第38話 キスの力
「大体の位置は分かったね。ありがとう、マッシャ」
「ヴァフ!」
アメランが、槍剣隊を相手に賞賛を浴びていた頃。
エメフィーは座るその膝に擦りついてくる獣、名前はマッシャというらしいが、彼女から魔姫に関する情報を引き出せるだけ引き出していた。
これは前の座るマエラの提案で、急遽張ったテントの中で行われた。
「じゃ、今日はもういいや。ばいばい」
「……くぅん……かなしい」
寂しそうな表情でエメフィーを見上げるマッシャ。
その切なげな表情に、自分で飼いたくもなってくる。
何しろ上半身は少女のもので、それなりに可愛いのだ。
マエラが見ていなければその胸を撫でていたかも知れない。
「また呼ぶよ、マッシャ。君の飼い主は僕なんだから」
「ヴォン!」
「じゃ、またね?」
「ヴォン、ばいばい!」
マッシャはにっこり笑うとテントを出て行った。
「ふう……やっぱり魔姫にはばれちゃったね。ま、それは、いつか分かることだし、いいんだけど、これから攻撃も厳しくなるだろうね、マッシャが僕たちの実力を知るために寄越したとなれば、それを倒しちゃったからね」
「はい、ですが問題ありません。あの子は特殊ですが、大半の魔姫の魔物は攻撃より魅了が中心だと聞いております。それならば、我が騎士団の敵ではありません」
魔姫の存在を知ってから、王国は魔姫を念入りに調査している。
更にモルディーン家では独自の調査も行っている。
その結果、魔姫は独自で軍隊を持たず、いくらでも敵を寝返らせられるので、最小限の警備部隊のみしか存在しない。
それは先ほどのマッシャの話で確実なものとなった。
マッシャはその主力だったらしい。
ならばもう恐れることはない。
「これで、魔姫の城の位置は分かったね? 内部まではあまり詳しくなかったみたいだけど」
「それは心配に及びません。私にもその記憶が多少はありますから」
「え? 何のこと?」
魔姫城までの道のりが分かったが、マッシャは内部まではほとんど知らなかったので、今度は幹部の魔物を捕まえて聞き出そうか、などとエメフィーが考えていたところ、マエラは自分が知っている、と言い出したのだ。
エメフィーが驚かないわけもない。
「幼いころの記憶なので、狂いもありますし、変化している可能性もありますが」
「あの、魔姫城の内部の事だよね? どうしてマエラが知ってるの?」
エメフィーが聞くと、マエラが呆れたように口を開く。
「……子供の頃から何度も言っているではないですか。幼少の頃、一度魔姫に攫われていると」
「え!? あ、ああ、そうだったね……?」
「殿下、覚えていらっしゃらないならそうおっしゃってください」
「うん……覚えてないよ。なんか、そう言えばそんなこと言ってたかなーって記憶の片隅にはあるけど」
エメフィーは少し恥ずかしそうに答える。
「構いませんよ。殿下にはあまり他言しないようお願いしておりましたから。忘れていただいた方がよかったかもしれません」
マエラは優しげに微笑む。
「私は幼少の頃、魔姫に一度攫われました。その後すぐに戻されましたから、何が理由だったのか分かりませんが、おそらく何かを間違えて攫ったのでしょう。そして間違いに気づき戻したのではないかと思います」
「そっか、魔姫も間違えるとかあるんだね」
エメフィーが笑うので、マエラも笑う。
だが、マエラはこのことだけはずっと疑問に残っている。
間違えて攫われたのが事実なら、魔王の娘の魔姫が戻すだろうか?
その時点で殺害するか、もしくは魔族として育てていることだろう。
あえて戻した、ということは何か理由があるのか、それとも魔姫は思われているような悪の化身ではないのか。
「それよりも殿下。その能力はとても強い力のようですね?」
「ん? ああ、キス? そうだね、僕も驚いたよ。サイと互角に戦ったマッシャをあれだけで従順にさせるんだから」
「はい、おそらく絶対的秘密である魔姫の事まで話しました。殿下のためなら裏切りも自爆も辞さないことでしょう」
「そうだね、まあ、魔族とはいえ生きた女の子相手にそんなことはさせたくないけどね」
エメフィーは大戦時の王族たちとは異なる。
姫として育てられた──姫としてはお転婆だが──優しい心の持ち主だ。
女の子を自分の意のままに操り、自らも破滅させる、などということは、出来ればさせたくないのだろう。




