第20話 側近だと思っていた婚約者
それからしばらくのことを覚えてはいない。
これまでの自分のやってきたことを思い出して、誰かに思いっきり叱られるか、みんなに罵声を浴びせられながら殴り蹴られたいとすら思っていた。
だが、王子という自分の立場が、やれと言ってもみんなやってくれないだろう。
それならば説教だ。
だが唯一自分に説教してくれていて、最もエメフィーの被害を受けているはずのマエラは何も言ってこない。
「マエラ、いる?」
自分の居間にいることは分かる。
普通なら、マエラやシェラも目に見えるところにいるのだが、今はメイドしか見えない。
おそらくエメフィーの心を慮って、視界から消えているのだろう。
「はい、お呼びですか、殿下?」
部屋の向こう側から現れるマエラ、そしてシェラ。
マエラはいつも通りの堂々とした態度で、シェラはその後ろからエメフィーを心配そうに眺めている。
「僕、自分が男だって今日知ったんだけどさ……」
「はい」
「それを考えると、みんなには物凄くひどいことをしてたなって思って……」
「構いません。王族とはそのようなものです。王子は性欲が強く、より多くの愛人を持った方が褒め称えられます。性欲がお強いことは殿下の利点です」
「性欲とか、やめてよ!」
あまりにも直球の物言いに、エメフィーは耳を塞ぎたくなった。
いや、だがそれよりももっと気になったことがある。
長年仕えて、一緒に育ってきた相手が男だった。
それこそ風呂まで一緒に入っていた相手が男だったのだからここまで落ち着いているはずがない。
いや、よく考えると、一緒に風呂に入っていて、この何でも知っているマエラが気付かないわけがない。
エメフィー自身、自分がマエラやシェラと違うと気が付かないわけでもなかったが「それは王族だからです」などと、マエラが言うからそういうものなんだろうな、と思っていただけで。
よく考えたら、マエラが、そして、シェラが気付いていないわけがない。
何しろ、自分の身体と全く違うのだ。
「……あのさ。もしかしてさ……」
「はい?」
「僕が男だって、知ってたの?」
「もちろんです」
あっさりと、何の躊躇もなく答えるマエラ。
「私とシェラは、女王陛下に教えていただいており、殿下のご性別を存じておりました」
「え……」
もしや、とは思っていたが、実際その通りだということになると、信じられない思いだ。
「だからこそ、殿下の大浴場計画に口を挟ませて頂きました」
「あ、うん、いや、だったらさ、どうしてマエラは僕と一緒に入ってたの? 恥ずかしいでしょ?」
「特には」
「いや、特にはって……!」
さすがに堂々とそう言われると、言葉を失う。
「私とシェラは、殿下の将来の結婚相手、つまり婚約者としてお仕えさせて頂いておりました。将来の夫に全てを見せても恥ずかしくはありません」
「ええぇぇぇぇぇぇっ!?」
「私もですぅ」
マエラは惜しげもなくその美しい裸体を晒していたし、シェラも一切隠す様子はなかった。
確かに子供のころからいつも一緒にいて育ってきた相手だ、羞恥心なんてもうないのかも知れない。
だとしても、さすがに妙齢の男女となると、変わってきて当然のはず。
だが、そうでないのは、二人が婚約者だからだというのだ。
「二人が婚約者って、初めて聞いたんだけど!」
「それはそうでしょう。何しろ、殿下が殿方であると殿下自身にもお知らせておりませんでしたので」
じゃあ、どうしてこの二人には教えたのか?
もちろん女王がエメフィーに知らせると魔姫にばれると判断したのだろうということは分る。
信頼できるマエラに教えることで、エメフィーの暴走をうまくコントロールするのは、まあ分らなくはない。
マエラなら家柄的にも人格的にも絶対信頼できる。
だが、それならば。
「どうしてシェラまで知ってて僕が知らないの?」
「ふぇ?」
「マエラはまあ、分るよ。僕だってマエラの言うことは何も考えずにその通りにするんだけどさ。でも、シェラは僕と同じだよね? どうしてシェラだけ?」
「エメさまひどいですぅ。あたしだって仲間ですぅ」
シェラが泣きそうな表情でエメフィーを見上げる。
「ごめん、そういうことじゃなくてさ、僕が信用出来ないから聞かされてないことをシェラが知ってたからさ」
エメフィーは半泣きのシェラを撫でてやる。
シェラはそのままいつものようにくっついてくるが、エメフィーの方はこれが男女だと思うと妙に意識してしまう。
「もちろん最初に女王様から伝えられたのは私のみですが、私からシェラにも教えたほうがいいと提案いたしました」
「どうして?」
「私一人ではいざというときに殿下が殿方であると隠し切れないと判断したからです。そして、それは思った通りになりました」
理由は分からなくもない。
だが、思った通りになっただろうか?




