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ヤンデレ世界遺産  作者: 青木りよこ
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妻の話をしたい

こちらは古代人類における「ヤンデレ」と呼ばれる成人男性の部屋であります。

こちらの男性、古代人類では美男ですとか、イケメンと呼ばれる分類にカテゴライズされております。

リピーターの皆さんには、毎度毎度同じ話ばかり聞かせ恐縮の極みでありますが、この展示も今月いっぱいとなりましたので、我々にはない他者への執着を存分にお楽しみくださいませ。


古代人が見たら、クラゲと言い出しそうな新人類である案内人は、鉄格子の中でソファに座り、頬杖を突く、黒髪の古代人類なら美丈夫や、眉目秀麗だともてはやすであろう男の前で立ち止まった。

新人類である集団に鉄格子越しとはいえ、取り囲まれても、もはや慣れたのか、表情をピチクリとも変えない、中々な強情さである。


この男の一般公開が始まったのは、つい先日であるが、古代人類文化遺産博物館始まって以来の、人気となり、連日鉄格子の周りには黒山ではなく、新人類である我ららしく無色透明に発光している。

「ヤンデレ」という、我々がついぞ持ちえなかった概念を持つゆえか、異色の人気となったことで、私も取材に来ざるを得なくなった。

まあ、本当はもう一件の方がメインだ。

こちらは来月からの展示らしいし、最近やっと我々新人類にまで見えるようになったのだ。

ひとえに我らの努力のたまものであると言える。

古代人類だって成しえなかったことなので楽しみだ。


男は妻の死体と自宅に放火した罪で、拘置所に入れられていたところを、あの古代人類滅亡によって、古代人類の数少ない生き残りとして、我々の英知の限りを尽くした科学技術により、死なない体となり、博物館で大切に保護されることとなった、本来なら、唯の罪人である。

余りに顔の造形が整いすぎているため、破壊するには忍びなく、こうして千年もの間大切に保管され、こうして展示物となっている。

この「ヤンデレ」と言われる成人男性は、日本人と言うらしく、名前もあるのだが、本人は自分の名前があまり好きではないらしい。

基本的に彼は無表情だが、時々虚空を見つめては恍惚と言って差し支えない表情を浮かべ、見るものを魅了する。

私もものの数分見つめていただけで、ぼうっとなった。

確かに我々にはない形だ。

そして何より、彼には声がある。

この我々にはない声こそ、人気の出た要因であることは間違いない。

そろそろ始まる。

聞くのは初めてだ。

さあ、聞かせてもらおうか。

古代人類が語る、愛というものを。




何だ?

今日も来たのか?

そうだな、確かに話がしたいな。

妻の話がしたい。

他の話なんかしないぞ。

もうこの世に誰も人間はいないんだろう?

我らがいる?

はっ。

その身体ではな。

妻の話をしよう。

俺の死んだ妻の。

俺がどれほど妻を愛し、妻によって苦しめられてきたのか。


あの女と俺が出会ったのは、日本の滋賀県彦根市という街だ。

城があったぞ、俺は一度も登らなかったが、妻は登ったことがあった。

妻は彦根で生まれて彦根で育った女で、ついに彦根から出ることなく死んだ。

まあ、それはいい。

出逢った場所まで覚えているが、何故自分がその日、その時間そんな場所にいたのか、そこまでは思い出せないが、妻が制服姿だったことをから、平日だったことは確かだ。

三丸橋、そうだ、三丸橋だ。

今でもまだあるのだろうか?

あるのか?

そうか、人類は滅亡したと聞いていたが、そういえば、どうやって?

いなくなった?

いきなりか?

そんなことがあるのか?

それで俺だけが生き残ったのか?

他にもいる?

大切に保護されている?

それは良かったな、まあ俺にはどうでもいいことだ。


三丸橋に続く階段の上に俺はいた。

階段の下に、ブレザー姿の少女が見えた。

その時、俺はすべてを理解した。

これだと。

ずっと何かが足りない、欠けているって思っていたわけじゃない。

誰かを探している、そんなこともなかった。

でも、すぐに理解し、全身を駆け巡った。

全てが一致しているってわかった。

俺はあの女と、前世から因縁があり、今生でどうしても結ばれたかっただの、過去において奇跡のようないきさつがあったわけではない。

それがあったら、どんなにかましだっただろう。

出逢うべくして、出会えていたなら、どれだけ良かったか。

それなら、俺だけじゃない。

彼女にもわかるはずなのだから。

俺は無意識にか、意識的にか、もう憶えていないが、手にしていた書類を落とし、白い紙は風に乗り、まるで花びらのように彼女の上空を舞った。





















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