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ブラコンのスゝメ

作者: 望遠鏡

兄×妹要素があるのでご注意下さい。

途中で視点が入れ替わります。

展開は早いです。

「お兄ちゃーん!」


遠くにいる兄にそう呼びかけて、兄の隣にいる女を牽制する。走って兄に辿り着いたら腕を組んで、また牽制。ついでに兄の腕に無い胸も押し付けて、ちらっと女の方を見る。

あらあら、そんなに顔歪めちゃって。お兄ちゃんに気付かれちゃうよ?


「ねぇ、今帰り?帰りだよね?だったら佐奈と一緒に帰ろお兄ちゃん」

「こらっ!佐奈ったら!あ、ごめんね松岡さん。こいつブラコンで……」

「ううん、大丈夫だよっ!可愛い妹さんだね」


兄が困ったように笑ってそう言うと、女、もとい松岡さんは微笑んだ。その顔は美少女と呼ぶに相応しい可愛さだ。私が男だったら落ちてる。それくらい、可愛い。流石乙女ゲーの主人公。これだったらくせ者揃いの攻略キャラもメロメロになっちゃうね!その性格さえばれなければ、だけど。


そう、ここは乙女ゲーの世界。どうやら私、転生とかしちゃったらしい。そんなことってあるんだね。正直、信じたくない。

内容は端的に言うと、舞台は学園で、昔仲の良かった爽やか系幼馴染みとか、実はシスコンなクールなクラスメイトとか、優しいけどちょっと気弱な先輩とか、生意気で可愛い下級生とか、大人なえっろい先生とかと恋愛しちゃうゲームである。因みに私、花村佐奈も登場人物の一人だったりする。クールなクラスメイトこと、花村理人の妹であり、主人公を応援するキャラ。因みに主人公と兄がくっついてトゥルーエンドを迎えたら、私死にます。怖いね。トゥルーエンドの時だけ私、車に引かれて死にます。怖いね。

本当にこのゲームの知識があって良かったと思う。でなかったら私兄を放置してた。兄とかどうでもいいしね。ブラコンは演技です。邪魔するのに一番都合がいいからね。

正直ゲームでの花村佐奈はいなくても本筋に支障をきたさない超端役だったから、放置してたらすんなりトゥルーエンドに辿り着けちゃうと思う。主人公である松岡有栖ちゃんは今のところ知っている限り選択肢の台詞全部合ってるし、ゲームのイベントも乱立してる。まあ兄のルートのイベントは二つ程潰しましたけど。死にたくないからこっちも必死だよ。お陰でハーレムエンドは確実に攻略不可になりました。ごめんね松岡さん、怒らないで。最近、松岡さんの視線が痛い。


でも残念なことにイベントが二つ潰れても、この世界がイージーモードだった場合はまだ兄のトゥルーエンドを回収できてしまう。このゲームはイージーモード、ノーマルモード、ハードモードと別れており、イージーモードだった場合はあともう一つイベントを潰さなきゃトゥルーエンドになってしまうのだ。

松岡さんはハーレムエンドの攻略が不可になった瞬間から兄にべったりになった。どう考えても兄のトゥルーエンド狙いです。勘弁して下さい。私も出来るだけ妨害しようとはしているが、松岡さん手強い。彼女も必死なのだろう。何しろこのゲームはハーレムエンドとトゥルーエンドとバッドエンドの三種類しかないからね。

友情エンド?そんなもの男女の仲には無い。因みに兄のルートのバッドエンドはヤンデレな兄に殺されるか事故死だ。怖いね。松岡さんも死ぬのは嫌なんだろう。でも私も嫌だ。

つまりこれは私と松岡さんの生死をかけた戦いなのだ…!乙女ゲーって何だったっけ?




三つ目のイベントは案外早くやってきた。

雨の日に二人で相合い傘をする、というイベントだ。二人で一つの傘に入ることにより、二人の仲もグーっと縮まって、選択肢によっては兄の過去の秘話(笑)の伏線が回収できる、というわけだ。

うん。心底どうでもいいね。しかし命がかかっているとなれば別だ。その為の策もある。傘を二つ持って行って、二人の間に乱入する、という策だ。ちゃんと朝に兄が折り畳みの傘を持っていったことも把握済み。作戦は至ってシンプルだが、これで傘が足りなくなることもあるまい。

松岡さんも兄と相合い傘できないだろう。


何て油断していた。

だが彼女も策を弄してきた。そりゃあ命がかかっているし、私何度も邪魔しているからかなり警戒しているんだろう。でもね、柄の悪い男達を使うとか悪役のする事だと思うの。

そう、松岡さんは何と柄の悪い男達にわたしを痛め付けて脅しをかけるよう依頼をしていた。なんかもうヒロインのすることじゃないね、これ。校舎裏に呼び出しの手紙とかそんなバレバレなものに引っかかる私も私なんだけどね。

可愛い便箋だったしてっきりラブレターだと思ったんだよ!今世の私の見た目は言っちゃ何だが結構良い方だし、その日に限って同じクラスの栗原くんがこっちをちらちら見てたから、もしかして栗原くんがラブレター出したのかなとか勘違いしてた。恥ずかしい。


「こいつを痛め付ければいいってまじかよ。結構可愛い顔してんじゃーん」

「だよなぁ。あの女は適度に痛め付けろって言ってたけど、可愛いしボコるのは用済ました後でいいんじゃね?」

「へへ、それもそうだな」


なんかもう悪役の台詞がテンプレ過ぎてつらい。用済ますってアレだよね?18禁的な展開になっちゃうやつだよね?どうしよう。空手や柔道の有段者ってわけじゃないし、ピンチをヒーローに救ってもらえるどこかの主人公でもない。詰んだ。男達の手が私に伸びてくる。怖い。必死に振り払おうとしても無理だ。これが、男女の力の差…………。怖い。

誰かに助けを求めたくて、でも私はこんなとき誰の名前を呼んだらいいのか分からなかった。

だって両親は兄のトラウマ形成の為に死んでいる。兄とはゲームのキャラだという意識が抜けなくてどこか一線を画してしまっている。友達は、いない。知らない人しかいないテレビもファッション雑誌も見たくはないし、そんな話もしていたくない。私は自分が死んだことも、データの羅列でできているゲームにいるってことも認めたくなかった。

でも、もう一度死ぬのも怖かった。前世の死因は轢き逃げだった。人通りの少ない所で、即死で死ねなかった私は激痛を何分も味わうことになった。トラックが迫ってくるのがあんなに怖いと思わなかった。

一人で道端に転がってじわじわと死ぬのを待つ恐怖を、私は誰よりも知っていた。

じわりと目元が濡れる。その時、


「佐奈っ!」


校舎裏に影が射す。私はそこにいた人を見るなり名前を口にした。


「おにい、ちゃん…………」


そこにいたのは、兄だった。


「もう大丈夫だからな」


兄は駆け寄って座り込む私をきつく抱き締めた。その痛いくらいの包容は思いの外温かく、私は涙が自然こぼれ落ちた。おにいちゃん、と何度も泣きじゃくって呼んだ。兄は大丈夫だと何度も言って背中を撫で続けていた。


その優しい声色を聞きながら、私はずっとこれを求めていたんだと漸く理解した。





×××××××××××××××××××××



その瞳が何も映してはいないことを、俺はずっと前から知っていた。



妹、佐奈は俺のたった一人の肉親だ。

両親はとうに交通事故で死んでいた。俺が六歳の頃だ。その時佐奈は四歳。佐奈は子供特有の我が儘も、泣くことすらしない、所謂手のかからない子供だった。両親の葬式の時もそうだった。泣きもせずぼんやりとしていた妹のことを、何も知らない親戚の奴等は「きっと両親が死んだことも分からないのね。可哀想に」などと言っていた。

でも俺は知っていた。佐奈は両親をどうとも思ってなかったことを。


両親が死んでから俺と佐奈は父方の叔母夫婦の元に引き取られることになった。叔母の家は所詮小金持ちで金銭面では困ることはなかったが、叔父も叔母もどこか俺達を疎んでいる節があった。心の拠り所が無かった俺は、程無くして兄妹の繋がりにすがるようになった。両親が死んでから一人が堪らなく怖くなった。だから佐奈を両親の代替にした。

佐奈が俺を何とも思っていないのと同時に、俺には佐奈しか残ってないということも、俺は知っていた。


小学校に通うようになり、友達が出来てもどこか空虚な感情が胸を支配していた。

佐奈の側にいる時だけその気持ちは和らいだ。佐奈が俺をけして見ることはなくても、側にいるというだけで、俺は確かに満たされていた。

二年後、佐奈も同じ小学校に入学した。入学する時、俺は佐奈がもし誰かをその瞳に映すようになったら、と心配したが、それは杞憂だった。佐奈は友達を作らなかった。俺はそれに少なからず安堵した。佐奈が自分以外のどこかに行ってしまうことは俺にとって恐怖だった。

両親の代替という感情が少しずつ歪んでいくのに俺は気付いていた。


中学に上がる頃になるといよいよその感情に抑えがきかなくなりつつあった。佐奈が俺を見ない。その事実が日に日に俺を追い詰めていった。この頃になっても相変わらず佐奈は親しい人間がいなかった。それだけが救いだった。

俺を見ない佐奈は誰も見ない。そのことが俺を支えていた。


転機は高校に上がったことからだった。

何にも興味を示さなかった佐奈が俺によくくっつくようになった。目は相変わらず俺を映すことは無かったが、それは俺を歓喜させるに充分だった。俺はうんと妹を甘やかした。甘やかした分擦り寄ってくる佐奈が愛しくて仕方がなかった。

暫く経って、俺はその甘えが松岡という女の前でばかりであることに気が付いた。松岡は高校に入ってから知り合った女で、何かと俺にアプローチをかけてくる女だった。当初は面倒に感じていたが、それに気付き、一度佐奈の前で松岡に気のある素振りを見せたら一層佐奈は俺の元に来るようになった。俺が迎えに行かないと一緒に帰ることがないということも、自分から話題を振らないといつまで経っても会話が始まらないということも無くなった。俺は松岡と頻繁に関わるようにした。

その頃から佐奈は時折不安気な表情をするようになった。佐奈のそんな顔を見るのは初めてだった。その表情を浮かべる時、佐奈は酷く脆そうに見えた。佐奈はがとても不安定に感じた。

もし、壊してしまったら佐奈はどうなるんだろうか。

ふいにその疑問が頭の中をよぎった。俺は今まで佐奈にこのほの暗い感情を押し殺し、いい兄と振る舞ってきた。それでも佐奈は俺を見ない。ならきっと壊れてしまっても同じだろう。

俺は柄の悪い男を四人ほどお金で釣り、佐奈に脅すよう指示した。今まで使い道がなく貯めるだけだったお小遣いがかなり減ったが、俺は構わなかった。

佐奈の下駄箱には放課後校舎裏に来てほしいという旨を書いた手紙を入れておいた。可愛い便箋にわざわざ書いて、告白を装った。


その日は生憎雨だった。

俺は会ったらしつこく絡んでくるだろう松岡と会わないよう、細心の注意を払って高校を出た。そして佐奈の通っている中学の校舎裏に隠れて待機した。佐奈の壊れる様を見ておこうと思ったのだ。

柄の悪い男達も校舎裏に待機している。佐奈は少しして校舎裏にやって来た。佐奈は男達を見てさっと顔を青ざめた。これもまた見たことのない表情だ。


「こいつを痛め付ければいいってまじかよ。結構可愛い顔してんじゃーん」

「だよなぁ。あの女は適度に痛め付けろって言ってたけど、可愛いしボコるのは用済ました後でいいんじゃね?」

「へへ、それもそうだな」


男達は下卑た声で笑って佐奈に手を伸ばした。佐奈は体を震わせ、身を庇うように体を屈めた。俺はその時、佐奈の目から涙がこぼれ落ちたのを見た。

俺はじんわりとほの暗い喜びが胸に広がるのを感じた。その瞳には確かに恐怖が映っていた。

俺のしたことが、他でもない俺が、佐奈の瞳に映っていた。息苦しいほどの愛しさと狂おしさが身体中を駆け巡った。もうどうでも良かった。ただ、直ぐにでも佐奈の温もりを感じたかった。


「佐奈っ!」


そう呼んで佐奈に駆け寄る。佐奈は戸惑ったように俺を呼んだ。俺は目線で男達に出ていくよう促し、佐奈をきつく抱き締めた。


「もう大丈夫だからな」


その言葉に安堵したのか、火の付いたように泣きじゃくり、うわ言のように俺を呼ぶ佐奈の背をあやしながら、俺は漸く自分が満たされていくのを感じていた。






松岡さんはバッドエンド決定です。

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― 新着の感想 ―
[一言] お兄さんの一人勝ちですね(にっこり)
[良い点] お兄ちゃん恐っ! だがそこが良い( ー`дー´)キリッ [一言] 松岡さあああああああん
[一言] 転生者同士の生死を賭けたチキンレースでした
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