部長≒雑用。
「休むことも、部活……ね」
職員室で言われたことを繰り返した。
運動部はどこもそうらしいが、朝も放課後も夜も休日も部活をしているから、一日二十四時間、が変わらない限り、部活の時間を増やすことは出来ないらしい。
あとは練習メニューの見直ししか出来ないな、と考えていたら、最初の言葉を顧問に言われた。
酷使しすぎると取り返しのつかないことになるぞ、と言った顔に笑みはなく、気圧された俺は頷くことしかできなかった。
ただでさえ成長期とかで間接を痛めている部員が多い分、配慮は必要だったのかもしれない。
……部長って、こんなに面倒なんだな。先輩達が、あらためて輝いて見える。
「お、葉月」
脳裏に浮かぶ先輩達に手を合わせていたら、宙に浮いたダンボールが俺の名前を呼んだ……気がした。
気を取り直して、ダンボールをよけるように壁によって進みだす。
「おい、友達を無視すんなって」
ダンボールが横から俺にぶつかって存在を主張する。そうやら気のせいに出来なさそうだ。
少しダンボールを押しやってスペースを作り、頭を下げる。
「申し訳ありませんが俺にダンボールの友達はいません」
「無視よりタチ悪いぞ!! 顔見えてんだろ!?」
前言撤回。ダンボールを抱えた一樹が話しかけてきた。
ダンボールの中にあるペットボトルには、透明な液体……たぶん、水が入っていて、そのせいか所々濡れて変色していた。
「何してんだ?」
「見れば分かるだろ、水を運んでんだよ」
ダンボールを抱えなおしながら一樹が答える。
箱の文面からして、二リットル六本入りのダンボールの上には、同じ大きさのペットボトルが二本乗っかっていた。
更に一本掴んでいるから計九本。十八キロはするだろう。
剣道部でこんなに水を使う場面はあったか?
「ダンベル兼水分補給用なんだよ」
「あー……で、お前が運んでるのか?」
聞きながら、辺りを見渡すが、剣道部らしき姿はない。
一樹一人で運んでいると見て、間違いないだろう。
「主将だからな」
これくらいはやるさ、そう言って笑う一樹は、なんていうか……先輩だった。後輩がやるもんじゃないのか? なんて思った自分が恥ずかしい。部長失格だ。
「いやぁ、誰も目を合わせてくれなくてな……」
苦笑いをしながら一樹は頬を掻……けずに、ダンボールに押し当てる。汗が滴り落ちて、更にシミを増やした。
そりゃ、重たい水をわざわざ取りにいく、と言われてたら誰でも目をそらしたくなるだろう、と言うより逸らすだろう。たとえ部長がお供を探していたとしても。少なくとも俺はそうする。
……うん。俺、部長失格だけど部員失格でもあったんだな。やばい、部活にいられねぇ。あ、監督があるか!!
自分のあまりに残念な人間性から目をそらして、逃避をしていると、苦笑いのまま一樹が続けた。
「しかも、皆ピクリともしねぇんだ」
「いやそれ熱中症かなんかでぶっ倒れてるよな!? まだ四月だぞ!!?」
叫んだところで体育館に到着した。バスケ部は体育館で、剣道部はその奥の武道場だ。最後まで荷物を持ってやらなかった俺は、お前以外の奴が死なないように配慮してやれよ、といって手を振りながらドアを開けた。
瞬間、手は振らなかったが、一返事をして一樹は走り出した。両手がふさがっていて、前に重みがあるにもかかわらず、ふらつきもせずに角を曲がって視界から消える。
「部長、お疲れ様でした。……どうかしましたか?」
猫を被りすぎて誰か分からないくらいに人当たりのよくなった吉宗が、格子状のドアを大きめに開いて俺を迎える。
それなのに、俺が武道場の方向を見たまま微動だにしないから、不審に思ったのだろう。首だけ出して、同じ方向を見る。
が、もちろん一樹の姿はなく、足跡の代わりに汗が転々と残っているだけだった。
「怪物を見た」
「……はぁ?」
一瞬、素の吉宗が顔を出した。説明するのも面倒なので、すれ違い様に「延長無理だと」と伝え、手に提げていた袋からバッシュを取り出して履き替える。
その頃には他の部員もこちらへ来ていて、素が出せなくなった吉宗は心の底から残念そうな(この気持ちに嘘は無いだろうけれど)、しおらしく「そうですか」と微笑んだ。
「い゛っ」
「それでは先輩、また明日」
部活後、ちょうど誰もいないときを見計らって、吉宗は俺の腹を殴った。
苛立ちを地面にぶつけるようにして歩く、吉宗の背中を見送りながら思う。
きっと最初のほうは「使えねぇな」と弄る気でいたのだろう。けれど、だんだん延長できない理由に気づいて、何もいえなくなった。
とか、大方そんな感じだろう。
そこまで考えられるなら、なんで蹴るのをやめないのか、本当に不思議だった。
「腹じゃなくて、背中とか……あ」
気づいた。気づいてしまった。確信はないが自信はある。
「見下ろせるからだ」
俺がしゃがむか、アイツが台にでも乗らない限り、それは出来ないことだから。
……でも、なんでそこまで俺の背が高くなったのがムカつくのだろう。
痛む腹を押さえながら、俺は首をかしげた。