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決戦のとき

 放課後。

 帰宅しようと外へ出た明智くんに声を掛け、校舎裏の人けのないところへ向かう。

 彼はなぜか律儀にこういう呼び出しに応じてくれる。そういうところが期待させてしまう要員の一つなのかもしれない。全く、罪なお人だ。

 向かい合い、まずはお礼を言おう。


「あの、時間を作ってくれてありがとう。同じクラスの渡辺です」

「知ってる」


 ふぉおおお。今、あの明智くんと会話のキャッチボールが成立しているよ。

 しかも私のこと、ちゃんと認識していてくれた。神様ありがとう。

 さて二言目、何を言ったらいいだろう。

 ………………。

 ええい、まどろっこしいのは面倒だ!


「突然ですが明智くん! キスとかしなくていいし絶対触らないので、半径1メートル以内で同じ空気を吸わせてください!」 


 よし、決まったああああ!

 心の中でガッツポーズを決めた瞬間、シュッシュッという音とともに、自分が少しずつ湿っていく。

 視線を辿れば、それは彼の手から発するものだった。

 家にもある、某有名メーカーの消臭除菌スプレー。

 はて?

 …………ただいま考え中。

 ポク、ポク、ポク、チーン。

 つ、つまり……まぁ、素敵!


「か、かたじけのうごぜーますぅうううう!」


 神様ぁあああ、マジで、マジでありがとうぅううううう!

 急にお礼を言い出した私に、明智くんが不気味なものを見るような視線を向けてきた。

 はぁああああ、やはり本物は違うね。ゾクゾク加減が半端ない。遠目で見るのとは威力が違う。

 もし私が犬なら尻尾振りまくってうれションしてるよ。


「……ねえ、何お礼なんて言ってんの。気持ち悪いんだけど」


 グサッと刺さる毒。じわじわと身体中を巡り……アドレナリンがドバドバと放出中。


「だって私のこと消臭除菌してくれたんだよね。ということはお傍に侍る許しを得たと解釈いたしましたで候」


 絶賛農民ブームだったんだけど、急に武士ブームキタ!

 目の前の彼はどんどん険しい顔へと変化していく。


「はぁ? 意味わかんないんだけど。脳みそ空っぽなの?」

「多分詰まってるはずだけど、ご希望ならサクッと切り開いて確認してみるでござるか?」

「……グロは嫌い。やるなら一人でやって」


 どうしよう。興奮しっぱなしで頭がクラクラしてきた。

 だがしかし、これは今まで感じたことのない快感。

 彼の口から出る冷たい言葉は、私にとって甘い毒なのでございます。

 やっぱり私、明智くんのことが大好きです!

 彼への想いを再認識していると、


「もういい。帰る」


 くるっと私に背を向け、明智くんはその場から立ち去ってしまった。

 ポツンと一人残された。


 残暑がまだまだ厳しいこの時期は、夕方でもジリジリと肌に焼け付くような太陽光。

 その光を一身に浴び、さっきまでの会話を脳内リピート。

 まず私のことをちゃんと認識してくれた。(キャッ)

 告白の返答は消臭除菌スプレー

 かーらの、


「やるなら一人でやって」


 かーらの、


「もういい。帰る」


 イコール


「きったねーオマエごときをこの俺様自ら消毒してやったんだ。伏して感謝しろ」

「やりたきゃ一人でやれよ。このメス豚が」

「オマエは置き去りで十分なんだよ。一人で悶えてろ、変態」

(突き刺さるような冷たい視線を向けてくる明智くんの姿を想像の上、実行)


 つーまーり、

 半径1メートル以内で生存OK!!

 そして、

 早速の放置プレイ開始!!


 ………………。

 いよっしゃあああああああ――――!!

 はぁ、はぁ、はぁ……動悸が止まらない。


 だって彼おなじみの断り文句「もう二度と話しかけないでくれる?」「存在自体が不快」が出なかった。

 私が把握している限り、この言葉を貰わなかった人は皆無なのだ。

 確かに他の人のように高望みせずにひっそりこっそりお傍に侍る旨のお伺いを立てました。付き合って欲しいなどと大それたことは言えません。恐れ多い。

 もちろんそのお決まりの言葉を聞きたい願望がないわけではない。むしろそれ狙いだったところもある。

 が、どうせなら一瞬の快感より一生のときめきという名の“悶え”の方がはるかにいい。

 想像では木端微塵にやられるはずだったけど。どうしたんだろう明智くん。体調不良かな?

 とにもかくにも予想外の結果にルンルン気分でスキップしながら下校しました。

 





 翌日。

 教室へ行くとすでに明智くんは登校していた。早速半径1メートル以内に侵入。


「明智くん、おはよう」

「…………」


 おや、声が小さかったかな?


「おはよう、明智くん!」

「…………」


 叫んだけど無言。あ、タメ口が馴れ馴れしかった?


「おはようございます」

「…………」


 おやおや? あ、もしや日本語がお気に召さない?


「グッドモーニング、ミスターアケチ!」

「…………」


 英語駄目?


「早安!」

「…………」


 中国語も駄目?


「ボンジュー」

「…………」

「グーテンモルゲン」

「…………」

「ブオンジョルノ」

「…………」

「アンニョンハセヨ」

「…………」

「えーっと、えー……駄目だ思いつかん!」

「朝からうるさい」


 ピシャリと叱られ……朝から神様ありがとう。

 うっとりと明智くんを眺めると、向けられる冷ややかな視線。キャッ。


「昨日から何? 本気で気持ち悪いんだけど」

「何気に酷い。だがしかし、興奮してきたっ」

「…………」


 明智くんは引くこともなく(いや、引いてる?)、虫けらを見るような目で私を見てきます。

 はぁ、はぁ……。動悸と息切れが酷い。誰か、救〇持ってきてー!


「あ、今日はちゃんと自分で消臭除菌してきたよ。昨日の帰り道に薬局に行って特大ボトルで買ってきたし」


 肝心なことに気づき、かばんからスプレーボトルを取り出して披露。もちろんお揃い。キャッ。


「あんたさ、人の話ちゃんと聞いてた?」

「もちろん! 消臭除菌したら半径1メートル以内に侵入してもいいって」

「そんなこと一言も言ってない」

「それに明智くん、私に『二度と話しかけるな』って言ってないよ」


 すこし言葉に詰まった様子の明智くん。すかさず口を開き、


「二度と話かけ」

「もう遅い! 今さら言いっこなしだよ」


 私は彼の言葉を遮る。

 するとため息交じりにじろりと睨んできた。


「……本当に何なの、あんた」

「渡辺ですけど」

「だから知ってるって」

「どうもありがとう」


 普段関わりのない私と明智くんが朝から話している光景は教室をざわつかせた。

 というか彼が人と話しているのが珍しいのかも。明智くんは近寄るな話しかけるなオーラが強すぎて、遠巻きに見られていることが多いのです。


「ちょっとナベ。あんたどうしたの」

「あ、宇野っちおはよー」


 他の人たちと同じく遠巻きに見ていた宇野っちが寄って来た。

 私と彼を交互に見て、戸惑いがちに訊いてきた。


「まさかだけど、付き合うの?」

「冗談」


 明智くん、即答で否定。

 私もちゃんと事実を明らかにせねば。


「つ、付き合うなど恐れ多い! 私はただ半径1メートル以内で同じ空気を吸わせてくださいってお願いしただけだよ。そんでもって了承してもらっちゃった!」

「した覚えないんだけど」

「したでしょう。私を綺麗にしてくれたじゃん」

「綺麗ってどういうこと?」

「消臭除菌スプレーかけてくれた」

「それって嫌がらせじゃ……」

「明智くん手ずから綺麗にしていただけるとは感激でござる」


 キラキラ瞳を輝かせると、宇野っちは憐みの目で彼を見る。


「明智、ドンマイ。ナベは人の話聞かないから。無駄な抵抗はやめな」

「………………」


 苦々しい顔の明智くん。そんなあなたもス・テ・キ。キャッ。

 こうして私と明智くんのめくるめく素敵な学校生活が始まりました。




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