3「ユウ、アリスと知り合いになる」
それから、すっかり乗り気になった彼女に、魔法について色々と教えられることになった。
魔法は魔素と呼ばれる「万能元素」を利用することで使うことができる。
魔素は空気中の約七割を占めていて、それがあの独特な淡緑色の空を作り上げているらしい。
この星の生物は、程度の差こそあれ、皆魔素を利用できる機構が備わっているそうだ。
人間にもその性質があり、強ければ魔素を操る者、魔法使いとしての素質がある。
魔素をどれだけ取り入れて利用できるかの素質を数値化したものが魔力であり、アリスは特に魔力値が高いらしい。
普通の人間が数十、一般の魔法使いが数百から千数百なのに対し、彼女は四千五百もあるのだとか。
魔力は遺伝や才能がかなりの部分を占めるが、訓練によってもある程度は伸ばすことができる。身体が魔素を取り入れて使うことに慣れてくるからだとか。稀にそれで化ける人間もいるというから、努力が無駄というわけでもないらしい。
なるほど。ならさっき《ボルケット》を使ったとき、俺の身体を満たしていた温かいものは魔素だったというわけか。
彼女の目を見る。汚れを知らない綺麗な目だ。
この子は裏表がないというか、見るからにそうそう嘘を吐いたりするタイプではないな。信用しても良いだろう。
サークリスについても教えられた。
これから彼女が向かおうとしている町の名で、別名『剣と魔法の町』という。その名の通り、剣術と魔法で有名な都市として栄えているようだ。
中でもサークリス魔法学校は、数多の優れた魔法使いを排出してきた世界でも有数の名門校だと言う。
なのに名門じみた威張ったところはなく、平民や貴族などの身分に一切関わらず、魔法の素質あるすべての者に対し平等に門戸が開かれている。彼女はそこの女子寮に入り、四年間魔法をみっちり学ぶつもりのようだ。
将来は地元のナボックで魔法教室を開きたいのと、そんな夢も笑顔で語ってくれた。
「ところで、ユウ。聞きたいことがあったの」
「なんだ」
「死の平原の真ん中にたった一人でいるなんて無茶なこと、どうしてしていたの?」
「それは……」
さて、なんて言おうか。困ってしまった。
違う星からやって来たと言っても、絶対に頭がおかしいと思われるに違いない。
というか、死の平原なんて物騒な名前が付いていたのか、あそこ。道理で何もないと思った。
何か上手い言い訳はないかと考えあぐねていると、彼女は顎に手を添えて、俺の顔をまじまじと見つめながら続けた。
「その髪の色といい、その変わった服といい。あなた、この辺の人じゃないでしょ」
「ああ。異国の地から新しい生活を求めて旅してたんだけど、すっかり迷ってしまってね」
この辺の人じゃないで着想を得た。
よくもまあ口からすらすらと出まかせが出てくるものだと、内心自嘲しつつそう答える。
「それにしたって迷い過ぎじゃないの。でもやっぱりね。魔法のこと知らないなんて、よっぽどの辺境かしら」
「まあそんなところだ」
彼女は少し引っかかっているところがあるようだったが、それ以上は詮索しないでくれた。
***
やがて、草原の果てに文明の香りが漂ってきた。
彼方には石造りの建物が並んでいる。ぱっと見る限りでは、ヨーロッパの伝統的な街並みのようだ。
近づいてくると、より街の姿がはっきりしてきた。
一つだけ目立って高くそびえ立つ時計塔が、ちょうど清らかな鐘の音を鳴らすのがかすかに聞こえてきた。
そんなわけはないのだが、まるでこちらを歓迎してくれているように思えた。
アルーンは一鳴きすると、ゆっくりと降下を始めた。
鼠色の石を敷き詰めて舗装された大きな通りが近づいてくると、等間隔で電灯らしきものが立ち並んでいるのが目に映る。
これも魔法を利用しているのだろうか。
もしかすると、単純に街並みから想像していたものよりも、ずっと文明レベルは高いのかもしれない。
「着いたっと。ここがサークリスよ」
「ふう」と一息吐いて、辺りを見渡してから、彼女は俺に目配せした。
「あたしはこれから叔母の家に行くつもりよ。入学するまでの間は、そこでお世話になるつもりなの」
「そうか」
「あなたは、これからどうするの?」
「やっと新しい地に辿り着けたばかりだしね。これからぼちぼち考えるさ。君が言ってた魔法学校というのも検討するよ」
「うん。期待してるわよ」
「送ってくれてありがとう。このお礼はいつかまた改めてするよ」
今は大した持ち合わせがないからな。
特に当てはないが、町にさえ辿り着けばいくらでも生きて行く方法はあるだろう。
地球でも何もないところから始めて生きてきたわけだし。
まずは適当に食べ物を手に入れて。寝る所は後でもいいか。情報集めからだな。
と、クールに踵を返そうとしたとき。
ぐううううううううう。
特大の音がお腹から発生し、鳴り響いた。
……なんてタイミングだ。
数瞬の沈黙が場を包む。
「……じゃあな」
「待ちなさい」
怖いくらい真剣な顔で、がしっと肩を掴まれた。
「そう言えば、あなた遭難してたのよね。平気そうにしてたからすっかり忘れてたけど。どれだけ食べてないの?」
「そうだな。三日くらいかな」
携帯食料も途中でなくなってしまったし。
アリスはもうカンカンである。
「はあ!? あなた、馬鹿なの!? 死ぬつもりなの? 右も左もわからないのに、ほんとにどうするつもりだったのよ!」
「まあ何とかなるかなって」
軽く答えると、アリスは心底呆れたように「はあ~」と長い溜め息を吐いた。
「うちに来なさい」
「え?」
あまりに意外な申し出に、つい素で聞き返してしまった。
随分間の抜けた声だと我ながら思う。
「だから、うちに来なさい。ほっとけないでしょ。いやよ。せっかく知り合ったのに野垂れ死になんて」
「だが、そこまで世話になるわけには……」
「いいから! 叔母さんにはちゃんと話を通すから! 生活が落ち着くまでしばらく寝泊りするくらいなら平気よ」
力強い論調で説得してくる彼女は、どうやら一歩も引く気はないようだ。
これは俺が首を縦に振るまで、絶対に諦めないつもりだぞ。
心配そうにこちらを見つめてくる目に、俺はとうとう観念して言った。
「じゃあ、お願いします」
「よろしい」
彼女はうんうんと頷くと、ほっとしたように笑顔を見せた。
『心の世界』を通じてほんのりと伝わってくる感情は、安堵と喜びばかりで、とても裏があるようには思えない。
さっきからこの女は、一体何なんだ。
まさか。
俺ははっとした。
本当にいたのか。お人好しという人種は。
これまで生き馬の目を抜く世界で生きていた自分にとっては、ひどく衝撃的なことだった。
「これからしばらくの間、よろしくね」
懲りずに再び差し出された二本の指に、今度こそそれが親睦を深めるための挨拶なのだと確信する。
ああ。ダメだ。調子が狂いそうだ。
「ああ。よろしく」
ぎゅっと二本の指を絡めた。
人の血が通った指は、いつからか感じたことがなかった温かさに満ちていた。