第43話 魔姫の姿
「殿下、ご注意くださいませ! 殿下の口づけは女を魅了しますが、男性である殿下自身、魅了される対象でもあるのです」
「うん、それは、分かってるけど……」
さっきは確かにキスをしたはずだ。
だから、ハーピーは魅了されたはずなのではないか、と。
「キスをしたのに魅了されないから驚いているにゃー?」
「!」
聞き慣れない声。
その声は、進軍先から歩いてきた少女が発していた。
その少女は十四歳ほどの容姿で、真っ白の肌に漆黒の黒髪、大きな瞳は赤く、愉しそうな表情を浮かべる。
頭には猫のような耳があり、そして、黒を基調としたゴシックロリータミニのワンピースからは、細長い尻尾が覗く。
そして、彼女からは気配や存在感というものが全く感じられなかった。
今、目の前にいて、こっちに歩いて来ているが、いまだにそこにいる実感がない。
「……君は、誰だ?」
シェラが槍を構え、サイが弓を引く。
「あれー? 魔姫を探してるかにゃって思ってたけど違うのかにゃ?」
いくつもの武器を、次の一瞬にも撃たれる緊張状態なのだが、まるで散歩途中に知り合いに会ったかのような態度。
「言いなさい、あなたは誰ですか?」
「だからぁ、魔姫は魔姫だにゃ」
そう言った瞬間、サイの矢が放たれ、シェラの槍が少女を貫く。
「!?」
だが、確実に貫いた矢も槍も、彼女に一片の傷も与えることはできなかった。
シェラは更なる一撃を行うが、それも同様だ。
「これは、幻影……?」
その姿は、確実にそこにあるのだが、あらゆる武器はすり抜けてしまう。
まるで、幽霊のように。
「そうだにゃ。魔姫はここにはいないにゃ。実験が成功したから嬉しくて出てきたにゃ」
魔姫、この騎士団の設立目的が目の前にいる。
初めて見る魔姫は、百年以上も生きているとは思えないほど幼い容姿だった。
「それで、あなたは何が嬉しいのですか?」
皆が呆然とする中、マエラはより多くの情報を得ようと、聞いた。
「魔姫は、ジュエール王国の王子をいっぱい攫ったにゃ。ただ捨てるのももったいなかったから、研究してたにゃ」
研究とは、おそらく人体実験のことだろう。
その餌食になった、王族は、もちろんエメフィーの先祖や実の兄なのだろう。
「その結果分かったことがあるにゃ! 王子の血を混ぜて生成した魔物にはキスは通用しないにゃ!」
「……っ!」
目を見張るエメフィー。
「だから、魔姫は沢山の魔物を王子と交配させて、対ジュエール王国軍を作ったにゃ! お前らが来ても追い返されるだけにゃ!」
「…………!」
「お前で確認して、これがうまく行ったら、もうジュエール王国は滅ぼすにゃ! それからパパを殺した国を一つずつ滅ぼしていくにゃ!」
魔姫の計画。
おそらく魔王が倒された日からずっと、その日を待っていたのだろう。
だが、ふと、マエラだけが気づいてしまった。
「魔姫、あなたは前々からこのような計画を立てていたように言いますが、今日までエメフィー殿下の存在は知らなかったはず。だからこそ、王子を攫って王家の絶滅を待っていたはずですが」
そう、魔姫は最後の男性王族が滅びれば、ジュエール王国に攻めてくる計画を立てていたはずだ。
いないはずの王子のための対策を立てるとも思えない。
となれば、今日の今日に実験が成功したということになる。
いくら魔王の娘魔姫と言えど、それは無理だろう。
つまり、今言っていることは嘘ではないか? と言いたいのだ。




