第11話 王女が作った温泉施設に、王女だけが入れない
「みんなでさ、裸になって心を通わせ、命を預ける仲間と仲良くしようって事で、この大浴場を作ったんだけどなあ……」
エメフィーの口から、ため息とともに、そんな愚痴が漏れる。
既に全ての衣服を脱ぎ、湯気の立ち上る湯船の前で手を組んで立っていた。
エメフィーの衣服を着脱するのは、王宮でも非常に限られたメイドのみであり、その信頼できるメイドたちですら、この浴場には入ることを許されてはいない。
エメフィーは彼女たちとも深い信頼関係にあるため、別にそれくらいはいいと思っているのだが、マエラがそれを許さなかったのだ。
長い髪はまだ結わずに靡かせながら、スレンダーな長身は、不満げに揺れていた。
「皆、殿下のお考えを存じ、先程まで研鑽し合っていた者同士、仲良く楽しく湯を浴んでおります。聞こえてきませんか、楽しげな声が?」
「聞こえるけど……どうして僕はみんなと入っちゃ駄目なんだよ? ここは王女から庶民まで一緒に入るから意義があるんだよ!?」
誰も入っていない湯の前、エメフィーは後ろにいるマエラに文句を言う。
「御髪をお洗いいたします」
「ああ、うん……」
そう言われれば、エメフィーを従わざるをえない。
エメフィーの髪はここ五年、毎日マエラが洗っているのだ。
マエラは騎士団の中でも、場合によってはエメフィーよりも意見を左右出来るし、公爵家の子女という、貴族の中でも最上流に位置する家の者で、当主は代々ジュエール王国の宰相をしているという、実質王族の次、臣下の中では最も高貴な一族の者だ。
洗髪などという、メイドのやるような仕事をして貰う必要なないのだが、そこは頑として譲らず、この浴場にメイドを入れることすら禁じていた。
そんな彼女に従い、洗髪椅子の前に座る。
マエラはそっと髪を持ち上げ、ゆっくりと湯をかける。
そして優しく洗剤を付け、揉むように洗う。
「……殿下のお身体を案じてのことです」
「何のこと?」
「ご湯浴みをお分けしている話です」
団員たちと裸の付き合いがしたかったエメフィーは、設計士に作らせた大浴場の設計図。
それを建設前にマエラが奪い、勝手に書き換えさせたのだ。
そして、出来上がった大浴場には、その奥に「エメフィー殿下専用浴場」が出来上がっていた。
そして、その浴場をエメフィーと、参謀、そして、部隊長のみが入浴できる場としてしまったのだ。
「別に見られて困るような身体じゃないけどな。そりゃあマエラみたいに魅力的ってわけじゃないけど、そういう自分の恥ずかしい部分もさらけ出すからいいんじゃないか」
これまで何度も交わされた言葉で、もう答えも分かっているのだが、それでも言い続けるエメフィー。
「殿下、殿下の恥は国家の恥。もちろんお仕えしている私の恥でもあります。私は自分が恥をかかないよう、殿下をお隠ししているだけです」
いつもこう言われて、エメフィーは何も言い返せず黙ることになるのだが、今日は違う。
何度も言われたその言葉への反論も用意していた。
「でもさ、それってマエラが僕の身体を恥だと思ってるって事だよね? マエラにとって僕の身体は恥ってことなんだね?」
「そうではありませんよ。私は殿下のお身体全てを愛おしく思っております」