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新・人類滅亡 - 短編集  作者: ポテトバサー
6/10

静寂

それは、あまりに悲しい静寂だった。

 小高い丘に佇む歴史ある図書館。海側の壁は全面ガラス張りで眺めが良かった。デザインが統一された色鮮やかな街が見え、その奥には海がどこまでも続いている。それはまるで変わり続ける絵画を飾っているようだった。だがここは図書館、もちろん書物に関しても素晴らしい。

 ここには数千万を超える書物が保管されており、歴史的価値があるものから、近代・現代の大衆向けのものまで幅広くある。全盛期には多くの人々が、本と景色のために足を運んだ。しかし、三百年ほど前から人足は少なくなっていったようだ。

 美しくも寂しい図書館。私はそこで働いている。


「最後の利用者が来てから、もう二年になるか……」


「えぇ。それも、散歩中のご老人がトイレを借りに来ただけでしたからね……」


「時代というやつかな。今さら本を読む人間はいないんだろう。まぁ、近頃の作家と読者は、本というものを勘違いしていたからなぁ」


「そうですね…… まぁ、後のことは彼に任せましょう」


 先輩方は私のほうを見る。


「うむ、そうだな。しかし、君も珍しい奴だ。退役してここに来るとは…… 他に何かあったろうに」


 私にとっては先輩方のほうが、今では珍しい『気さくな人』たちだった。


「いえ、静かな場所で仕事が‥」


「あぁなるほど! 銃声に爆音に悲鳴…… そういったものにウンザリなんだな?」


「それもそうか、さんざん戦場で戦ってきたんだもんなぁ。まぁそれはともかく、後のことはよろしく頼むぞ?」


「了解しました」


「了解とは元軍人らしいな! がははは!」


 それから私は一人で働いていた。私の仕事は、この図書館の書物を全て電子化することだった。各書物の全文、そして要点だけをまとめた資料を協会に送らねばならないのだ。


「………送信が終わったようだ」


 あの日から長い年月が過ぎ去った。そして今、最後のデータを送信した。本当ならば全てのデータを整理することは不可能だ。なぜなら、世界中の作家が新作を書き、出版社が発行するからだ。だが今は何一つ発行はされていない。人からペンへ、ペンから紙へ、紙から人へというサイクルは絶たれ、人から電子、というサイクルに移行した。

 あらゆる電子化は人としての能力を低下させていった。外出せずとも家の中で全てが出来てしまう時代だ。従来のコミュニケーション能力は低下し対人関係が築けず、勘違いのままに合理化は進み、無関心、無感動は人々の心に巣を作ってしまった。


ピッ! ピッ! ピッ!


 私と同じ仕事をしている仲間からメッセージが届いた。彼の担当する図書館も残り2冊となってしまったらしい。

 私は何となく屋上へと出た。


「……」


 美しかった街並みは見る影もなくなっていた。先の世界大戦後、皮肉なことではあるが、世界は平和になっていた。だが、戦争に奪われたものは大きかった。感性、個性、意欲そして心……


『人として大切なものを戦争に奪われた』


 そんな言葉をよく聞いたが、人々は平和を守る為にそれらを戦場に置いてきたのかもしれない。


「………………」


 外だというのに何の音も聞こえてはこない。聞こえるのは、遠く波打つ海の音だけだった。あれからというもの、人々は外へではなく内へと向かっていった。

 先人達がなぜ本を書いていたのか、彼らには理解出来なかった。目が覚めたら朝食を取り、時間を適当に潰し、昼になれば昼食を取り、時間を適当に潰し、夜になれば夕食を取り眠る。それだけを繰り返す人々に理解できるはずがなかった。

 私は館内に戻った。そして、ゆっくりと階段を下りて館内の中央に立つと、寂しげな辺りを見回した。それから受付のイスへと静かに腰を下ろした。

 館内中の鍵をロックし、それから館内のあらゆる照明も消した。これで私の仕事は全て終わった。


「……………」


 最後の日に私はふっと思った。人類に、明日は、未来は訪れるのだろうかと。まぁ、私のようなロボットには関係ないのだが…………


 ロボットは静かに停止し、そこにあるのは静寂だけだった。

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