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ネト家の人達

ネト家の父達 番外編その2 ネト・ウヨルの葬儀モドキ

作者: 天城冴

ネト家の父、ネト・ウヨル氏がいきなり心肺停止に。お仲間のズルノ、ダザキらが葬儀を行おうとするが、一般常識に疎く、まして喪主になったこともない彼らは右往左往し…。

「どうだった、ウヨミさん」

「だ、だめです、ズルノさん、娘さんは外国行ったきりで。どうもニホン国籍も放棄して外国人になっちゃったらしいです」

「なんだとー!愛国戦士ネト・ウヨルさんの娘が外国人だとおお」

「あー、ウヨトさんとこのが、マシだわな、縁切っただけだからのう」

「し、しかし、ダザキさん、このままではウヨルさんが」

「そうじゃなあ、どうするかの」

自称”フツーのニホン人、ニホン国(アベノ総理)を愛しているだけ”の会のメンバーの面々は当惑していた。三人が立っているのは話題になっているネト・ウヨルのアパートの一室。そしてそのネト・ウヨルは畳でひっくり返って心肺停止状態となっていた。


「どうしましょう、ズルノさん」

「せっかくハンニチ追い出せデモのために集まったというのに」

「場所を提供してくれたウヨル君がなくなるとはのう」

「ウヨルさん、どうも心臓が悪かったらしいですよ」

「ハンニチどもが”9年前アベノ総理がヤクザに選挙妨害を依頼したのを値切って火炎瓶を投げ込まれたのだ”などと騒ぎだすからいけないんだ」

「ウヨルさん、逆に火炎瓶をなげこんでやるっていって、いきなり空き瓶を握りだして」

ウヨミはバッグからハンカチを取り出し、目頭を押さえる。

「あんなことで興奮するとはのう、精進が足りんのじゃよ」

ダザキは足元に横たわっているウヨルをみる。

「あっという間で救急車呼ぶ暇もなかったですね」

「意識なくなってしもうたからのう、あれはダメじゃ」

「救急隊員もハンニチ・パヨパヨが混じっているかもしれないんだ、呼ばなくて正解だ」

いや、呼ぶでしょ普通。

「こうなったら仕方がない、我々で葬儀を執り行おう」

「そうじゃな、ワシも何回か葬式に出てるからなんとかなる」

参列するのと執り行うのは違うのだが、二人は根拠のない自信に満ちていた。

「えっと、まずは死亡診断書というのが必要なんだよな、ウヨミさん、ウヨルさんは病院とかにいってたのかね」

「さあ、確かコープ・メディカルだかの診療所に通っていたとか」

「なんだと、あそこはサヨクだぞ。核兵器反対、平和運動の署名を募っていたし」

ダザキのトンデモ理論では核兵器反対をするものはすべてサヨクとなるらしい。さすがにウヨミもちょっとは疑問に思った。

「え、そうなんですか(平和がダメってちょっと怖いわね)。じゃ、じゃあ別の医者にしないと」

「しかし、かかりつけ医でないとまずいのでは」

「そうだ、タカタカス先生にお頼みするというのはどうだ、あのような有名人に頼むのはキョウシュクではあるが」

「ダザキさん、あの方は整形外科医で、しかも今は診療なさってないんじゃ」

「ううむ、仕方がない。死亡診断書がなくてもいいか役所に交渉してみるぞ」

と、ダザキは何やら引き出しをあさり、ウヨルの健康保険証やらの書類を掴んで出て行った。

 部屋に残されたズルノとウヨミと心肺停止状態のウヨル。

「では、我々は葬儀の準備をしなくては」

「じゃあ、葬儀屋さん呼びましょうか」

「葬儀屋だと。ウヨミさん、一体その金誰が出すんだ、ウヨルさんに親族はいないんだ」

「じゃあ、私たちでお金を出し合うとか。でも私も主婦なんで五万円ぐらいし出せないんですけど」

「僕だって自営業だし、そんなにはだせない。第一本当は商売の付き合いってことで来てるんだ。この集まりのことがカミさんにバレたらまずいんだよ。やっぱり五万円ぐらいしか、それも小遣いの二か月分…」

「ダザキさんも年金暮らしで、生活費はお子さんからだしてもらっているって言ってたし、そんなに余裕はないみたいですね。やっぱりおなじぐらいかしら」

「十五万でどうするんだよ、普通は百万から数百万だぞ」

まともに親戚、友人知己がくるような葬式なら百万円以上かかるが、娘にも見放された独居老人や金のない家族たちのためのセーフティネット的低価格葬儀もある。しかしアベノ様のお言葉には詳しいが、一般常識的なことは人任せで、世間一般のことを実はよくしらない二人は知る由もなかった。まして葬儀はすっとばして、火葬場、無縁仏として納骨という最終手段も稀にあることも。

「し、しかたない。ウヨルさんの貯金を使わせてもらおう、本人の葬儀に使うんだし、いいですよね」

と、ズルノはダザキと同じくウヨルの引き出しをあさり、通帳をいくつかもって出て行った。

残されたウヨミと心肺停止状態のウヨル。

「あらら、ハンコはいいのかしら。って今は通帳見てもハンコがどれかわかんないのよね。さて、どうしようかしら」

あくまでまだ心肺停止状態のウヨルをみながらウヨミはうろうろしていた。

「そ、そうだこういうとき大家さんに言わなきゃいけないんじゃなかったかしら。大家さーん」

部屋に残されたのは心肺停止状態のウヨルだけとなった。


「ふうふう、なんて頭が固い奴らなんだ。“死亡診断書もないし、だいたいネト・ウヨルさんとのご関係は?お友達?本当ですか、証明になるものは”などど。友人に証明がいるのか!」

 ウヨルの部屋に戻るなりダザキは怒鳴り散らした。その友人の片方が死亡したうえ、公的手続きなら普通は証明なり委任状なりがいるのだが、“フツーのニホン人”を自称するわりには普通のことを知らないダザキであった。

「くうう、こうなったら役所には頼らん。我々で葬式を出すぞ!」

ダザキが叫んでいるとき、ちょうどズルノも帰ってきた。

「ったくもう、銀行の奴等がマニュアルどおりなのは知っていたが、ここまでとは。ウヨルさんの葬式にウヨルさんの金がなんで使えないんだ」

ズルノもだいぶ興奮していた。

「“普通、死亡したことが分かった直後から死者名義の貯金はおろせません。おろせても財産隠しを疑われる可能性がありますよ“って、そんな馬鹿な!」

ごくフツーに銀行でいわれることではあるが、親兄弟の葬儀のときでさえ面倒な銀行、役所対応は妻任せにしていたズルノには初めての経験であった。

「私たちは善意の友情からやっているのにー」

憤懣やるかたない二人。

「こうなったら仕方がない、我々でウヨルさんの葬儀をやるぞ、まず棺桶だ」

「か、棺桶ですか、どこに売ってるんですか」

「江戸時代は巨大な桶にいれたそうだから、大きい桶を探せばいいだろう」

それは土葬用。二ホン国では戦後原則として土葬は禁止。むろんウヨルのアパートのある地区では土葬は認められていなかった。

「桶はいいとして、どこに埋めれば」

「じゅ樹木葬として木の下に植えればいい、ほれアパートの裏の駐車場の上、あそこに林があったろう」

他人の土地に死体を埋めるのは法律違反。火葬してないのも違反。が、二人は、法律は知らなければ破ってもいいという勝手な解釈でコトを進めていた。

「じゃ、桶とスコップを~」

ズルノは言いながら再び部屋を出ていく。ダザキは

「ふう、なんとかなりそうじゃの。ありゃ?ウヨミさんはどこじゃ」


そのころウヨミはウヨルのアパートの大家タダノの自宅玄関先で、タダノに問いただされ当惑していた。

「あのさ、ウヨルさん亡くなったって、なんで医者呼ばないの?だいたい救急車も来てないみたいだし」

大家タダノの当たり前な質問にしどろもどろに答えるウヨミ。

「えっと、そのう、ちょっと間に合いそうになくって」

「あんたねえ、素人目には死んだかどうかわかんないときだってあるんだよ。ひょっとして生き返ったかもしれないじゃないか。あんた、ほっといたら殺人になっちまうんじゃないのかね」

「さ、殺人」

ウヨミは青くなった。

「まあ大げさかもしれないけど、助かる人をほっといたら救護義務違反だかなんたらありそうな気がするし。とにかく私もいって…。あ、逃げちゃった。どうも怪しいねえ。とりあえずウヨルさんの部屋にいってみるか。なんかヤバそうだから、一人で行かないほうがいいわよねえ」

ブツブツ言いながらタダノは出かける支度をした。


「おお、ズルノさん戻ったか」

「ふうふう、ダ、ダザキさん、なんとか桶を調達してきました」

「おお、それはご苦労。ってなんじゃこれはドラム缶ではないかの」

「それがヒノキの桶なんてないんですよ、ここらじゃ。買うとなると数十万するっていわれまして。しょうがないんで息子がドラム缶風呂にするとか言って買っといた缶をもってきたんですよ、はあはあ」

と、200リットルのドラム缶を背負って部屋に入ろうとするズルノ。しかしドアが狭くて入らない。

「まったくアパートには棺桶が入りにくいとは聞いていましたが、人の生き死になんだぞ、しょうがないドラム缶は廊下に置いてっと。死体のほうをここにいれましょう。あ、坊さん呼んでくるの忘れた」

「まあ、ウヨルさんのお家の宗派がわからんしの。ひょっとしたらキリスト教か神道かもしれんし。仕方ない。我々でなにか。そうだアベノ総理の講演会テープでも流そう」

「そ、そうですね、そのほうがご利益がありそうだ」

おそらく、ご利益はない。第一、読経は弔うためであってご利益は関係ないはずだが、親や妻の葬儀でさえろくにかかわってないダザキとズルノに葬儀の本来の意味など理解できるはずもなかった。

 部屋に入って二人が心肺停止状態のウヨルを動かそうとすると

「うん?」

「どうかしたかね、ズルノさん」

「なんだかウヨルさんの姿勢が違うような」

ウヨルの手の位置は、ズルノが部屋を出ていく前と微妙に違っていた。

「なあに気のせいじゃよ、死人が動くはずはないんじゃ」

「そ、そうですね(それにしてはなんか冷たくないけど)」

疑問に思いながらウヨルの体を抱え上げるズルノ。

 「あんたら、何してんのさ!」

やってきたのは大家のタダノとアパートの警備を任されている警備会社社員。

「お、おいその人をどうするんだ!」

「どうするって我々で葬儀を行うんだ」

警備員にとがめられ異口同音に言うダザキとズルノ。しかしタダノと警備員は信じない。

「ってドラム缶に入れて何が葬儀だ、死体遺棄するつもりだろ!」

「何を言う、江戸時代は桶だぞ」

「今は寝かせる棺桶で火葬だ!」

「ハンニチの葬儀なんてやるかああ」

「普通の葬儀は棺桶で火葬だあああ」

わけのわからない言い合いをしているうちに

「う、うう」

ウヨルの口からうめき声が漏れた。

「わあああ、死体が動いた」

「死んでなかったんでしょ、だから救急車よべっていったのに」

驚くズルノに冷静なタダノ。

「なんと、死体遺棄じゃなく、殺人か。警察をよばなきゃ」

「警備員さん、その前に救急車を。ネトさんほんとに死んじゃうから」

ウーウー

ピーポーピーポー

警察と救急車が同時に到着し、それぞれ連れていくべき人物を収容した。


後日談

 ネト・ウヨルは奇跡的にたすかったものの、後遺症が残りアパートで一人暮らしは無理と判断され、大家タダノの尽力でコープ・メディカルの医療施設に入ることとなった。

 ダザキ、ズルノ、ウヨミ(家に逃げ帰っていたが、ズルノたちの証言で引っ張り出された)は警察署でこっぴどくしかられ、家族のもとに戻された。彼らは刑罰に処せられはしなかったものの、家族による処罰、外出禁止、ネット禁止、小遣い没収などがまっていた。そして”フツーのニホン人、ニホン国(アベノ総理)を愛しているだけ”の会は自然消滅となり、また一つアベノ総理支持者の組織が自滅した。


葬儀について不明な点はインターネットで調べてもわかりますし、役所などに相談をすることもできます。わからないのに思い込みで葬儀を進めるのは避けた方がよろしいかと思われます。

またドラム缶風呂にするドラム缶はアマゾンなどでも購入可能ですが、絶対に死体はいれないでください。

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[一言] 総理の講演テープを流そうとするところめっちゃ笑いました
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