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第36話 陽気で暢気で偉大な少女

 獣の攻撃が終わり、エメフィー女騎士団はその場で、一旦休憩となった。


 マエラとエメフィーが虜にした獣から情報を引き出すための時間ではあるが、同時に今すぐに進軍出来ない状況であるため、とも言える


 特に主力部隊である槍剣隊の被害は大きかった。

 もちろん大けがを負った者もいて、彼女たちの治療も必要だ。


 だが、それ以上に彼女たちの精神的に負った傷の方が大きかった。

 そんな中、特に精神的な影響もないアメランは、数人の魔法隊の少女と共に槍剣隊の方に歩いてきた。


「シェラさーん」

「あれ、アメちんどうしましたです?」


 大きな傷を負ったヤーヌの治療を見守っていたシェラが立ち上がる。


「お助けに~、来ちゃいました~」


 槍剣隊の集団は、まるで敗走した軍のような状態で、とても勝利した軍の先鋒部隊とは思えない様相だった。


 衛生的だとは言えない場所での怪我の治療。

 震えてうつむいて泣いている、先程恐慌状態に陥った少女たちを抱きしめて「大丈夫。大丈夫だから」と言って回っている副隊長。


 そんな中、あまりにも緊張感のない、アメランの声と言葉。


「アメちん賢いから、何か出来るのです?」

「ふふふ~、頑張っちゃいます~」


 周囲との空気差など全く気にもしないアメランの微笑み。

 この沈んだ空気にその暢気な声は、とても違和感があり、不快に思う者も多かった。

 副隊長などは、空気を読んで早く去って欲しい、という表情をしている。


「何か~、長い鉄の棒ありませんか~?」

「長い鉄の棒、あ、あたしの槍が長いですぅ!」



 シェラがててて、と自分の馬に走り、槍を取ってくる。


「これで何かするですか?」

「はい~、じゃお願いできますか~?」

「はい」



 アメランの後ろにいた、彼女より背の高い少女がその槍を上に掲げる。


「じゃ、行きますよ~。全てを統べる全知全能の神よ~」


 呪文、というにはあまりにものんびりした口調の呪文が、アメランの口から流れる。


 何をするのだろう、とシェラは不思議そうにそれを眺める。

 他の者は、彼女たちをもう無視している。

 その呪文はしばらく続く。


 詠唱というのは遅く、歌というには音程が外れている。

 しかも後半は疲れが来たのか、息も荒くなっている。


「それ~全体治癒(ヒールレイン)~」


 アメランののんびりとした言葉と共に、掲げられた槍の先から、蒼い光が弾けるように周囲に広がる。


「あ……」


 すると、目の前のヤーヌの怪我も、徐々に塞がっていく。


「す……凄い、ですぅ」


 シェラは呆然としたまま、その光景を眺めていた。

 ヤーヌだけじゃない、怪我をした全ての少女の傷が塞がっていくのだ。


「凄いですぅ、アメちん凄いですぅ!」

「ほふぅ」



 詠唱で疲れたアメランは、小さなシェラに抱きしめられて、そのままその胸に埋まる。


 身長も年齢もアメランの方が上なのだが、胸の大きさだけは逆転してしまう。

 アメランも別に小さいわけではないのだが、シェラは胸に関してだけは大きく育ちすぎているのだ。


 同じ隊長の中で、シェラとアメランは仲がいい。

 何かと波長が合うのだ。


 隊長、とは言いながらあまり責任感のない同士だから、というのもあるが、マエラやサイのような、いつも真剣に考えている者についていけない同士、というのもある。


 部下にも可愛がられているシェラや、部下を同志にに染めているアメランは、根本的な考え方が彼女たちとは違うのだ。


「シェラさんのお胸は柔らかくて気持ちいいですねえ~」


 年下の女の子の胸の中で幸せそうに微笑むアメラン。


「ですぅ、エメさまにいつも揉んでもらっているですぅ!」


 誇らしげにその胸を自慢するシェラ。

 それは彼女にとって自分の身体自慢ではなく、エメフィーに愛されている自慢なのだ。


「いいですね~。私も触ってもらってますけど、お尻ばっかりで~。あ、それはともかく~」


 十分堪能したのか、やるべきことを思い出したのか、アメランは身を起こす。


「みなさ~ん、お怪我は治りましたか~?」


 隊長同士のやり取りを半ば呆れた様子で見ていた周囲の槍剣隊の少女たちは、その一言で、自分たちの身体が、小さな怪我も含めて完治していることに気づく。


「今回は早かったので準備が遅れましたが~、私たちはいつでもこの魔法を使えます~。ですから皆さんは~、安心してお怪我をしてください~」


 にこにこと、のんびりとした口調で、アメランは槍剣隊の前でそう言った。


 安心して怪我をしろ、とは随分な言い分だ。

 しかも自分が戦いの先頭にいるわけでもない、後方の魔法隊の隊長がだ。


 だが、そののんびりとした一言は、槍剣隊の彼女たちの心を溶かした。

 怪我をしても自分たちは治せる、だから怪我くらい怖がるな、という言葉は、仲間の怪我に怯えていた少女たちを確実に元気づけた。


 実際に放置しておけば死に至ったかも知れないヤーヌはもう、立ち上がって元気に喜んでいる。


 事実が、目の前にある。


 だから、槍剣隊の少女たちの壊れかけた精神は戻りつつあった。


 自分たちは大丈夫だ、治してくれる人がいる。

 だから、訓練の時のように頑張って戦おう。


「ですぅ!」


 槍を返して貰ったシェラがかけ声とともに槍を掲げる。

 それによって、彼女たちは元気を取り戻した。


 先ほど副隊長に元気づけられていた少女達も、立ち上がって槍や剣を掲げた。


 アメランのたった一言で、隊全体が活気付く。

 普段のんきな様子で、この時も変わらずのんきな様子だったが、それでもこの少女は人を動かす力を秘めていた。


 隊長会議の時には同じように見えるのに、いざと言う時はちゃんと仲間を助けられるのだ。


「アメちんは凄いですねぇ」


 つぶやくシェラ。


 だが、ふと、四大元素の精霊を駆使する魔法に、人の身体を治癒する魔法があったのかな?

 精霊じゃなく神に呼びかけていたけど、それは教会の魔法じゃないかな?

 

 などと思ったが、知識のない自分よりも目の前の現実を優先し、口にすることはなかった。


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