序章 【追憶の薫り】
初めに『温泉喫茶秋桜へようこそ!』は非常にゆったりした作品傾向にあります。
そのため「ゆっくりしたい」「癒されたい」「ほっこりしたい」なんて方には最適かと思います。
また、自分の考える「懐かしい匂い」や「ノスタルジー」を情景として散りばめて執筆しているので、そういうのが好きな方にも是非お勧めしたいです。
その他にも自分の好きな要素を目いっぱい詰め込んでいる為、登場人物達は話の割に濃く、時折マニアックになります。その点も含めて、『温泉喫茶秋桜へようこそ!』を見て頂ける方に喜んでいただければいいなと思います。
重たいキャリーバッグを引き、湯けむりの絶えない温泉街を進んで行く。温泉街と言えば聞こえは良いが、閑散期は人もまばらで、すれ違う人全員に挨拶をしても疲れない。
大きい目の石畳、小さい目の石畳、それらの上をキャリーバッグを引いて歩く時のカタカタという音が、温泉街を中頃まで歩いた頃には心地の良い物になっていた。
しばらく進むと温泉街を抜け、緩い坂道へと差し掛かる。ここから先に石畳はなく、耳心地の良かった音ももう無い。
ふと視線を上げるとそこは銀杏や紅葉で創られた並木道になっていた。まだ充分に色付いていない木々達がゆっくりとその枝を揺らしながら歓迎してくれる。
時折ヒラヒラと落ちてくる黄金色の葉と、サラサラと音を立てて揺れ動く木漏れ日は、耳心地の良かった音の代わりにしてもお釣りが来る程だ。
そして、この先にある場所の事を考えると不思議と足取りが軽くなる。ここ数年間にわたって内に秘めた想いの分だけ、鼓動も大きくなっていくのが分かる。
はやる気持ちを抑えつつも足早に並木道を抜けると、そこで古びた一軒の茶屋が出迎えてくれた。
記憶の中の風景と目の前に広がる風景を重ね合わせ、懐かしい答え合わせを始める。ステンドグラスの窓、年季の入った扉、ツタの生い茂る壁、その全てが記憶の中の『ここ』と一致した。
夏の暑さもだいぶ落ち着きを見せはじめ、秋の匂いを風が運んでくるこの季節に、私はここにいた。
「来たよ、おばあちゃん」