エピローグ エメフィー女騎士団はこれからも変わらない。
「殿下、そろそろ起きるお時間です」
エメフィーの朝は、メイドの声で始まる。
「ん……ああ……うん、起きるよ」
まだ、微睡みの中にいるが、とりあえずそう返事をする。
返事をしないと、するまで声をかけてくるからだ。
彼女を恨むことはない、そういう仕事なのだ。
とりあえず、起きて顔を洗って貰おうと、身体を起こそうとすると、右手に柔らかく暖かい感触。
またか、と、エメフィーはため息を吐く。
「魔姫、だからさ、人のベッドに潜り込むのはやめてって言ってるでしょ?」
「むにゃ~……」
魔姫は、エメフィーの隣で幸せそうに寝息を立てている。
あまりに平和そうなので、このまま寝かせておいてもいいのだが、メイド達が寝室を掃除する際、魔姫を見つけて、「王子は魔姫と交わっているらしい」「王子は魔王の義理の息子になりたいらしい」などと噂を立てられても困るので、起こすことにした。
「魔姫、起きて?」
エメフィーは魔姫の肩を揺らす。
「ふにゃ~……」
「起きてって、もう……」
ため息を吐く。
エメフィーの言葉遣いは、ボーイッシュな女の子という王女時代のまま、ほとんど変わっていない。
これまではそれで通用してきたし、一応は王女としての振る舞いも教わってきたので公式の場に王女として出る分には申し分はない。
だが、彼は王子であり、将来は王になるためにもっと男らしい言葉遣いを身に着けていかなければならない。
マエラにも注意されるのだが、これがなかなか治せない。
「起きなさぁぁぁいっ!」
「ふにゃにゃにゃっ」
両肩を掴んで、上下に揺らす。
「にゃ……エメりんにゃ?」
「そうだけど……何から言おうかな、とりあえず僕の寝室に入ってくるのやめてって言ったよね? あと、その呼び方もやめてって言ってるんだけど」
「にゃ~」
エメフィーの叱り口調など全く無視して甘えてくる魔姫。
「はあ……何でだろうね? キスしたら意のままに操れるって聞いてたんだけど、全然言う事を聞かないよね」
エメフィーはすり寄ってくる魔姫の頭を撫でてやりながら、ため息交じりにつぶやいた。
「それは殿下が甘いからです」
そう、冷たく言い放つマエラ。
「本気で命令すれば言う事を聞くはずでしょう。何故そうなさらないのですか?」
「甘いって言われてもなあ。男の子なんだから女の子には優しくしなきゃ駄目でしょ?」
「優しさと甘さは別物です。私は殿下には優しいですが甘くはありません」
「……だよねー」
マエラは常にエメフィーのために動いてくれるし、エメフィーが悪いことをすると叱ってくれる。
それが優しさだ。
もしマエラが、エメフィーがどう行動しても、ただにこにこと眺めていて、その後後始末をしてくれるだけの人間なら、彼はマエラをここまで信用はしていない。
マエラとこんなやり取りをしている間にも魔姫はエメフィーの腕をぎゅっと抱きしめている。
ちなみにシェラも同じ部屋にいるが、ぽつんと寂しそうにしている。
いつ、いかなる時も魔姫はついてきて、甘えて、エメフィーを占領している。
だからマエラやシェラはもちろん、これまでずっと仲良くしていた女の子たちは不満げな表情をよく浮かべる。
アメランなどは「魔姫さんが邪魔です~。いつもはマエラさんのいない隙を狙ってたのに~」と言い出して、マエラに睨まれていた。
マエラもイライラしているのが分かるし、シェラも寂しそうだ。
サイは何も言わないし表情にはほとんど出すことはないが、時々苦笑を浮かべることもある。
このままでは、良くはないと、エメフィーも思ってはいる。
とはいえ、自分がキスして慕わせた子を冷たくすることは出来ない。
「魔姫、仕事中と練習中は離れてくれ。分かったな?」
少し強い口調で言う。
「うにゃ?」
魔姫は、じーっと、エメフィーの顔を見る。
エメフィーはそれを見返す。
なるべく厳しい表情をする。
「分かったにゃ。離れるにゃ!」
「そうか、ありがとうな?」
エメフィーはその頭を撫でてやる。
「じゃ、僕は騎士団の会議に行ってくるから」
「ついて行くにゃ」
「魔姫、だからさ……」
ため息とともに何も言えないエメフィー。
騎士団の会議のための専用の部屋に、魔姫を連れていくと、そこにいた四人の少女たちの表情が落胆したのが分かる。
マエラに至ってはそろそろ怒り出すかもしれない。
「しょうがないな……」
魔姫に関しては自分に責任がある。
だから、ずっと魔姫と一緒にいたが、自分は騎士団の団長であり、魔姫だけに構っているわけにはいかない。
それに将来はこの国の全てを治める王になるのだ。
それはまだ先の話だが、魔姫からするとそう先の話ではないだろう。
「魔姫、今から会議をするんだ。出て行ってくれないか」
「にゃ~、魔姫はエメりんと一緒にいるにゃ~」
「うん、会議の後練習もあるから、それが終わってから夕食前に一緒に遊ぼうか」
「嫌にゃ~。ずっと一緒にいるんにゃ~」
魔姫はエメフィーのそばを離れる気がない。
「──魔姫」
エメフィーは魔姫の顔をくい、と持ち上げ、自分の真正面に合わせる。
「我儘を言うんじゃないよ? 僕は君を絶対に見捨てない。だから、ちょっと離れても我慢しなさい」
「…………」
魔姫はもともと大きな目を更に大きく見開き、エメフィーを見返していた。
エメフィーは絶対に言葉を曲げない意思をその瞳に込めて見つめた。
「……分かったにゃ。他に遊べるものをさがすにゃ」
そう言って魔姫は、ててて、と会議室を出て行った。
その瞬間、四人の少女たちの表情が明るくなる。
怒ることも笑うこともほとんどないサイですら、微笑んでいた。
ああ、これでよかったのだ。
エメフィーは心底安心した表情を皆に返す。
「じゃ、隊長会議を始めようか」
このお話はこれで終わりとなります。
今までお付き合いいただきありがとうございました。
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