第52話 騎士団を支えているのは、サイだけではない
エメフィーは朝早く起きて、みんなが寝ている間にもう一度だけこっそりと風呂を浴びようと入ると、マエラが入って来て慌てるが、マエラの口調が逃げることを許さなかったので、一緒に入ることになった。
そして、湯船に浸かりながら、逆上せるくらいまでの時間、昨日、サイを無理やり連れ回したことを延々叱られた。
さすがに昨日の事は自分も反省しているのでおとなしく聞いていたが、マエラの説教の言葉尻にふとした違和感があった。
そう言えば、マエラって、サイの事は「あのエルフ」「弓隊長」としか呼んでなかったんじゃなかったっけ?
さっきから、「サイが可哀想です。彼女は普通の女の子なのですよ?」「あの子は本来なら私と同じくらい高貴な存在なのですよ?」などと、親しみを込めて呼んでいる。
その後寝ぼけた目で起きて来たシェラが、二人で温泉に入っているのを見て、そのまま服を脱いで飛び込んではマエラに説教され、アメランが服を脱ごうとして説教されるが、なし崩し的に容認される。
さらに裸のまま飛び出していったシェラがサイを連れて来たのでまた説教。
ずっと説教を繰り返して疲れ気味のマエラ。
その目にはずっと眼帯をしていたのだが、誰もそれには触れなかった。
専用浴場の隅で戸惑っているサイは、マエラに助けを求めるような視線を送る。
それを見たマエラはにっこり笑う。
「サイもご一緒にいかがですか?」
その時のサイの絶望的な表情と、対照的なマエラの嬉しそうな表情。
双方普段あまり見せない表情であったため、エメフィーは何があったのだろう、と不思議に思った。
「全軍、僕……じゃなく、シェラに続け!」
多少締まらない、エメフィーの号令の元、エメフィー女騎士団は、一夜を過ごした温泉を後にする。
ここから魔姫城まで、半日だ。
そんな距離にも関わらず、昨夜は襲撃もなかった。
もちろん、アメランが気配を目立たなくする魔法をかけてはいたのだが、魔姫相手に通用するとも思えない。
更にアメランも途中で寝てしまったので、魔法は途切れたはずだ。
にも関わらず、襲ってこなかった。
城の周囲を固めるのに必死で、攻撃に手が回らないのか、それとも、この騎士団を全く恐れていないのか。
敵がどうあろうと、エメフィー達は前に進むしかない。
「エメさま~疲れました~」
「え!? もう?」
しばらく移動した後、隣にいるアメランがぐったりと馬の上でうなだれていた。
アメランに体力がないとしても、さすがに早すぎる時間だ。
昨日はこの程度の移動は問題なかったはずだ。
「夜に何かしたの?」
「ちょっと~。えへへ~」
アメランは笑うが、これから魔姫と戦いに行く事を考えると洒落にならない。
だが、全員死ぬかもしれないという、決死の前夜に何かする余裕があるというのもまた図太くてアメランらしい。
「注意してよ、アメランがいないと、今日はまともに戦えないんだからね?」
「は~い」
確実に肝に銘じていない返事を返したアメランにため息を吐きながら、休憩を考える。
魔姫城までは、もう少しと言ったところか。
さすがにまだ休憩は早いか、なとと思っていたとき。
「前方に敵襲あり! た、大群ですっ」
シェラの、悲鳴に近い声。
「これは……多いな……っ!」
さすがにエメフィーも絶句するような、夥しい数の獣人。
丁度丘の上にいる騎士団から、街道の下りの遥か向こう。
何十頭もの獣人が、こちらを待ち構えている。
まだ、かなり遠いのに、水をこぼしたように一体全て獣人で埋め尽くされている。
マッシャは獣人では最強と自慢していたし、それは本当なのだろう。
そのマッシャは、サイと互角に戦った。
彼女よりも弱いにしても、中には似たような強さの者もいるだろう。
あれだけの獣人を相手に、この騎士団が何とか出来るだろうか?
「アメラン、例の魔法は完成しましたか?」
後ろにいるマエラがアメランに尋ねる。
「完成しました~。昨日必死に頑張って作りました~」
恐怖で震える者もいる中で、アメランはいつも通りの口調だった。
「では使えますか?」
「もちろんです~」
「では使いなさい。成功したら、次の研究費は倍にしてあげます」
「分かりました! 魔法隊は、前へ! 魔法隊以外は後ろに下がってください!」
さっきまでののんびりした口調が、研究費の一言でいきなりきびきびした声に変わる。
動作も、いつも緩慢なそれが、槍剣隊の少女並みに素早い。
「左右に展開! 杖を掲げて呪文!」
アメランの号令に、魔法隊の少女たちが杖を掲げ、それぞれ呪文を唱え始める。
呪文と共に、それぞれの杖の先に火が灯り、それが徐々に大きくなっていく。
そして、それをアメランの炎が吸収して巨大な火の玉を作り上げる。




