第2話 庭園の対決(演習)
ジュエール王国宮廷の最奥一角にある、広い庭園。
季節の花々が咲き、バラの香りも漂ってくるような、そんな美しく整備された庭園の広場。
そこは、勇ましい少女たちの声で満ち溢れていた。
ある者は剣を振るい。
ある者は槍を取り。
ある者は弓を引き。
ある者は魔法を唱える
年端も行かぬ十代の少女達。
そこにいるほぼ全ての者が、自らをより強くするために、訓練を絶やすことはなかった。
ただ、前向きに、誰よりも強くなるために、研鑽を重ねる少女達。
そんな少女たちの中でも、その向上心が誰よりも強い二人が、強い殺気を放ち、対峙していた。
その周囲の少女たちは誰もが、そこを見るだけで緊張するような、そんな緊迫した二人の少女。
互いに対峙する相手を睨み、それぞれの武器を構えていた。
一人は長身の少女。
その男性並の長身を最大限に活かし、長剣を上段に構える。
それは相手に威圧を与えることになるだろう。
長い金髪は腰のあたりまで伸び、その凛々しい表情に細身ですらりとした身体は、異性はもちろん、同性でも油断すれば惚れてしまいそうになることだろう。
対するは対照的に小柄な少女。
その小さな身体に持つ武器は、大の大人の男でも取り扱いに苦労する、金属製の長槍だ。
長身の少女に対して、こちらは腰を低く落として構えている。
青みがかった黒く長い髪を、後ろでまとめてポニーにしている。
その表情は、相手である長身の少女を睨みつけてはいる。
だが、まだ体格同様幼さの見える表情には、微笑ましさすら感じる。
まるで子犬が威嚇して唸っているようだ。
少なくともその重くて長い槍を易々と扱える少女には見えない。
だが、彼女はその槍が軽い木で出来たレプリカであるかのように軽々と振り回すことが出来る。
少女はその槍の柄の先の方を両手に持ち、腰を落として構えていた。
その持ち方では、握力や腕力が相当必要だろう。
二人は、動くことなく、しばらくじっとお互いの隙を窺っていた。
「……りゃっ!」
先に動いたのは小柄な少女。
彼女はその槍で、長身の少女を突く。
あまりの速さに、誰もがその動きを理解できなかった。
たった一人、長身の少女を除いては。
「うりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃっ!」
しかも連続、それも高速で相手を的確に突いて行く。
その手の槍は、傍で見ていても強く意思を持たなければ視界からは消えてしまいそうな程に、速い。
本来この体格の少女なら、持っただけでふらついたり、持っていられなくなって落としたりするほどの槍を、彼女はまるで自分の身体の一部であるかのように軽々と操っている。
速さは、熟練の兵士や騎士とも匹敵する。
いや、それどころか、誰も勝てないほどに、速く、正確だ。
しかし、である。
長身の少女には、その嵐のような攻撃を全てを長剣で受け流され、または避けられていた。
その動きは、まるで華麗にダンスを踊っているかのように、その身体を動かし、そして、その金の髪を、空に舞わせていた。
「りゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃっ!」
だが、小柄な少女も大したもので、高速突きをし続ける。
この高速突きは、出来るだけで大したものだが、それを長時間続けるのは非常に困難だ。
まず息が持たない。
そして、筋肉が疲労して動かなくなる。
それを、この少女は、継ぎ目すらなく攻撃を続けているのだ。
この神速の攻撃は、避ける方もかなりの神経をすり減らす。
何しろ一発でも当たれば、この勝負は負けだ。
そして、視覚に捉えるだけでも極限まで神経を研ぎ澄まなければならない攻撃を、継ぎ目なく続けられるこの攻撃を、避け続けなければならないのだ。
常人なら神経が持たない。
だが、それでも続けている。
そんな極限の攻防。
それは最早、技の攻防ではなかった。
体力と精神力の攻防、つまりは根競べだ
「りゃりゃりゃりゃりゃり、りゃりゃりゃりゃりゃりゃっ!」
長時間の攻防の末、小柄な少女の方が若干乱れてくる。
そして、それを見過ごすほど、長身の少女は甘くなかった。
「ふんっ!」
「りゃりゃ、うわっ、り、りゃりゃりゃっ!」
ほんの一瞬、小柄な少女の攻撃が止んだ瞬間、長身の少女の方から反撃を繰り出す。
だが、それを小柄な少女はギリギリで避け、また攻撃を続ける。
「りゃりゃ……りゃりゃりゃりゃ……りゃりゃっ!」
それにより、それまで攻撃に集中していた小柄な少女は、反撃を警戒する必要が生じ、その純粋な攻撃が濁り始めた。
そして、そんな精彩のない攻撃は、長身の少女には通用しない。
「ふんっ! はっ!」
長身の少女の攻撃回数が増え、警戒をしていた小柄な少女は避けられるが、攻撃は更に精彩を欠く。
「はっ! やっ! はっ! とう!」
やがて、攻防が完全に逆転し、小柄な少女は防戦一方になった。
「わっ、ちょ、やっ!」
そして、器用に避けてはいたが、やがて体力も尽き──。
「勝負、ありだね」
小柄な少女は、長身の少女の長剣を、その首に突き付けられていた。
「まいり、ましたですぅ……」
荒い息で、だが悔しそうにそう言ってその場にしゃがみ込む小柄な少女。
少し舌足らずな声が、少女の幼さを強調し、先程までの鋭い突きを、本当にこの少女がしていたのかと疑ってしまいそうになる。