お買いもの
ポイントカードはお持ちでしょうか?
休日、男は繁華街を歩いて回っていた。時折、様々な店の中へと入っていくが、すぐに店を出てきては肩を落とし歩き始める。それを何度も繰り返していた。
「どこも似たような品揃えだな……」
男は店の品揃えを見て回っていたのだが、それには訳があった。
自身の経営する小さな店。以前は、個性のある商品を取りそろえ、客入りも良く、個人経営の店としては十分な利益を上げていた。しかしここ数年、客の入り・利益ともに振るわずだった。
「相も変わらずか……」
男は経営不振の原因を知っていた。それはもちろん、個性のある商品を客に提供できていない、ということだった。
個性のある商品。それは数年前から徐々に姿を消していき、今ではまずお目にかかれない。各分野の各メーカーが『新商品』と銘打って売り出すものは、デザインやカラーバリエーション、微々たるスペックの差や価格だけが『新』だった。さらには伝統的な服にガラの悪さを加えるという、なんともお粗末な商品まで売り出されていた。
このままでは、という男の懸念は現実となり、今まで『個性的な商品』たちが押し上げてきた前線は、『ありきたりな商品』の後方支援断念の報を受け、みるみる撤退していった。
「いいメーカーだったのになぁ……」
もちろん男は店を回る以外にも商品を探していた。トレンド雑誌から業者用のパンフレットやマニアックな専門誌、各地で行われる展示会、そしてネット上で世界中を探しまわり、独自のルートもフルに活用した。だが理想の商品を見つけられないでいた。
「ふぅ、仕方ない。帰るとするか」
男はいつもの帰り道を行く。見慣れた人混み、見慣れた景色の中を男は行く。しかし、男の目に一つだけ見慣れないものが映りこんできた。
「……こんな店、前にあったかな?」
高架下のちょっとしたスペースに、その古びた店はあった。男は街から帰宅をする際にはこの道をよく使うが、今日初めて店の存在に気が付いた。
「いつもは夜に通るから気付かなかったのか? でも先週の昼間にも通ったが、その時は……」
少し怪しげな雰囲気を漂わせている店だったが、稀にみる独特な佇まいが、男の心を悪戯にくすぐった。
『個性的な機械を揃えております』
店の看板にはそれだけが書かれていた。
妙な気分になってきた男は、好奇心にまかせて店のドアノブに手を伸ばした。
「…………ダメで元々、入ってみるか」
店のドアを開けると、目の前に小奇麗な格好をした店員らしき人物が立っていた。男を見てさわやかな笑顔をつくる。いや、自然と笑顔になったというべきだろう。
「いらっしゃいませ」
「あ、どうも」
男は店員の裏の無さそうな笑顔につられ、少しだけ笑いながら言葉を返した。
「どうぞ、中にお入りください」
「あぁ、それじゃ……」
店員に促されるまま店内へと入っていった男は驚いた。それもそのはず、見たこともない機械、用途の想像もつかない機械が、所狭しと並べられていた。
「お客様、当店をご利用になるのは……」
「初めてです」
「さようでございますか。では当店の説明をさせて頂いても?」
「あ、えぇ、お願いします」
「当店は日常に役立つ様々な機械を専門に販売している店でございます。ちょっとしたシミ落としから、大掛かりな家の改築まで多種多様な機械を取り揃えております」
「何か面白そうですね」
「ありがとうございます」
「でもまだ、ピンと来ていないといいますか……」
「さようでございますか、それでは実際に商品を紹介させて頂いても?」
「そうですね、お願いします。そのほうが理解できそうな気がします」
「かしこまりました。それでは……」
店員は一番近くにあった機械の方へと男を案内した。
「この商品は『全自動害虫駆除機』と申します」
店員の紹介したその機械は、一般的な電子レンジほどの大きさだった。
「害虫駆除機ですか?」
「はい。この『全自動害虫駆除機』があれば、家の中に入ってきた害虫を駆除することが可能なのです」
「んー、でもそれなら殺虫スプレーですむような……」
男の試すかのような質問に、店員は待っていましたと言わんばかりの笑顔を見せ、話し始めた。
「そこなのです」
「えっ?」
「その些細な行動および時間を、より愉快に、より快適に出来るのです」
「詳しくいいですか?」
「もちろんでございます」
そう言うと店員はさらに笑顔になった。
「昔から日本人というものは働きすぎています。毎日毎日、人生を仕事に捧げてしまっています。ただ、それで本当に生きていると言えるのでしょうか? 確かに、仕事に明け暮れていた過去があるからこそ、今の豊かな日本、生活があります。ですが長期休暇も取れずに働き続けてきた日本が、一か月もの休みを取れる他国に追い抜かれてしまいました」
「確かにそうですね……」
「なぜこれだけ働いている日本が他国に追い抜かれていくのか? それは心のゆとりというものが足りないからなのです。一か月もの間ゆっくりと休み、心と体をリフレッシュすることが出来れば仕事もはかどるというものです。」
「なるほど」
「もしかしたら長期休暇中に新しいアイデアが生まれたり、ひょんなことから自分の本当の才能を見つけられることも出来るかもしれない。仮に見つけられない場合でも長期休暇を利用してスキルを磨くことも出来ます」
「言われてみたら、そうなのかもしれないですね」
「ですが、いまの日本では不可能です。可能にするためには、越えなければならない壁が多すぎます。仮に超えられたとしても、相当な月日が必要です」
「そうですよね、難しいですよね……」
「そこで当店の機械の登場なのです。一度に全部は無理でも、少しずつなら壁を乗り越えていけるのです。害虫を駆除するほんの一瞬、部屋を片付ける短い時間、コーヒーを片手に新聞を読むひと時、そういった細かな時間からゆとりを見出していく。その役目を担ってくれるのがこの機械なのです」
「なるほど」
「もちろん、この機械を使用しつつ、長期休暇が取れるようなシステムにしていかなければなりません。しかし、そのシステムを構築していくためにも、現在のゆとりや癒やしが必要不可欠なのでございます」
店員は全自動害虫駆除機のスイッチを入れた。
「さて、この『全自動害虫駆除機』には様々な駆除方法が内蔵されています。例えば罠モード。このモードは害虫を好物の香りでおびき寄せ、機械の中にある様々な罠で害虫を駆除します。害虫が機械内に侵入すると入り口が封鎖されます。そしてこの四角い部分のガラスのスモークが解除され、内部が見られるようになります」
店員はポケットから一匹のハエが入った小ビンを取り出し、ビンと機械との入り口をくっつけハエを中に入れた。
「おぉ、本当に内部が見れる! それにすごい量の仕掛けだ…」
「搭載している罠は20種類。一度に5種類の罠が選べ、ランダム設定も可能です。今回は私のオススメの罠を紹介いたします」
「ぜひお願いします」
「まずは弓矢です。虫の大きさに合わせた小さな矢が発射されます」
ヒュッ ヒュッ
「おっと、今回のハエは素早い動きで全部をかわしてしまいました。ですが次に待つ罠はヌンチャクです。虫のサイズに合わせた小さなヌンチャクが5本出てまいります。そして片方を固定し、もう片方をものすごいスピードで振り回すといった仕掛けになっております。よほどの速さと動体視力がなければ一瞬で粉々です」
ビュンッ ビュンッ パシッ!
「あっ! ハエに当たりましたよ!」
「そのようですね! いかがですか? この『全自動害虫駆除機』は?」
「いやー、実に面白いです! ですが、もし5種類の罠で駆除できなかった場合は……」
「心配には及びません。入り口は封鎖されていますし、最終的には殺虫ガスで駆除し、下の小さなタンクの中に落として溶かしてしまうので。しかし、害虫に最終地点まで到達されてしまった場合には、上のモニターに『負け』と表示され、今までの勝敗や勝率、どの罠でトドメをさしたかなど、様々なデータを表示することも出来ます。さらには新しい罠が配信されたり、細かな害虫リストを作成することも可能なのです」
「それなら完璧ですね。いやぁ、本当に面白いです!」
「他にもこんな……」
他の複数あるモードの説明を受けた男は、全自動害虫駆除機にすっかり魅了されてしまった。もちろん、普段ならこんなバカげた機械などに誰も興味を持たない。先ほど男が言った通り、殺虫スプレーで事は足りるし、駆除を楽しむというモラルに欠けるところもある。いらぬ電気代や設置スペースも増え、そもそも購入代金だってある、しかし、斬新さや面白味に溢れる商品を探していた男にはたまらなかった。
その後も店員による説明は続き、店にあるほとんどの商品を紹介された男の目は輝いていた。なんと幸せな日なのだろうか、なんと心弾む日なのだろうか。興奮冷めやらぬといった感じであった。
「どの機械も本当に面白い!」
「気に入って頂けたようで嬉しいかぎりです」
「よし決めた! これらの商品を私の店に卸して頂けないでしょうか?」
「お客様、お店を経営されているので?」
「えぇ! こういった斬新な商品を探していたんですよ!」
「そうでしたか」
「それでどうでしょう、卸して頂けますか?」
「もちろんでございます。それでは…………………………」
店員は急に黙ってしまった。
「あの、どうしたんですか?」
「…………………申し訳ありません、これからスリープモードに入ります」
そう言うと店員は固まったまま動かなくなってしまった。男が戸惑っていると、後ろから中年男の声がした。驚き振り向いた男の前に、白衣を着た中年男が立っていた。
「どうですか、私の作ったこの『全自動購入促進機』は? どんな商品でも相手に買わせることが出来るのです。同じ商品でも相手のニーズに合わせて口先一つで対応可能。どうです、今ならお安くしときますよ……」




