第39話 参謀の手のひらに踊る
「殿下、これは提案なのですが」
「ど、どうしたの、急に大きな声で?」
声のトーンを上げたマエラに驚くエメフィー。
「あのエルフにその能力を行使してはいかがでしょうか?」
「え?」
あのエルフ、という言葉に相当する者は、少なくともマエラとエメフィーの間には一人しかいない。
「あのエルフを従順にさせ、また、エルフの秘密を聞くために、あのエルフを殿下の能力を行使することをお勧めいたします」
「ちょっと待ってよ! サイは誰よりも従順で忠誠を誓ってる子だよ? あの子が裏切るなんて考えられないよ」
マエラの提案は、エメフィーにとっては絶対に無理なものだった。
サイに自分の能力を行使する。
それは、先ほど命を賭けて戦っていたサイの忠誠をを裏切ることになる。
「マエラが僕のことを考えてくれて、騎士団のことを考えてくれて、とても助かっているけど、サイの事だけは僕に任せてよ。絶対に問題なんか起こさないからさ」
「……分かりました。ですが、今日ご覧になった通り、エルフは人を超越した能力を持つ種族です。ですから、人に無条件で従っている現状こそが異常であるとだけ、心に置いてください」
そう言い残すと、マエラはテントを去った。
「はあ……マエラもサイも本当にいい子なんだけとなあ……」
配下の二人の確執にため息の漏れるエメフィー。
エメフィー女騎士団の大半の団員は、マエラに相談したり、マエラが選んだ者を無条件で引き入れているが、サイとアメランに関しては、エメフィーが独断で誘って、マエラには事後承諾なのだ。
アメランに関しては、誘ったことより、赤の魔女のところへ一人で行ったことを叱られたが、サイに関しては最初から反対だった。
そこでエメフィーが「将来絶対に役に立つから、僕が全責任を負うから!」と、説得して渋々認めさせた経緯もある。
だから、エメフィーはサイを気にかけているし、また、信頼もしている。
今日の活躍も、自分が女だと思っていた時なら、抱きしめて称えたと思う。
あれだけ活躍しても、マエラは「エルフだから当然」「だからこそエルフは信用できない」なのだ。
こうなるともうどうしようもない。
エメフィーは心からマエラを信頼しているが、サイだけはマエラから守ってやるしかないのだ。
「……失礼いたします。エメフィー殿下、おられますか?」
「サイ!? あ、うん、いいよ、入ってきて?」
マエラが出て行って、まだそこまで時間は経っていない。
今の遠慮がちな話し方は、声をかけるのを躊躇っていたと考えられる。
「失礼します、お休みのところ大変申し訳ありません、弓隊の被害の報告をいたします」
「あ、うん。聞くよ……それより、さっきの話聞いてた?」
「……はい、申し訳ないとは思いましたが、外に待機しておりましたため、聞いてしまいました」
サイが居心地悪そうに足踏みをする。
「それで、弓隊の被害ですが、負傷者なし、心的影響ですが、私と──殿下?」
気がつくと、エメフィーはサイの肩に片手を乗せ、もう一方で頭を撫でていた。
男であるため自制しているが、本当なら抱きしめているところだ。
「僕は、君を信頼しているから。君が裏切っても、僕はそれを信じないから!」
「殿下……殿下が望むなら、私は能力を使われても構いません。ただ、私は何一つ、変わりません。私は殿下が望むならどんなことでも話しますし、エルフ族を裏切ることも出来ます」
「そんなことさせるわけないだろっ!」
エメフィーは堪えきれず、サイを抱きしめた。
「殿……下」
「たとえ君が僕を裏切って、僕を殺そうとしても、僕は君に能力を使わない……! 殺されるその瞬間まで、君を信じ続ける!」
強く抱きしめるエメフィー。
サイの身体はとても小さく、先ほどまであの戦闘を繰り広げていたとは思えないほど、柔らかかかった。
力を入れてしまうと、このまま潰れてしまうのではないかとすら思える。
「……身に余る光栄です。私のような……者に……」
途切れがちのサイの声。
本気で感激して、感極まっているのだろう。
それはエメフィーにも分かる。
だから、それに応えようと、その頭を撫でてやった。
サイは、嬉しそうに笑った。
「ま、こんなところでしょうか……」
その様子を外から見ていたマエラがその場を離れる。
「殿下も、うまくやってくれましたね。あれは、天性のものでしょう」
行軍のため、長い髪を束ねているマエラは、団員の方へと戻る。
エメフィーもサイもマエラの掌の上にいた。
彼女は、サイが聞いていることを理解した上で、先ほどの提案をしたのだ。
まずそのように提案することで、エメフィーには軽々しく仲間に使用することの重大さを理解させる。
そして、それをサイに聞かせ、聞いていたことをエメフィーに気付かせた。
エメフィーなら絶対に使わないと誓い、サイから更なる忠誠を誓わせることになるだろう、とまで踏んでいた。
これで今後、エルフがジュエール王国を裏切ることはあっても、少なくともサイはエメフィーを裏切ることはないだろう。
もちろん、それがエルフに通用するのかどうかは分からない。
マエラのこの策略を浅知恵と見抜いた上で演技をしているだけなのかもしれない。
だから、安心は出来ない。
「それにしても──」
マエラの憂い顔。
「殿下とは一生キスも出来ないのですね……」
エメフィーの第一王妃の予定であるマエラは、当然今後勇ましく成長していくであろうエメフィーと愛し合って行くのだろう。
だが、それを確かめる最も簡単な手段であるキスが出来ない、というのは寂しいことだ。
「せめて、一六歳になる前にしておけば……いえそれでは女同士のキス、と殿下は思われるのでしょうね……はあ……いっそ、能力を使われても、構いませんけどね」
マエラのため息は、騎士たちの喧騒の中に消えていった。




