のご先祖さまは誰?
もちろん、『女系』でも、男女を問わずご先祖様を辿れば、天照大神には行き着きます。でも、ちょっと待ってください。そうすることで最後に辿り着くご先祖は、天照大神だけではありませんよね? 男女を問わずに家系をさかのぼれば、当然、ご先祖(祖神)は無数に存在します。つまり女系の場合、天照大神は、たくさんいるご先祖(祖神)の中の一人に過ぎないということになってしまいます。また、女系を遡ってもいいのですから、女神である天照大神の親である伊弉諾、更にもっと遡って、天地開闢の神様、国之常立神に行き着くことすら出来ます。こうなるともう、日本を建国した偉大なご先祖様がお祀りしたかった神様とは関係が無くなってしまいます。『女系』天皇にとって、天照大神は唯一の祖神ではない。つまりは天照大神と『女系』天皇とのご縁も、その程度に薄いものでしかないのです。
加えて、男女を問わずに家系を遡っていいのであれば、ご先祖が天照大神であること等、珍しくもないのです。有名な源氏や平家だって、元は天皇の血筋の方が臣籍降下した身分であり、家系を遡れば天照大神に行き着きます。大繁栄した源氏・平家の末裔なんて、家名を変えた傍系やそのまた傍系、更には他家に嫁いだ者の子孫を含めれば、どれだけいるのか分かりません。どうしても『女系』では、血縁の特別さ(=天照大神とのご縁)が薄くならざるを得ないのです。
⑥神様に礼儀を尽くす
さて、ではこのご縁の強さ・弱さは、天照大神の祭祀を行う上で、どのような意味を持つのでしょうか? 相手は比類無く大事な神様ですから、最大限の礼儀を尽くさねばなりません。単に手の込んだ祭祀を行うだけでは不十分です。それを執り行う者自体にも、格が求められます。誰でもいい訳ではありません。そこでこのお役目を果たされるのが、日本で最高の格を持ったお方と言える天皇陛下なのです。
さて、ここで一つ、神様の立場になって考えてみましょう。御代が変わり、自分に感謝を捧げるための祭祀が行われることになりました。自分の末裔、ひいては日本全土を代表する者から捧げられる、最も大事な祭祀です。ところが蓋を開けてみれば、祭祀を執り行っているのは、自分にとっての一番の縁者ではなく、それよりも関係が薄い別の人。一体、自分と一番縁が深いはずの子孫は、どこで何をやっているのか、という話になりますよね。あるいは、なぜ自分にとっての一番の縁者を差し置いて、別の者が代表者面しているのか、ということになってしまいます。神様への、礼儀を失してしまうわけですね。ですから、直系の子孫を差し置いて『女系』子孫が天皇となると、祖神に最高の礼儀を尽くすという、祭祀の根幹を揺るがしてしまうのです。形の上では、『女系』の方でも祭祀を行えるでしょうが、肝心の、祖神信仰の精神が伴っていない訳です。そのようなことでは、最高の格を持った祭祀家としての皇室の地位が揺らぎ、その立場を無くし兼ねません。
⑦ご先祖様に礼儀を尽くす
もう少し、別の見方もしてみましょう。そもそも天皇という立場は、日本建国を成した天皇陛下の偉大なご祖先様(皇祖)の働きにより築かれたものです。ですから天皇という立場に着くことで、その威光を受け継ぐ者は、皇祖に感謝を捧げ、これを大事にする必要があります。皇祖を自分の下に置くような真似は出来ないのです。つまり天皇陛下は、次代への皇位継承を考えるにあたり、自分と家系的に近しい者よりも、祖先と家系的に近しい縁者を、優先しなければならない責務を負っています。その点、女系継承とは、一番大切にすべきご先祖との縁を軽視し、現在の天皇陛下とのご縁を優先する考えです。それは皇祖のお陰で築かれ、歴代の天皇が守り続けた伝統を、今上天皇のためだけのものとする=私物化を強いることに他なりません。
天皇という立場の基本を忘れてはいけません。今を生きる我々のためだけのものではないのです。我々が感謝し敬意を捧げるべき過去、その偉大なご先祖様を最も丁重にお祀りする立場こそが、天皇であるのです。天皇とは崇敬すべき過去のためにある伝統でもあるのですから、その人選を、今を生きる我々のためだけの都合で選ぶことは出来ません。
⑧まとめ
皇統における男系継承とは、単なる昔の風習でそうなって来たというものではありません。しっかりと、現在に通じる意味を持った伝統なのです。
天皇陛下が日本国の象徴であることは、後付けの役割に過ぎません。『伝統を守る』ことを考えた場合、本当に重要なのは、日本を建国した一族の末裔である陛下が、祖神である天照大神を祀ることです。大事な神様に最高の礼儀を尽くすことを考えた場合、日本を代表して祭祀を執り行う存在は、天照大神に最も近しい縁者であるべきです。
その点、『男系直系の子孫である』という事実は、比類なく強力な縁です。男系直系子孫が他にいる状況で、人好みをして女系天皇を立てることは、先祖を敬う伝統を蔑ろにした判断ではないかと危惧します。
⑨Y染色体説の限界について
男系論者の中には、Y染色体を保持するために男系が重要なのだと語る人がいます。この説は、過去から未来に向け何かを残す、という視点では面白く、遺伝学的には興味深い話なのかもしれません。しかし、忘れてはいけないことがあります。
先祖の血は、世代を追うごとに薄まります。男にはY染色体が保持されるとはいえ、肝心の中身のゲノムは組換わっていきます。祖先とまったく同じではありません。そもそも昔の人間がY染色体の存在を知っていたはずはありません。仮に、何らかの経験則や推論により、男のみに受け継がれる『何か』を想定し、重要視したのだとしても、この説には致命的な問題点があります。
それは過去に、X染色体しか持たぬ女性天皇が存在したという事実です。勘違いしてはいけません。重要なのは『男であること』ではなく、『男系であること』です。Y染色体により説明を付けられるのは、男の重要性だけに過ぎません。本当にそこまで男であること、即ちY染色体を持つことこそが重要であるのならば、女性天皇の成立はあり得ません。しかし実際には、天皇が空位とならず、女性天皇が即位しています。故に、Y染色体説では論拠が弱すぎるのです。
加えて言えば、女性天皇の中には、大層辣腕を振るい、功績を残された方々がいるのも事実です。男子が好ましかったのは事実としても、女性天皇が『ただの中継ぎ』としてのみ選ばれたという見方には賛同できません。
やはり男系は、未来に何かを残すための手段というよりは、偉大な過去へと遡るための手段として見るべきではないでしょうか。