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俺のトモダチ事情。  作者: 日向栞
【嘘つき彼女、赤い傷。】
10/19

解けたナゾ。

 そして、何も出来ないまま放課後になった。

 クラスメイト達が笑いながら教科書を詰めていたとき、廊下から顔だけ出して榊原先生が言った。


「部活は顧問がつけないから中止ー。皆帰っていいよー」


 おもわずガッツポーズをしかけた次の瞬間、あのゆったりとしている彼から爆弾が落とされる。


「あ、でも放送委員は、アンケートの結果集計で居残りね」


 クラスの大半はそれでも笑ってガッツポーズをしていた。そりゃそうだ。“放送委員”じゃなければ、関係が無いことだから。そして、そのクラスの大半、に入れない奴は呆然と榊原先生を見つめる。


「おつかれさんっ」


 帰り際に友達が俺の方を一回ずつ叩いて出て行く。笑い顔、いや、今にも大笑いしそうな顔で。口を痙攣させながら。


「……おー」


 濁った目で、帰っていく友達に手を振っていた俺の背中に、今までで一番強い衝撃が走る。思いっきり背中を叩かれた後、肩に腕を回された。


「放送委員も、大変だなー葉月ー」


 その腕の主は、やっぱりだけど、愉快そうに片手で腹を抱えて笑いをこらえた一樹だった。一瞬殺意がわいたのは、気のせいじゃないと思う。






















 その後もクラスメイトに、ご愁傷様。と笑われ、取り残された俺は、自分の机の上で、沢山の紙を睨んでいた。

 [流して欲しい曲は何ですか!?]と可愛らしい字で書かれた、その下にはありないほど沢山の曲名が書かれている小さい紙切れ。

 しかも、それが34枚くらい。多い、しかも同じ放送委員会の菜乃花は、残念ながら用事があったらしく、土下座しかねない勢いで謝りながら帰ってしまったから、俺は1人でこれを片付けなくてはならない。

 ツいてない。本当に。


 やる気が起きないまま、ぼんやりと目の前の紙束に手をかけたとき、後ろのドアがガッ、と引かれる音がした……がおそらく閉められているので開く音は聞えない。

 振り向くと、懸命にドアを開けようと奮闘している、実咲の姿があった。

 呆れて、そのまま見つめていると、顔を上げた実穂と目が合う。

 口ぱくで「開かないの」と言われたので「前に来い」と返すと、しぶしぶ、といった様子で入ってきた。


「開かないー、なんで?」

「鍵が閉まってるから」

「あ゛」

「……ばーか」

「あ゛ぁ゛?」

「…………」


 凄い形相で睨まれた。コイツに睨まれる度に思うけど女子ってすげぇ。

 なんで、一瞬で顔が変えられるのだろう。

 白々しく目をそらすと、隣のイスに実咲が座った。


「なに?」

「ん?」

「なんで座るの?」

「あぁ。手伝ってあげようかと」

「へぇ……そりゃ、どうも」


 そう呟くと、ふんっ、と胸でもそりそうなほど偉そうに実咲は笑った。

 そして、


「お前みたいなバカが、早く終わるとは思わねぇからなー」


 と。物凄く変な声で言われた。

 おちょくってんのか? コイツ。


 それからは、今日の授業で寝ていた、だの、部活が面倒くさい、だの、実咲らしい無気力論をひたすらに聞かされた。

 で、思った。

 この無気力+面倒くさがり=実咲 という式が出来そうなほど省エネのコイツが、なんでこんな面倒くさい作業を手伝っているのか、と。


 まぁ、聞くと「だよねー、うん。帰るわ」とか言われそうなので言わないが。


 しばらくして、少し沈黙ができた。

 喉が渇いたのだろう、お茶を飲み、そして飲み終わったときに、だ。

 まぁ、そこから自然に会話に入るのも難しいだろう。


 さて……。意を決して、俺は口を開いた。

 何事も勢いが大事だと、誰かが言っていた気がする。


「なぁ」

「……? なに」

「左手さ、貸してくんない?」

「……え? なな、なんで?」

「いいから」


 少し動揺した実咲に、強めに頼み、左手を引く。

 手の甲が見えるようにして、出た腕を裏返し、しっかりと手首を見ると、やっぱりあった。

 でも、何か変だ、何かが。

 じっと見つめている視線の先に気がついたのか、実咲は勢いよく腕を引き寄せ、そのあと「しまった」という顔になって固まる。


「それ、さ」


 少しためらいながら、腕を指さし、俺は聞いた。


「どうしたの?」


 次の瞬間、大きく目を見開いて、僅かに後ろに彼女は下がった。

 なのに、すぐにいつも通りの笑顔になって口を開く。


「朝起きたらさー、傷がついてて、多分……どっかで引っ掛けたんじゃないかな? 擦って血とか落としたんだけど……」


 それで、俺は今まで感じていた違和感の正体がようやく分かった。


 赤い傷の周りの、赤く色づいた肌。

 あれが気になっていたんだ。

 なんで、赤いのか、と。

 擦っていたんだ、消そうと。

 赤くなるまで、執拗に、ひたすらに。


 それは本当だ。

 でも、実咲は、嘘をついた。

 その証拠に、さっきから目が合わない。

 あいつは嘘をつくと、絶対に目が合わない。これは菜乃花に教えてもらった。


「嘘、ついただろ」

「……え?」


 実咲が呆けたような声を上げる。頭が追いついていないのだろう。

 だから、俺は息を吸い込んで、もう一度同じことを言った。今度は下を向きながら。


「嘘、ついただろ」

「…………」


 不意に、気持ちの悪い沈黙が訪れる。

 耐え切れずに、顔を上げ、様子を伺おうとして、俺は固まった。

 泣いている。

 あの、実咲が、泣いている。涙を、流している。


「え……」

「……え? あ、あ。っははは……」


 思わず間抜けな声が口から漏れる。

 彼女が泣くだなんて思ってもいなかった。


 実咲はそんな俺を不信そうに睨み、その反動で落ちた涙に気づき、慌てたように手で乱暴にぬぐってから、取り繕うに笑った。


「あはは、ま、前髪が目に入ってさ、うん」

「あ、いや。えっと」

「気にしないで、ごめん、ごめん」


 どうしたらいいか分からなくなり、口ごもって、おろおろしていると、実咲は、いつもの笑顔なのかよくわからない、下手な笑顔で、手を振った。


 その後、実咲は不意に何もなかったように笑い、何もなかったように世間話を、唐突にし始めた。

 それも、わざとらしくも、取り繕うようでもなく。ただただ、ひたすらに自然に。








 その後、最終下校時刻がすぎそうになってしまい、急いで俺らは帰った。

 そのときも、実咲は笑顔だった。いつも通りの、笑顔だった

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