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第32話 不幸なエルフと王女の邂逅

 だが、そんな彼女を不憫に思う者もいた。


 エメフィー殿下付きメイド筆頭のベテランメイド。

 彼女は、サイラーネが王宮に来たその日、メイド見習いのパートナーとして一日だけ一緒に仕事をした者だ。


 彼女はエメフィーが生まれた時にちょうど正式メイドになったため。先輩たちとそのままエメフィー付きとなった。


 今では、筆頭になり、女王の信頼も厚く、エメフィーの性別を知る数少ない一人となっていた。


 彼女は同じ時に入って来たサイラーネを、ずっと尊敬していて、今でも自分たちの世話をしてくれていることを知っている。


 だから、何とか今の状況を助けたいと思い、他に誰もいない隙を見て、メイド見習いに凄いエルフがいる、ということをエメフィーに話した。

 マエラや、彼女の息のかかったメイドがいない、ほんの一瞬の隙をついたのだ。


 エメフィーは性格上そうなると居ても立ってもいられなくなり、すぐにそのエルフ、つまりサイラーネのところに向かった。


「ねえ、君がエルフの子?」


 夜勤メイドの部屋を掃除していたサイラーネに親しげに話しかけるエメフィー。


「はい、私がエルフ族代表でご奉仕させていただいているサイラーネ・カッシーダと申します」


 誰かは分らないが、幼い好奇の瞳と高級な衣服からどこかの姫君であると判断したサイラーネは、膝をついて答える。


「うわー、この耳本物?」

「は、はい、本物でございます……」



 遠慮なく耳に触ってくるエメフィーに、こそばゆいが拒否は出来ないサイラーネは我慢しつつそう答える。


「ねえサイラー……サイラ、さっきちょっと仕事見てたけど、君、物凄く速いよね?」

「恐縮です」


「君のその速さとか器用さってさ、戦いに活かせないかな?」

「はい?」

「僕さ、今騎士団を立ち上げようとしてるんだ、女の子だけの。それに君も参加してほしいなって思ってさ」



 騎士団に参加してほしい。

 それは、二十年以上メイド見習いをしてきたサイラーネにとってみれば、救いに近い言葉だった。


 だが、二十年という長い期間、ずっと働いてきた彼女は、その感覚すら麻痺していた。


「で、ですけど、私にはメイドの方々の部屋を掃除するという役目がありますし……」


 だから、あろうことか、最初、その誘いを断ってしまった。


「メイドの部屋の掃除は君でなくても出来るよ。僕は、君にしか出来ないことを、君にして欲しいんだ」


 だが、エメフィーはメイド見習いという、自分から見れば遥かに格下の者の無礼を怒るような人物ではなかった。


「ですが……」

「メイド長には僕から説明するよ。仕事も調整出来るようにするからさ」

「…………」



 サイラーネは膝をついて黙り込んだ。

 この二十年の間、こんなに物を考えたのは初めてだ。


「頼むよ、僕には君が必要なんだ」


 この二十年、自分がどんな境遇にあったか。


 幼いこの姫君は、そこから自分を、自分の運命を変えてくれようとしている。

 このまま死ぬまでずっと掃除をし続けるか、彼女の騎士団に入って命を懸けて戦うか。


 騎士となると、当然戦うことになり、もちろん死ぬこともある。

 だが、その死は目の前のこの姫君の盾になるという栄誉ある死。

 自分を拾い上げてくれた彼女のためになら盾にもなれる。



「分かりました、喜んでお受けいたします」


 サイラーネは、そう決心した。


「ありがとう、サイラ! ……えーっと、サイラって言うと、マエラやシェラと名前がかぶって分かりにくいな。じゃ、もっと短くして、サイ! 君のことはサイって呼ぼう! よろしく、サイ!」

「よろしくお願いいたします……」


 サイ、と名付けられたサイラーネは、まだ身分も分からない姫君に自分の命を懸けることにした。


「僕はエメフィー。この国の第一王女だよ」

「!?」


 その後、エメフィーはメイド長に話をつけて、サイを譲り受けた。


 メイド長は便利妖精がいなくなることを渋ったものの、第一王女たっての願いを聞き入れてくれた。

 それは、たった一晩の事だった。


 マエラが帰ってから、夜が明けるまでの間に、サイはエメフィー女騎士団に入団することになっていた。


 サイは、エルフの特性と、長年のメイド見習いとしての労働で鍛えられた素早さと動体視力、そして器用さはエルフをしても卓越した能力があり、その能力で弓を持たせると、すぐに誰よりもうまくなったため、エメフィーお気に入りの一人として弓隊長を任されるまでになった。


 サイにとってエメフィーは恩人であり、いつも気にかけてくれるため、心から感謝している。


 年端も行かない頃から、情操の育成もされない環境で働かされていたことから、多少感情に疎いところがあるが、それでもエメフィー王女の御巫山戯(おふざけ)によって感情も徐々に育ちつつあった。


 エメフィー王女は、育ての恩人でもある。



 たとえ王女でなく王子であったとしても何も変わらない。

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