第56話 エメフィーの、兄?
「っ!」
当然、魔姫の城に普通の人間がいるわけがない。
自然警戒して、武器を構える。
「落ち着いてくれ。僕は君たちと戦いたいわけじゃない」
その男性は、エメフィーたちの武器に囲まれながらも平然と落ちついて両手を上げる。
落ち着いた所作、穏やかな物腰。
ふと、その面影はどこかで見たことがある、と思うエメフィー。
「あなたは、誰だ……?」
剣を下ろさないまま、エメフィーが尋ねる。
「ふむ……」
ちらり、と男性が全員を見回す。
「君がエメフィーかな? そう言えば僕に似ているな」
「……な、にを……っ!」
そうだ、この面影、立ち振る舞い。
これは、父上だ。
エメフィーの父である王配に、あの優しい穏やかな父に似ているのだ。
そして、髪を伸ばせば、エメフィーにも似ているかもしれない。
「まさか、あなたは……!」
「そう、僕は君の兄、ジュエール王国の第一王子、ルンジールさ」
彼はエメフィーの兄を名乗った。
確かにエメフィーには魔姫に攫われた兄がいる。
それは、女王からも聞いている。
年齢もエメフィーより一年強上のはずで、目の前のルンジールと重なる。
「……本当に、王子殿下なのですか? 魔姫に捕らわれて育てられたなど、考えにくいのですが……」
マエラが、多少遠慮がちに聞く。
「そういう君だって、殺されずに帰されていたんだろ?」
「それは……そうですが……」
そう言われると思ったので、言うかどうか迷ったが、だが、彼女は王宮の監視に利用されていた。
となると、彼が生き残っているのには、何らかの利用価値があったはずだ。
魔姫がただ遊ばせるためだけに、彼を生かせておくわけがない。
「僕は、キスの能力研究のために実験させられたのさ」
マエラの表情に疑いを感じたのか、ルンジールはそう答える。
「キスの研究……?」
「いや、大変だったよ。十六を過ぎたら魔物の女の子ばかり、延々キスさせられるんだ。僕に心を奪われた瞬間、僕の目の前でみんな殺されるんだ。おかしくなりそうだったよ」
ルンジールは困ったように語るが、そこには何の悲壮感もなかった。
彼がエメフィーより年上だから、一年以上。
魔姫の研究の最終成果を彼で試したのだろう。
「魔姫は君たちが思っているほど残虐でもないし、むしろ人の心を持っていると思う。何しろ、生まれてすぐの僕に食事だけではなくこうして教育して躾けて立派にしてくれたんだからね」
確かにそうだ。
彼はまだ生まれてすぐに攫われたのだから、ずっと檻に入れておいたら、物も話せない獣になっていただろう。
「ですが、魔姫は復讐をすると言っています……それは、国々を滅ぼして、再び支配することでしょう」
「違うと思うな。あの子は、父を殺されて一人になった可哀想な子なんだ。寂しくて他にやることもないから、復讐をしよう、なんて思っただけなんだ。そもそも、復讐なんて発想、とても人間的な思考だと思わないか?」
「………………」
それが、嘘か本当か確かめるすべはない。
だが、信用するにはあまりにも情報が足りない。
「それであなたはどうしてここに?」
「うん、君の説得を魔姫に頼まれたんだ。ここは黙って帰ってくれないか?」
「と、言われましても、僕たちもここまで来て、そう簡単に帰れるわけではありませんし……」
兄、と思われる人物に言われても、エメフィーの行軍にはジュエール王国の威信や期待がかかっているのだ。
「だろうね、だけど、魔姫ももう少しで人間を理解できると思うんだ。僕をこうして生かしたり、君の存在に気づいても、何もしなかったり。彼女は人を理解しようとしている。そのうち、復讐なんてしないと言ってくれると思ってる」




