第34話 初めての戦闘、初めての恐慌
行軍の先頭は、たった一匹の人獣に恐慌状態となっていた。
その獣にいち早くその殺気に気づいたシェラは、馬の側に付けてある槍を取り──。
ガシィッ
その攻撃を受け止める。
広い旧街道の脇から出て来たのは、高速の獣。
あまりの速さに、エメフィーとの対戦を毎日のようにしていなければ、一撃でやられていただろう。
その刃のような爪を、槍で受け止める。
「グルルルルルル……」
その獣は、目が少しつり上がってはいるが、幼い少女のような表情をしていた。
いや、顔だけではない、上半身は手の爪以外、こちら側にいるような少女の、裸のそれだった。
だが、下半身は、獣の、いや、獣としては若干大きめの脚に、褐色の体毛が付いていた。
その体躯は、シェラよりは大柄で、だが、少女としては一般的な大きさだろうか。
赤い目は、自分の攻撃を受け止めたシェラを睨んでいる。
一瞬圧倒されかけたシェラも、それを押し返した。
「ヴァァァァァァッ!」
一旦離れたため、シェラは次の攻撃に備えたが、獣は次にシェラの思ってもいなかった行動に出た。
「きゃぁっ!」
その高速の足で、シェラから離れ、二列後ろの槍剣隊の少女の一人に、その爪を立てたのだ。
少女は騎乗から落ちる。
幸い胸当てのおかげで、致命傷ではないが、肩から血を流してうずくまった。
「グルルヴァァァァッ!」
「やぁぁぁっ!」
それに隊全員が唖然とする中、更に後ろの少女に噛み付いた。
その少女は叫びを上げると、騎乗から崩れ、地面に叩きつけられたが、それでも獣は離れない。
「ヤーヌ! どいて!」
「ヴァッ!」
駆け付けたシェラが槍を突き立てることで、やっと離れた。
「痛い! 痛いよぉぉぉぉぉっ! アァァァァァッ!」
ヤーヌ、と呼ばれた噛まれた少女は、首筋を押さえてのたうち回っている。
最近どんどん強くなってきた少女で、槍剣隊でも五番目くらいの強さの少女だ。
その少女が、一瞬のうちに致命傷とも言える傷を負ってしまった。
それは、屈強なつもりでいたが、実戦経験のまるでない槍剣隊の少女達には衝撃だった。
「て、敵襲! 前方から人獣一頭!」
逃げ惑う少女達の中、戦意をまだ残しているシェラを含めた数名が獣に相対する。
だが、意地の悪いこの獣は、彼女たちの攻撃を避け、逃げ惑う少女たちの方へと攻める。
「ど、どいて! どいてってば!」
この獣は、彼女たちを盾として使ってるのだ。
狂ったような声を上げて逃げ惑う少女達。
それを追いかける獣。
恐慌状態の少女たちに攻撃を邪魔される主力部隊。
槍剣隊は混乱の極致に陥っていた。
「シェラーマナ殿、伏せて!」
背後からの声。
シェラは何も考えず伏せる。
その頭上を、矢が飛び越えて行く。
「ヴァッ!」
矢は、正確に獣を狙ったが、直前で避けられ、地面に突き刺さる。
シェラが振り返ると、そこには飛んでいたのかと思う程の高さの跳躍から降りて行く、サイの姿があった。
サイは既に騎乗の人ではない。
直線的な馬の走りは、サイの戦闘にとっては邪魔でしかない。
サイはシェラたちの馬を潜り抜けると、一気に獣たちの前に姿を現す。
「ヴァァァァァァァァァッ!」
獣はシェラの時と同じように、少女たちの間に入っていくが、サイの目には、少女たちの変則的な動きは、止まって見える。
その間を潜り抜け、獣に追いつき、弓を構える。
バシュッ! ババババシュッ! ババババババシュッ!
近接弓。
ロングボウを背に背負ったまま、彼女が持っているのは、ショートボウ。
遙か遠くを射抜けるロングボウ程の距離や威力はないが、近距離なら極めて正確に、そして、速く発射が可能だ。
サイならば、矢筒から一気に十本の矢を抜き、十連射する事も可能だ。
近接からの飛道具十連射。
そして、獣並の移動速度。
ババババババシュッ!
「ヴァァァァァッ!」
それは確実に獣を追い詰めて行った。




