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フェバル~チート能力者ユウの異世界放浪記~  作者: レスト
剣と魔法の町『サークリス』

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18「ユウ VS 仮面の集団」

 辿り着いたとき、眼下に広がっていたのは、血の臭いの充満したコロシアムの惨状だった。


 アリス。ミリア……!


 ただ粗暴なだけの男(ヴェスターと言ったはず)に暴力を振るわれ、身動きの取れないアリスの姿を見つけたとき。

 そして、裸に剥かれて乱暴されているミリアの姿を目にしたとき。

 俺の内に沸々と湧き上がってきたのは、激しい怒りと後悔だった。


 ――お前たち。覚悟はできているだろうな。


 真下の闘技場に向けて、右手をかざす。

 掌の先におびただしい密度の魔素を収束させていく。

 濃緑色の光の線が幾重にも生じ、それが束となり。

 絡み合うようにして、一つの中心へとまとまっていく。


 この場で、悪意を持つ者たちを。


 殲滅しろ。


《ブラストゥールレイン》


 高度に収束した魔素の光が、一度に解き放たれた。

 真下へ向かって放射状に拡散していく一なる光は、途中で再び無数の束へと枝分かれ、さらに各々が光の槍へと姿を変えた。

 総数にして数百以上。激しい雷雨のごとく、光の槍が地に絶え間なく降り注ぐ。

 逃げ場など存在しない。すべては狙い通りの位置へ。

 一般人を避け、悪意を持つ襲撃犯たちのみを狙い撃つ。

 片っ端から、敵の胴体を撃ち貫いていく。

 そして、光の雨が止んだとき。

 後に残ったのは、先までの阿鼻叫喚が嘘のように鎮まり返った戦場。何が起こったのかわからない一般市民たち。

 それから、身体に大きな風穴を開け血を垂れ流す、無様な敵の死体ばかりだった。

 ただ一人の例外を除いては。

 地に降り立った俺は、そいつを睨み付けながら一歩ずつ歩を進めていく。

 ヴェスターは、ミリアを掴んで盾にしていたのだ。

 俺が直接手を下してやる必要がある。


「ミリアを放せ。素直に言うことを聞けば、苦しまずに死ねるぞ」

「誰が放すかよっ! てめえ、派手にやりやがったな!」


 自信満々の態度。

 この男はまだ実力差がわかっていないのか。呆れた奴だ。


「ユウ……!」


 傷だらけで倒れているアリスと目が合った。

 一瞥しただけで、無視する。

 目を合わせていたくなかった。

 彼女の目には深い安堵と、そして化け物でも見るかのような恐れが同時に含まれていたからだ。

 こんな力を出せば。見せ付ければ……。

 わかっていたさ。そんなことは。

 一抹の寂しさを覚えつつ、今はただ正面の敵を睨み付ける。

 乱暴に掴まれたまま、ぐったりしているミリアに声をかけた。


「ミリア。聞こえるか。ミリア!」


 彼女は、辛うじて正気を保っていた。

 俺の呼びかけに、かすかにだが、心が動いたのを感じた。


「今助けてやる。目を瞑っていろ――すぐに終わる」


 言われるがまま、彼女はちゃんと目を瞑ってくれた。

 そうだ。それでいい。

 でなければ――きっと見たくないものを見せることになる。


「はあ!? 何がすぐ終わるだ! 一歩でも動いてみやがれ! この娘を吹き飛ばすぞ!」


 人質か。小悪党のやりそうなことだ。

 だが、お前の人質には――人質としての意味がない。


「言ったはずだ。お前たちは、俺を――」


 次の瞬間。

 俺は、ミリアを捕えるヴェスターの腕を直に掴み取っていた。


「測り損ねていると」

「が……!」


 何の仕掛けもない。

 こいつがまったく反応できないほどのスピードで動いた。それだけのことだ。


「得意の魔法を使う暇もなかったな」


 にやりと笑って、腕に力を込める。

 ミリアが手から離れたので、地に落ちる前に左腕でそっと抱き留めた。

 さらに万力を込めると、奴の腕はめきめきと音を立て、潰れてあり得ない方向にねじ曲がっていく。


「うぎゃあああああっ!」


 汚らしい悲鳴を上げるヴェスター(クソ野郎)

 すかさず右拳の一点に、魔力を集中する。

 拳は目も眩むばかりの黄色い輝きに包み込まれた。

 隙だらけの腹に拳を叩き込む。鈍い衝撃と同時、カッと一瞬だけ閃光が走る。

 見た目にはそれ以外、何も起こらない。

 迸る光もすべて、敵の体内に吸い込まれて消えていく。

 まだ無事な方の手で腹を押さえ、苦しむヴェスターを一瞥して。

 俺はミリアを、アリスの横に下ろしてやった。


「ミリア……! よかった。ほんとによかったよぉ……」


 アリスは安心したのか、ぽろぽろと涙を流し始めた。

 まったく。見てられないな。

 二人に気力による治療を施してやる。怪我がみるみるうちに消えていく。


「怪我が……!」

「もう動けるはずだ。アリス。悪いけど、ミリアを連れて少し離れていてくれ」


 身体の傷は治せても、心の傷は癒せない。

 ミリアはまだ力なく俯いたままだ。ちくしょう。


「……うん。でも、ユウは?」

「こいつとケリをつける」


 だがアリスは、動かなかった。

 何か言いたそうに、躊躇いがちに顔を伏せている。


「何してる。行け!」


 怒鳴りつけると、ようやく従ってくれた。

 ミリアをおんぶして、後ろめたく下がっていく。

 行ってくれたか……。

 ここから先は、とても二人には見せられるものじゃない。

 再びヴェスターに向き直る。

 奴はもう腹の痛みからは復活していた。痛みからは。


「くそっ! なんだ!? さっきから、身体が、熱い……! おいてめえ、何をした!?」


 馬鹿みたいに取り乱しているヴェスターに、俺は打ち込んだ右拳を見せびらかしながら説明してやった。


「《爆光拳》。この技は、莫大な魔力を体内に直接叩き込むことにより――」


 息を呑む奴に対し、冷淡に告げる。


「内側から粉々に爆散させる」

「なっ!?」

「爆弾魔には相応しい最期だろう?」


 絶句するヴェスターに、死の宣告を放つ。


「あと三十秒だ」


 もちろんそれまでの間、楽に死なせるつもりはなかった。

 じき奴の全身には、耐え難い激痛が駆け巡るはずだ。

 果たしてすぐに効果は現れた。

 ヴェスターはその場に立つことすらできなくなり、泣き叫び、苦しみのたうち回っている。

 息も絶え絶えになって、敵であるはずの俺に縋り付く。


「な、なあ! 助けてくれ! 嫌だ! オレはまだ、死にたくねえんだ! 頼むよおっ!」

「ダメだ。お前はもう助からない」


 ちょうどミリアが味わったように。今度はこの男が絶望の色に染まる番だった。

 お前は俺を怒らせた。

 彼女が味わった痛みを、苦しみを。存分に味わって死ね。


「この野郎……! うおおおおおおおおおーーーっ!」


 やけくそになった男は。決死の形相で、俺に向かって爆発魔法を放つ。

 俺を殺せば助かると信じているのか。せめて道連れにしようとでも思ったか。

 あえて避けることもしなかった。

 魔法が直撃したとき。奴は勝ちを確信したことだろう。

 だから。傷一つ付かない俺が爆風の中から現れたのを見たとき。

 奴は信じられないという表情で、わなわなと震えていた。

 こんなものなど、そよ風にしかならない。


「この程度の技で。俺に立ち向かおうとは」


 狼狽えるヴェスター。

 憐れ。人生の最期にして、最大の屈辱を味わっていた。

 そして。


「時間だ。じゃあな」

「ま、まて!」


 奴の腕に、亀裂が走る。

 ほとんど同時に、足も、腹も。

 内側から強烈な光を放って、細切れに裂けていく。


「う、ひいっ! うわあああああああああーーーーーっ!」


 最後に一際大きな断末魔を上げて。

 ヴェスターの肉体は、花火のような閃光を迸らせ、跡形も残らぬほど綺麗に弾け飛んだ。


「死に様だけは、綺麗だったな」



 ***



 凄惨な現場に恐れ慄く人たちを尻目に、俺は隠れるようにしてアリスの元へと戻った。

 アリスは俺を見るなり、ひどく泣き腫らした顔で駆け寄ってきた。

 胸に縋り付いて、さらに大粒の涙を流す。

 こんなにも悲しそうな彼女の顔は、見たことがなかった。


「どうしよう! ミリアが! ミリアがっ! 声、出ないの!」


 それを聞いたとき、ぞっとした。


「ミリア……」


 恐る恐る振り向くと。彼女はこちらを見つめて、壊れかけの人形のように力なく笑っていた。

 無理して笑っているのが、明らかだった。

 俺は思わず、彼女に駆け寄っていた。強く抱き締めていた。

 自分がこんなことをするとは、つゆも思わなかったが。


「大丈夫だ。もう大丈夫だ。怖い奴はいない。もう、終わったんだ」


 ミリアもぽろぽろと涙を流して、弱々しく俺を抱き締め返してくれる。

 だが声は出ない。本当に、喋れないのか……。

 ただ、助けてくれてありがとうと。

 痛々しい心の声だけが、嫌にはっきり聞こえてくるんだ。



 ***



 それから間もなく、事件は収束をみた。

 犯人は俺が皆殺しにしたため、一般住民の被害はずっと少なくて済んだ。

 今度詳しい事情聴取を受けることにはなるだろうが。

 この国の法律では、人殺しを殺しても罪に問われることはない。まず無罪になるだろう。


 ミリアは……。

 ミリアは心の傷が癒えるまで、実家で療養することになった。


 俺は、闘技場の壁に拳を強く叩き付けた。

 殴った場所に大きなひびが入り、さらに亀裂が広がっていく。


 甘かった……!


 俺に関係なければ構わないと、放っておいたツケがこれだ。

 自分なら襲われてもどうにかなると、気楽に構えていた結果がこれだ。

 最初から誰も見逃すべきではなかった。もっと徹底的にやっておくべきだった。

 俺の傲慢が。怠慢が、招いた結果だ……!


「…………」

「ユウ……。こんなときに、どこへ行くつもりなの?」


 不安げにアリスが尋ねてくる。

 瞳に暗い決意を秘めて、俺は静かに呟いた。


「後始末を付けに行く」

「え……?」


 それだけ告げて、もう振り返ることはなかった。

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