第37話 アメランの秘密は誰にも言えない
赤の魔女はジュエール王国の王城周辺の者たちは誰もが知っていた。
天才魔法使いが人嫌いになって盆地で一人孤独に研究に没頭した、というのが大抵の人が知っている説だ。
だが、誰もその姿を見たことはない。
人嫌いで人を遠ざけて過ごしているからだ。
だから、娘のアメランの存在は誰もが想像すらしてはいなかった。
それは、民草や王侯貴族はもとより、魔法協会ですらも。
その存在を確認されている今ですら、魔法協会は精巧な人造人間ではないかと疑っているようだ。
何故そこまでアメランの存在は疑われるのか?
それは、赤の魔女の人嫌いが徹底していたことにある。
何しろ居住地が、切り立った崖に囲まれた深い盆地状の底なのだ。
更に魔法の結界があり、迷って入り込むことはありえない。
何度も帰れ帰れと脅されて、それにも屈しない者だけが屋敷の前までたどり着ける。
屋敷の前までたどり着いても、魔女が入れてくれなければ、当然中には入れない。
さすがにエメフィーが自ら赴いた際は、王女ということで一応入れてはくれたが、最初はアメランが相手をして、顔も見せてくれなかったくらいだ。
そこまで人嫌いな魔女だが、娘がいる以上、そこには父の存在が不可欠なはずだ。
だが、赤の魔女にそんな話は聞いたこともないし、そもそも、行くのも大変な場所に偶然辿り着ける者はいないだろう。
目的を持って魔女に会いに行き、彼女が会って、最終的に彼女が身体を許すまでの仲になって身籠った子を産むに至るまでに愛した男性の存在を誰もが想像することが出来なかった。
誰もがそう思っていたし、今でもそう思われている。
だから、謎のままなのだ。
アメランがエメフィー女騎士団に入り、その存在が明らかになってすら、父親だけは謎なのだ。
アメランは母と違い明るいし、社交的とは言い難いが、仲のいい友達も多い。
だが、そんな彼女ですら、父の話になると「秘密です」しか言わない。
だから、彼女の元に通った男性が誰のかは、アメランとアメランの母の赤の魔女しか知らない。
推測しようにも、魔女の周囲に男性の存在などありえなかった。
ただ、彼女の元を定期的に訪ねていた男性の存在が、全く確認されていないわけでもない。
だが、彼との子である可能性は最初から否定されていた。
彼の名はザーツラヴ。
現在では本山にて枢機卿という、教会でも数名しかいない高位神官を勤めている。
彼は二十年ほど前、大司教としてジュエール王国に赴任してきた。
大戦が終わり、まだ国内が落ち着いていない状況にもかかわらず、魔姫が現れ人々が怯える、そんな時代だった。
彼は非常にのんびりしているように思われる。
だがそれは、元来穏やかで、更に人に言葉を伝える者として、あえてゆっくりとした口調で話すからそう思われただけだ。
そのゆっくりとした言葉はしかし、人の心を大きく動かした。
彼は明るく、人を幸せにさせることが好きだった。
とても聡明で、いつも周囲を見ていて、困った表情をしている人がいたら話しかけ、問題の解決になるような事を親身になって答え、相手が笑顔になれば笑う。
大司教という、一国の国王ですら跪く高僧が、たった一人の庶民のために奔走する、そんな気さくな人物だった。
そんな彼が何故、赤の魔女の元を訪ねたのかと言えば、本山の指令だった。
「その国の領域に『赤の魔女』という名前の魔女がいるという話を聞いた。調査し、退治せよ」とのことだが、この国の者なら誰もが赤の魔女がそう呼ばれていて、魔法協会に参加していないだけで魔女ではないと知っていた。
彼もその一人だったが、本山からの指令を無視するわけにも行かず、自ら彼女を訪問した。
帰ってきた際、「人見知りだが、優しい女性だった」と赤の魔女について語ったという。
その後、何度も訪問し、最初の訪問から五年もした頃、「彼女はただの魔法使いである」との結論を本山に返したという。
それから数年後、彼は十数年滞在したジュエール王国を後にし、枢機卿に昇格した。
枢機卿は教皇の次の地位で、次期教皇候補でもある。
最高幹部であり、地域によっては神に等しいと崇められる程の者だ。
枢機卿に任命されるには数多くの厳しい条件がある。
その一つに「過去に性行為の経験のない者」というものがある。
この性行為は、異性との性交渉のみでなく、自慰すら含まれる非常に厳しい条件だ。
これをこれまでの人生で行っていない、と神の前で宣言出来る者のみが、枢機卿になりえる。
だからこそ、ありえないことなのだ。
ザーツラブ枢機卿が、アメランの父親であることなど。




