笹男の友達の話
テーマ:横、ボーイミーツガール、狂気、七夕
「なぁ谷口。お前……友達だよな?」
休み明け、隣の席の山村がそう切り出してきた。
「違うと思う」
「えっマジで?俺だけ友達と思ってたのか!?」
「ごめんごめん、急だったからさ」
その眼鏡の奥底に宿るぎらついたナニカに寒気を感じて咄嗟に否定してしまったが、山村は俺の友達である。ことさら定義しようと考えると少し難しいが、雰囲気としてはそんな感じである。
「ったく驚かせやがって……心臓止まるかと思った」
「で、何だよ改まって。言っておくが金なら貸さないし壺も買わないぞ」
「いやいやいや、そんなに怪しい話じゃないって。ただ、やっぱり事前に確認が必要というかだな……心して聞いてくれ」
今までに見たことが無いほどに真剣な表情の山村。いったい何が始まるのだろうと身構える。
「俺らで、笹の葉にならないか……?」
「ごめんやっぱお前友達じゃないわ」
「あーーーーっ待ってくれ待ってくれ!話を最後まで聞くんだ!ちゃんとした理由があるんだ!」
「おまっ、襟を引っ張るな襟を!」
ほとんど首を絞める勢いでガクガクと揺さぶってくる山村の手を振り払う。それで、この男はなんていったんだっけ?笹の葉になる?
「まあ谷口話を聞けよ。いいか、俺らは笹の葉になって短冊をつるしてもらうんだ」
「良くないし意味不明だ。笹の葉に短冊?七夕は昨日だぞ」
「そう、七夕は昨日だ。だからあえて今日なんだよ」
「……頭がおかしくなったのか?」
最近は気温も高い。3月に北海道から引っ越してきた山村がおかしくなっているのはある意味自然ともいえるかもしれない。
「いいか、よく聞け。この作戦が上手くいけば、女の子と仲良くなれるんだ」
「どういう理屈だよ」
「ほら、近くのさ、なんかめっちゃギャルだらけの女子校あるじゃん?ああいうところだとさ、やっぱこうあえて?ノリで?バカやりました、みたいなのがウケるわけだよ」
「偏見でメガネが曇っているとしか思えんな」
「いいや絶対そうだ。そこで、あいつらが下校でよく使っている道があるだろ?そこで笹の葉になって、短冊をつるしましょうってやるのさ。そうすればノリのいい女子たちがきゃっきゃと集って我々は短冊まみれになりつつ連絡先なんかをゲットしてあとはもうアレよ」
アレなのは確実に山村の頭である。
「付き合ってられん。一人でやってろ」
「まあまあ!俺たち、友達だろ?お前は笹の葉やんなくていいからさ、手伝いだけでいいから!横で短冊とペンを渡す係をやってりゃいいから!」
「貴重な放課後を使ってまでそれをしろと?」
頑なに否定をし続けていると、山村ははぁーーーーっと深いため息をついた。
「あー、そうかよ。じゃあ俺だけ可愛い女の子をゲットしちゃうからな。あとで泣き言を言っても知らねえぞ」
急に声を低くして、怒っているような雰囲気を出し始めた。
これは俺を罠に嵌めるための態度だ。もう見抜けている。
……のだが、俺はどうしてもこういう状況が苦手だった。相手が本気で怒っていないと分かっていても、なんとなく罪悪感を覚えてしまって、最終的に相手に押し切られてしまうのだ。そのことをわかってやっているあたり、山村は非常に性格が悪い。
だが同時に、山村にはあらかじめ俺がそういうのを苦手としていて、できるだけするなとは言ってあるのだ。それでもやってくるということは、本当に何か勝算があるのかもしれない。
「……手伝いだけだからな」
こうして結局、今回も頷かされてしまった。
「嘘だろ……」
目論見通り女子高生に短冊まみれにされている山村を目の前にすると、さすがに声が出てしまった。
山村は葉っぱの素材などえらく気合の入った深緑の笹の葉スーツを身にまとい、河原と公園に挟まれた通学路に笹の葉として生えた。特に声掛けなどせず、ただスッ……とそこに立っただけである。
最初のうちこそスルーされていたのだが、途中から何人か(しかも山村の読み通りギャルっぽい連中)が俺にこれはなんだと尋ねてきたので、打ち合わせ通りに短冊とペンのセットを渡してやったところ、嬉々として短冊に願い事を書き始め、そして用意されたセロテープで山村の身体に貼り付け始めた。
短冊の数は時を追うごとに増え、そのうち山村は「いや、今日はなんか七夕の気分だったんで」とかなんとか言いながら女子高生と談笑すらし始めたのである。
「ねぇ今からあたしらカラオケ行くんだけど七夕くんも来る?」
「おっ、行きたい!あと俺山村って言うんだけど」
「いいじゃん七夕な気分だったら七夕で」
「じゃ、じゃあいいかな!」
そして現在、最後の女子高生どもに山村が拉致されて散乱した短冊と俺だけが取り残されたのである。
「はぁ……」
無性に悔しかったし虚しくなった。
結局のところ、実際に行動を起こした人間が最も得をするのが当然とはいえ、なんだか釈然としない。
俺は人種として……そこまで言わずとも性格としてあまりふざけるのが得意な方ではない。小学校の頃とか、クラスで笑いの中心にいるやつを外から眺めていたタイプだ。もちろん、真面目に生きてきただけそれなりに利益は得ているのだろうが、なんというか、イロコイ関係では損しかしてない……と思う。
……ちょっとでも期待した俺が馬鹿だった。
「帰る、か」
ごみを拾いつつ、独り言が空へ消える。帰ったら何をしようか、といってもゲームするとか動画を見るとか、そんなくらいしかやることは無いのだが。
「かわいそっ」
女子の声がして、それが自分に向けられたものであると気がつくのに数秒を要した。
振り返ってみれば、公園の入り口の車止めに腰かけてこちらを見ている姿がある。手にはスケッチブック。短い髪はウェーブがかっていて、黒髪なのに外国人の様だった。そしてよく見れば、その髪は先の方だけ赤く染まっている。
「友達に見捨てられちゃったの?確かにあの笹男と違って、あんまりウェイウェイしてないもんね、お前」
えらく馴れ馴れしい語り口、キリっとつり上がった大きな目。表情豊かに、にひひと笑う声が聞こえるかのようだった。
「あいつとは明日から友達じゃない」
「じゃあ今日はまだ友達なの?おもしろー」
なんとなく雰囲気は違うが、制服からして一応あの女子高生たちの同族ではあるようだ。警戒していると、女はスケッチブックを開いた。
「短冊、まだ余ってるよね?ちょっと絵に付き合ってくれる?」
「な、なんでお前なんかに……名前も知らねえし、なんか馴れ馴れしいし……」
「あたしは海原ってんだ。さ、名前も教えてやったし付き合え」
「なっ……!?」
「なんで、じゃねえだろ?名前を知らねえってお前が言ったんだ。だから付き合え」
もうむちゃくちゃだ。なんだこの生物、女子ってみんなこうなのか?
根源的な恐怖を抱き始めたところに、ずかずかと近づいてきた海原は短冊をひったくり、セロハンでばしっと俺の胸元に貼り付けてきた。そしてそれに慣れた手つきでさらさらっと何かを書いた。
「なんて書いたんだ……?」
「『笹野郎がひどい目に遭いますように』、だ。叶ってほしかったら全力で笹になり切るがいい」
そういうと海原はふたたび腰かけ、こちらをじぃっと見つめ始めた。
ああ、そういうことか。
……くそっ。
俺は半ばやけくそになりながら、山村がとっていたのと同じ、Y字の笹の葉ポーズをとった。
山村と同じポーズというのが非常に悔しいが、これで山村を呪い殺せるなら本望だ。
ありったけの怨嗟を込めて、笹になり切る。
どれくらい時間が経っただろう。
「ん~、なんかパンチが足りねえよナ……」
そろそろ手をあげているのにも疲れた頃に、海原はそうだ、と閃いて提案した。
「なあ、お前逆立ちできる?」
「逆立ちって、1分くらいなら……」
「よし、じゃあ逆立ちしろ」
「なんだと!?」
抗議の声を上げようとしたが、海原はもうポジションについてこっちをじっと見つめるだけだった。
く、くそ……マジか。マジでやるのか。高校生にもなって、往来で逆立ちを……。
「どうした?早くしろ」
「や、やってやるよ!!」
我ながら狂気の沙汰。しかし引くに引けない圧力を感じ、俺は海原に背を向けて逆立ちした。さかさまになった海原が見える。
……もうちょっとでスカートの中、見えそうじゃね?
「よーしそのまま。ちょっと我慢しててくれ」
ざざざ、と鉛筆でスケッチブックに何かが掻き込まれていく。何かっていうか、たぶん俺が逆立ちしている絵だが……。そんなことより、俺はもうすこし腕を曲げられないか四苦八苦していた。もうすこし頭の位置を下げることさえできれば、あの中が、見えるはず……!
だが当然ながら腕を曲げればそれだけ荷重を支えるのは難しくなる。腕の筋肉が悲鳴を上げ始めたが、もう少し、もう少しで……!
「よしよし、そのままそのまま……オーケー!だけどまだ逆立ちしてろよ、仕上げだ……」
海原はスッと立ち上がりこちらに近づいてきた。おっ、これは、これはもしかして……!
「動くなよ~……」
あと少しで見えそうというところで海原は立ち止まり、短冊を腹に貼りなおして何かを書き始めた。微妙に押され、バランスが崩れそうだ……だけど、もう少しで、パンツが……!
「っと、よし。はい、ご苦労サン!」
「うわがふっ!?」
べしっと叩かれてバランスが崩壊し、崩れ落ちてしまった。結局パンツは見えていない。くそっ、くそっ……俺の人生、負けっぱなしだ……!
「そんじゃありがと。じゃあな、負けた方。その絵はやるよ」
「ま、待て!お前は……」
最後の力を振り絞って声を上げるが、海原はどこかに停めていたらしい自転車に乗って走り去ってしまった。
ちぎったスケッチブックの1ページを残して。
「いてて……結局、あいつはなにを描いたんだ」
残された絵を拾って見てみる。必死に笹の葉をやる俺が描かれていた。しかもかなり精巧に……表情はちょっと誇張されているかな?
「裏、はたぶん逆立ちしてからのやつだよな?」
裏返してみると、そこにはこう書いてあった。
『今どきそんな程度でパンツが見えるほど女子高生は甘くねェよ馬鹿め』
「バレてた~~~~~~~~~~~~!!!」
あああああ、なんてこった……。完全敗北、もう俺を殺してください神様。
激しい羞恥心にのたうち回っていると、短冊がひら、と舞って落ちた。俺に貼り付けてあったものだ。
「……こっちの裏は?」
表には『笹野郎がひどい目に遭いますように』、と言われたとおりの言葉が書いてあった。
そして、最後に追加で書いたであろう裏には……。
「おう、山村。どうだったあの後」
「地獄だった、とだけ言っておこう……いやーしかし、すまんな!置いて行ったりして」
「まあいいよ。別に」
「……なんか変だな、お前。もっと怒っているはずなんだが。ところで今日の放課後反省会をしようと思っているのだが」
「いいや、すまんが俺には用事がある。パスだ」
「谷口お前……ま、まさかっ」
「ああ、ちょっとな」
俺は海原に願い事成就の連絡をしつつ、山村に言ってやった。
「女の子と用事があるのでね」