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第35話 弓エルフ対人獣

 人の盾を諦めた獣は、生い茂った木々の合間を抜ける。


 だが、それこそ森の妖精エルフの、最も得意とするフィールドだ。


 高速で草を分ける音が辺りに響く。

 それは強風のように森を駆け抜けていく。

 混じる音は獣の咆哮と矢を放つ音。


 明らかに人の速度を超えた攻防。

 時々現れる獣の背中には二本、三本と矢が突き刺さる。


 獣は攻撃しようにも、手の届く範囲に入ることは出来ない。


 捨て身の攻撃をしようにも、直前で心臓を撃ち抜かれることだろう。


「ヴァヴァヴァヴァヴァァァッ!」


 獣は逃げ回りながら、だが、去ろうとはしなかった。

 まだ自分は負けてはいない。


 確実にサイを殺せる勝機(チャンス)を窺っているようにも思える。

 たとえ、矢を多少受けても、このエルフさえ殺せば、後は簡単だ、と思っているのだろう。


 そして、獣は名案を思いついた。

 森を高速で移動した獣は、魔法隊の中に混じる。


「くっ!」


 ここが一番人の動きが遅く、また、人が固まっていたのだ。


 魔法隊は、自分たちの攻撃は時間がかかるため、防御する者、攻撃呪文を唱える者に分かれ全員が固まって、敵襲に備えるフォーメーションをマエラから与えられ、その通りに実行していたのだ。

 そして、防御しているから、槍剣隊のように動かない。


 獣は飛びかかろうとして見えない壁に阻まれる。


「ヴァァッ」


 一瞬の判断で、魔法隊を諦め、離れる獣。

 すかさずサイの十連射。


「しま……っ!」


 高速近接弓戦において、連射の最後の一本はとても重要だ。

 それまでの矢で、相手の動きを限定し、必ず時間のかかる避け方が必要となる場所に撃たなければならない。


 次の矢を矢筒から取り出す時間を稼ぐためだ。

 だが、その最後の一本、撃とうとしたその後ろには、魔法隊の少女がいた。


 そこに魔法防御があるから、矢が流れても問題ない、と判断するまでの一矢分の時間、遅れてしまった。


 慌てて矢筒に手を伸ばす。

 サイが矢筒から矢を取り出すまでにかかる時間は、人間の瞬きと同じ程度だ。


 だが、それは獣とサイの間には大きな隙となる。

 その隙を、獣が見逃すわけがない。


「ヴァァァッ!」

「っ!」



 眼前に迫る獣。


 接射でも弓を引いて撃つ時間はもうない。


 後ろに転がっても、視界かなくなるから、次の手はない。


 横に避けるのは、この獣の速度では不可能だ。


 終わった。

 サイは死を覚悟した。


 だが、死ぬなら絶対にこいつを殺して──。



「どいて!」

「わっ!?」



 物凄い力で上から頭を押される。


「ヴァングッ……」


 押された何かと獣がぶつかる音がする。

 サイはとっさに横に転がり、獣に弓を構え直す。


「……なっ!?」


 思わず絶句する。


 さっきまでサイがいた頭上では、ついさっきまで彼女と命を懸けて戦っていた獣と、彼女の敬愛する王子が、口と口をくっつけてキスをしていた。


 それは、ほんの数秒だっただろう。

 だが、さっきまで高速戦闘で頭の回転も高速にしていたサイからは、非常に長い時間に思えた。


「クゥン……だいすき」


 やがて、獣は目を(とろ)けさせ、エメフィーにすり寄った。


 サイと命を賭けて戦っていた獣が、今は恋する少女の表情で、エメフィーに甘えている。

 数秒の出来事に、身体中の力が抜けそうになる。


「サイ、ありがとう」


 エメフィーは獣を撫でてあげながら、サイを振り返る。


「やっぱり君を誘ってよかった。君は僕の、最高の盾だよ」


 エメフィーの微笑み。


 エルフは野望を持たない。

 サイは希望を持たない。


 唯一持っていたとするなら、エメフィーに褒められ、盾として信頼される事であった。


「光栄に、存じます」


 だから、あまりの歓喜に涙を流したい程、嬉しかったサイは、それをぐっと我慢して、やはり片膝をつけて頭を下げた。


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