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俺のトモダチ事情。  作者: 日向栞
【日常、春。】
3/19

面倒なこと、その1。

 それからチャイムが鳴り、朝の会が始まって、ようやく那賀川は怒りが収まってきたらしい。

 ただ、収まってきた(・・・・・・)だけで、完全に戻っているわけではない。

 その証拠に、教室の空気はまだピリピリしている。でも、それは黙っていれば終わるだろう。

 だけど、面倒なことというものは、そう簡単には終わらないものだ。


 那賀川がチョークを手にしながら、口を開く。


「それじゃ、今から役割決めするぞー」


 役割決め、つまりは委員会・係り・掃除場所……などを決めることで、俺はこういうのが嫌いだ。

 別にぼんやりしていれば役は決まる。だけど、どうしてもそれではいけない理由が俺にはあった。


 だって――――余るのは、面倒なものだけじゃないか。


 一応言っておくが、俺は物凄く面倒くさがりなわけではない。誰でもこんなこと思うだろう。面倒な役回りは嫌だと。

 ていうか、むしろ気がついたら面倒な役が回ってくるタイプだと俺は知っている。

 なら、全力でそれから逃げるに決まってるだろう。損な役なんてごめんだ。


「係り決めから始めるぞー」


 ていうか、今思ったんだが、先生は何で語尾が延びるんだろうか?

 別に全員というわけではないが、気なしかか多い気がする。


 ちなみに係りというのは、9教科(主要教科+副教科)+掲示、集配の計11個あり、全員がそれに割り振られる。

 仕事は主に9教科なら、予定を聞きに行ったり、教材を運んだりする。掲示、集配は名前の通り。

 9教科は大体が2人ずつ、その他は掲示、集配係となる仕組みで、特に掲示、集配は雑用と同じようなもので、とても面倒な係りだ。

 主要教科も勿論面倒。しょっちゅう授業もあるし、ノートも集める。


 だからと言って、残りの副教科がいいというわけでもない。体育係りなんて最悪だ。

 毎回、前に出て号令をかけ、準備運動をし、道具を用意する。もしかしたら主要教科より面倒かもしれない。

 美術、技術、家庭かもマシといえばマシだが、教材の量がハンパない……ときがある。出来れば避けたい。


 これで分かっただろうが、一番楽なのは、そう――――音楽係だ。

 運ぶものも少ない、授業料も少ない、別にコレと言って面倒なことも無い。

 いや、もしかしたらあるかもしれないが……今は浮かばない。


 そんなことを考えているうちに、役決めは主要教科から、副教科になっていた。

 おおかた誰も手を上げなかったのだろう。随分と早いスピードだ。


「次、音楽係やりたい奴ー」


「あ、は……」

「はーい!!」


 手を上げながら発した声が、別の声に遮られる。

 声のしたほうを見ると、珍しく真っ直ぐ手を上げる実咲の姿があった。

 ……あれだよな、女子って真っ直ぐ手を上げないよな。偏見か? こう……肘を折っているイメージがある。


 実咲は俺と目が合った瞬間に露骨に嫌そうな顔をし、舌打ちをした。

 多分、さっきの身長の話のせいだろう。根に持っているんだ。アイツはそういう奴だが……もう慣れた。


「おし、決定だな」


 そんな那賀川の声を聞くと実咲は微妙な顔をしたまま頷いていた。

 ……決定?


 おかしいだろう。こんなにあっさり決まっていいのか? 一番簡単(確証は無いけど)の係りなんだぞ? しかも、実咲が手を上げたんだ。元気よく。アイツのことだから大変な係りは選ばない……はず。


 そう思い、黒板を見ると、何故か大変なはずの主要教科のところに名前が沢山書かれており、後ろでには大勢の男子やら女子やらが集まって話し合い……という名のジャンケン大会をしていた。

 ……なんでだ。おかしいだろ、この状況は。


 あまりにも可笑しな状況が理解出来ないので、前の席の一樹をつつく。

 寝ていたのだろう、一瞬ビクッとなってから、ゆっくりと振り向いた。


「……なんだよ」

「お前寝てただろ」

「……寝てねぇよ」

「なら、今の状況を教えてくれ」

「なんだよ?」

「なんで面倒な主要教科に人が集まってる?」

「……しらね」

「ほら、寝てたんじゃねぇかよ」


 ダメだった。コイツは役に立たない。てか、そもそも机にうつ伏せになってる時点で気づくべきだった。

 ……自分で考えるか。

 そう思い、改めて黒板に向き直ると、後ろから控えめにイスを叩かれた。


「葉月君、葉月君」


 ……まぁ、菜乃花しかいなしよな。

 振り向くと笑顔のまま菜乃花は黒板を指して言った。


「五教科のこと、ですよね?」


 小声で話したつもりだったのだが……聞こえていたのだろうか?

 まぁ、細かいことは気にしないようにして、俺は頷く。


「あれはですね、成績のためですよ」

「……はい?」


 菜乃花の言葉が理解できず、聞き返してしまった。

 すると、苦笑いになりながらも黒板と生徒たちを交互に指差し、小声で話す。


「主要教科の先生に好かれて、成績を上げてもらいたいから、沢山集まってるんです。だって今年は……」

「あー、受験生だから?」

「はい。よく出来ました」

「……」


 そう言った菜乃花の表情は、まるで幼稚園児を褒める先生の笑顔だった。

 ていうか“よくできました”なんて幼稚園でさえそういわれた記憶はない。


 そして、おそるべし受験生。今からそんなことを考えているのか。

 よくよく見た友人たちの顔は、けっこう……本気(マジ)だった。


 ……いやぁ、俺も頑張らないとな。

 面倒だけど。


 あ、そういえば。


「ちなみに、菜乃花は?」


 そこは、聞いておきたかった。

 まさか菜乃花まで成績のことを考えていたら……!!


 そんな不安を抱えながら、それでもそれを悟られないように軽く……尋ねると、菜乃花はニッコリ微笑んで黒板を指差した。

 その先には[美術係]そして[斎藤菜乃花]と書かれていた。なんだ、副教科か。


 少しホッとした俺の表情に気づいたのか、気づいていないのか……菜乃花は笑顔を明るく爽やかにしていった。


「私が、美術部の部長なのは知ってますよね?」


 そう菜乃花は美術部で、しかも部長だ。この前も何か賞を取ったとかで全校集会で表彰されていたのを覚えている。

 ちなみに一樹は剣道部の主将。剣道のことはよく分からないが、中々強いらしく、コイツが表彰されている姿を何度も見ている。

 ついでに、実咲は吹奏楽部のサックス担当。行事の前の演奏で見かけた。


「それが何なんだ?」

「ついでに、美術係をすれば、かなり先生と仲良くなれますよね、きっと」

「あー…………」


 忘れていた。

 菜乃花が、こんなに明るく爽やかな笑顔をするときのことを。


 彼女の言葉の先が想像できてしまった俺は何もいえない。

 しかし、菜乃花はそんな俺にお構いなしに喋り続ける。


「そしたら、多少なりとも成績は変動するでしょう……? 先生だって、人間なんですから」

「あ、あのー」

「まぁ、たかが係りで一気に成績が変わるだなんて幻想は抱きませんけど。もともと仲がいいのなら……今年から白々しく仲良くするよりは、警戒されないでしょうし」

「あー……ソウデスカ」


 さっきの笑みと違い、うふふっと暗い笑みを浮かべる菜乃花。

 きっと菜乃花を好きになる野郎どもは知らないのだろう。彼女の……その、なんていうか……アレなところを。

 しかし、一瞬でいつもの柔らかな微笑みになったあと、菜乃花は続けた。


「なんて……小さな期待をしてみたんです」

「…………期待、ですか……?」


 計算、の間違いじゃないか?

 ていうか、そもそも実技だけで最高点取れるんじゃないか?

 そう聞きたかったけれど、俺はぎこちない笑みを浮かべるだけで止めることが……まぁ、出来たと思う。


 いや、だって他に返す言葉は……あったか? あったらぜひ聞きたい。この目の前の穏やかに微笑み少女にいってやれる言葉があるなら。


 疑問も解けたので、身体を前に戻しながら……俺は小さくため息をついた。

 まだまだ、面倒なことは始まったばかりだ。

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