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第31話 族長の娘

第二章から戦闘があり、多少残酷なシーンが含まれますが、回復魔法があるため、数話以内に心身とも健全に回復します。

敵が死ぬことはありますが、主要キャラは死にません。

敵キャラでもヒロインは死にません。

 サイラーネ・カッシーダは、その日まで二十年以上、全く休みなしに、寝ることもなしに働いていた。



 エルフ族族長の娘として生を受けた彼女は、生まれてまだ二十年も経たないうちに、ジュエール王国の王宮へ働きに出ることになった。


 長寿のエルフからすれば、この前生まれたばかりの子供に過ぎない年齢だ。


 ジュエール王国の配下になったエルフ族が王への忠誠を誓うため、奉仕せよ、とのことだ。

 それがエルフ族に反乱を起こさせないための人質であることは、誰もが理解していた。



 彼女は最初、二十人のメイド見習いの中に組み込まれた。

 メイド見習い、とは言ってもメイドを補助する者ではなく、メイドたちのためのメイドのことだ。


 つまり、王宮に住み込んで働くメイド達の部屋の掃除や洗濯、消耗品の補充やベッドメイクなどを行う者だ。


 もちろん、そこでいい働きをしてメイドたちに認められれば、メイドに昇格する者も多い。

 だからこそ、メイド見習い、という名前が付いているが、全員が全員、メイドを一生の職として志すために見習いになっているわけではない。


 結婚するまでの腰かけ、結婚相手を見つけるために王宮の一角で働きたい、という者も一定数存在する。


 メイドの数は、増減はあるものの、王宮全体で百名は軽く超える。

 しかも朝から晩まで誰かが控えていなければならないため、部屋の掃除も彼女たちの勤務時間に合わせて行わなければならない。



 サイラーネは最初、他の見習いらに混じって二人組で仕事を行った。


 だが、初めてにもかかわらずその速度があまりにも早いので、与えられた作業、他の見習いたちが二人で一日かけて行う作業を昼を待たずして終えてしまった。


 パートナーの報告によりそれを知った見習いのまとめ役は、彼女を誰かと組ませても、もう一人がついて行けずに足手まといになるだろうと考えた。


 だから、彼女は次の日から一人になり、更に作業を増やしてみた。


 それでもサイラーネは作業を早くこなして、徐々に仕事を増やしていった。


 一年後、彼女は百数十名のメイドたち全員の身の回りの掃除洗濯その他を、全て一人でこなすようになり、メイド見習いという職は廃止された。


 部屋は消耗品の補充から、メモを置いておけば、その指示通りのことまで全てやってのけた。

 もちろん、それは普通に考えて、人間には不可能な作業量だ。


 彼女の仕事の速度は人を遥かに上回り、エルフという敏捷性抜群の種族の特性を最大限に活かした。

 更に器用で、細かいところまで目が届く彼女の仕事は完璧で、メイド達の部屋は、彼女たちの主人の部屋よりもいつも綺麗で整っていた。


 だが、たとえエルフが素早くて器用で視界が良かったとしても、百名を超えるメイド全員の世話をこなすことは尋常ではない。


 彼女はその仕事に丸一日かかっていた。

 丸一日、とは、言葉の通り、本当に、丸一日だ。


 彼女は朝食を、人があくびをする間に済ませてしまう。


 メイドが出勤するまでの間は廊下などを掃除し、出勤したら夜勤や休日のメイド以外の全部屋のシーツや着衣後の衣服を回収し、洗濯。

 そして、一人目の部屋の掃除をし、消耗品の補充や破損した備品があれば補修する。


 それを、行って、終わるころに洗濯ものを回収し、ほつれがあれば補修して、各部屋に衣服を戻し、ベッドメイクをする。


 合間に、今日休みのメイドが外出するか確認してその隙に掃除。


 終わるころに次は夜勤のものが出勤するから、今度はそちらの部屋を同様にする。


 それが終わると、もう朝なので、また食事をして、掃除を始める。



 睡眠の必要のないエルフ族のサイラーネは、眠ることなく、休みの日などなく、毎日毎日そんな作業を二十年以上続けてきた。


 人間なら、三日で過労死してしまう仕事量を、人間が生まれ、大人になるまで程の長期間。


 その間、彼女よりも遙かに劣る者がメイドに採用されていったが、彼女はずっと見習いのまま、働かされ続けていた。


 メイド達の部屋は、主人達の部屋よりも遥かに綺麗で整っていたが、彼女が昇格することはなかった。

 メイドに認められても、王族はその仕事ぶりを知らないのだ。


 それを裏で指示したのは、先代のモルディーン公爵だった。


 城内にエルフを入れて、何か企んではまずいと考え、何も出来ないようにいつも全力で働かせていたのだ。


 この国で最も力のある公爵の指示には誰も逆らえなかった。

 不遇なサイラーネは、エメフィーやマエラが生まれる前から、ずっとメイドの見習いとして、メイド以外の目には触れず、働かされ続けていた。


 一言も文句を言わず、一言も絶望を漏らさず、一言も希望を口にせず。



 いつしか、彼女は家事の妖精で、これが当然の仕事だと認識されるようになっていた。

 だから、その完璧な仕事も当然と受け取られていた。


 高貴な者には知られることもない、ただメイドの世話をするだけの存在だった。



 長い、長い間。


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