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1話 【オナカSOS】

「さてと、何から始めようかな」


荷物を壁際に寄せ、一通り辺りを見渡してみる。今でも一定のリズムを刻み続ける振子時計、少し埃被ったレコードプレーヤー、古めかしい革張りの大きなソファー、脚に簡素な装飾を施された長テーブル。そのどれも自分より長生きで、ずっと先輩だ。


寝室や店内の清掃、簡易的な設備の点検や日用品の買い出しと、やるべき事は沢山あるが如何せん都会からの長旅だったせいか中々身体を動かせない。ついにはそこに鎮座しているソファー先輩の魅力に負けて深々と座り込んでしまう。


「うーん、気持ちいい。ちょっと埃っぽいけど……懐かしいな」


座ったまま目一杯の伸びをして、そこから見える光景はこの喫茶店の前の主が居た頃と何ら変わらない。何も変わってないおかげなのか、不思議な事にこうやっていると自分が長く忘れていた事まで思い出せる。


振子時計の横に落書きをして怒られたことや、ここに座って初めてのコーヒーを経験したこと、レコードプレーヤーには触らない約束をしたこと。あまりに沢山のことを思い出したせいか、ふと変な笑いが溢れてしまう。


やがて穏やかな時間の流れの中で思い出と現実が混濁し、意識が微睡み始める。曖昧な時間はしばし流れ、次に気付いた時には極彩色の淡く温かい光が自分の体を包んでいた。さながら光の布団にでも包まれていたような夢見心地だった。


まだ虚ろな目で、鮮やかに彩られた陽光の元を探る。


直視をしても眩しくはない。秋の柔らかな西日がステンドグラスを通して自分を照らしていたのだと、なんとなく理解する。


「へぇ、ここってこんな綺麗だったんだ。穴場見っけ」


不意にそんな言葉が出てくる。記憶の中には無かった新たな発見なだけに、一度気付いてしまうとどうにも感動が止まらない。しかし意識が覚醒し出せば、途端に現実的な問題が浮上してくるのが人間の性だ。


「西日……って、もう夕方!?と、取り敢えず寝室の掃除?いや、せめて軽く店の中の埃だけでも……!!」


動揺を隠せないながらも動く事に対しては意欲的な発言と裏腹に、無情にもお腹が鳴る。つまり睡眠の後は食事であると。そう身体に要求されてしまえば抗う術はない。


「……んと、確か近くにスーパーがあったはずだけど、今もまだ残ってるのかな。名前なんだっけか?」


遙か昔の記憶を辿りながら、今の自分を苛ませる空腹を解消すべくスーパー探しの旅へ出る。


扉を開けてみれば、ここへ来た昼時とは異なり外の空気はひんやりとしていて、見渡せる風景もどこか物悲しい雰囲気を帯びている。


「うぅ、さむ……」


肌を掠める風の冷たさに思わず上を見上げると、薄紫色と赤色のコントラストの空にさん然と輝く沢山の星々が浮かんでいた。


「……そういえばあそこのスーパーのおはぎ、美味しかったよなぁ」



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