第十七話 許嫁
投稿が遅れて大変申し訳ありません。
次話は日曜日に投稿したいと思います。
「ナナ婆さんこれでいいか?」
「おお、ありがとうねぇ」
屋根から梯子を使いゆっくりと下りたレオに茶色がかった白髪をした老女が頭を下げる。
「もう少しあたしが若ければ自分で出来るんだけどねぇ」
多分もう少し若くても一人では出来ないだろうな、と考えたレオだったが、それを飲み込んだ。
ナナ婆さんはポケットから小さな袋を取り出し、それをレオに渡す。
「こりゃ、感謝の気持ちとして受け取ってくれや」
「……これは?」
受け取った袋は軽く、例えるなら携帯電話ほどの重さだった。
「ナフィネの葉だよ」
「ナフィネ?」
聞かされた言葉に驚いてレオはそれを復唱する。
何故ならば、ナフィネとはヴァルキュリア公国の一部の地域でしか育たない珍しい植物だからだ。
「先日、古い友人からもらったんだけどあまり口に合わなくてねぇ」
ナフィネの葉は古くから紅茶の原料として重宝され、その芳しい香りとすっきりとした味が人気だ。
しかし、その人気とは裏腹に生産量が紅茶の葉の中で一番少なく、ヴァルキュリアから遠い国では幻とまで言われているほどだ。
「普通の傭兵なら受けないような仕事を受けてくれたお礼だよ。何も言わず、受け取っておくれ」
「…………どうも」
「若い内は遠慮しない事が美徳だね」
迷った末にレオが受け取ると、ナナ婆さんは嬉しそうにして家の中へ戻っていった。
「帰るか……」
貰ったナフィネの葉を持ちながらそう言うって足を動かし始めた。
見慣れた道を歩いていると、レオは履いている靴がすり減っている事に気が付く。
「仕方ない、直しに行くか」
キメラ討伐の報酬はほとんどが宿代に消え、残りは先ほどの屋根修理の報酬だけだ。
それも雀の涙ほどのお金なので新しく靴を買う事が出来ない。
傭兵稼業の前途多難な再スタートに溜め息を吐きながら靴屋を目指した。
一瞬でも気を抜いたら失敗する緊張感。
人によって感じ方は違うが、彼女にとってそれは最高の甘露だった。
何故、と聞かれても好きだからだとしか答えられない彼女は影から影へ体を滑るように移動する。
「……こっち」
手招きをしてさっきまで居た影に隠れている人物を呼ぶ。
呼ばれた人物は馴れない動きながらも一生懸命に隠れて進んだ。
そんな怪しい行動をしている謎の人物達は誰かというと。
「遅いわよ、ソフィア」
「リアが馴れているだけです」
桜色の髪と銀色の髪をした少女達は楽しそうに笑い合う。
「──っと、今ね」
警備の兵士が自分達の行きたい方向の反対側へ視線を向けた瞬間にリアとソフィアは動き出す。
いけない事をしている自覚のあるソフィアは少しだけ戸惑った様子だが、その考えを振り払って歩みを進めた。
「走るわよ!!」
「え? わっ、待って下さい、リア」
「速くしないとお買い物する時間が無くなっちゃうわ!!」
リアは困惑するソフィアの手を握り、心から楽しそうに走り出した。
「もう、リアったら」
リアの遊園地に来た子供のような表情に少しだけ呆れて笑みがこぼれる。
初めは手を引っ張られるだけのソフィアだったが、自分でも走り始める。
そうしてしばらく走ると風景が変わり、賑やかな活気のある雰囲気がリア達を包んだ。
「…………凄いです」
ソフィアは初めて見る普段の街の様子に感嘆の言葉を呟く。
「まずは帽子屋さんにでも行きましょ」
「帽子ですか?」
「今日は日差しが強いし、巡回している兵にバレないようにしないとね」
悪戯をしようとしている子供のような顔をするリア。
そんなリアにつられるようにソフィアも先ほどまで心のどこかにあった悲しみがスッと消えていった。
「え〜と、帽子屋は…………アレかしら?」
「多分、そうだと思います」
窓から少しだけのぞく棚に積まれた帽子を見つけたリア達はちょっとだけ不安に思いながらも戸を開けて店に入る。
カランカラン。
「いらっしゃい」
リア達が店に入るといかにも職人だ、という容姿をしている店員が挨拶をする。
「ここは帽子屋さんでいいのかしら?」
店内を見回しておおよそは正解だと感じたリアだったが、一抹の不安が拭えず、質問をする。
そうすると店員は眉間にしわ寄せて何かを考え、答える。
「ほとんど正解だが、この店は皮を扱ってんだよ」
「皮、ですか?」
「そうだよ、皮を使ってんなら帽子から靴まで何でも作るし、直すのがこの店だ」
言われてみれば、カウンターの向こう側には帽子だけではなく、靴や手袋、服まで置いてある。
「まぁ、大した物は無いが、見ていってくれよ、貴族の嬢ちゃん達」
「「えっ!?」」
いきなり上流階級である事がバレた二人は驚く。
実際は貴族より上の王族と巫女の一族なのだが、店員はそれを知るよしは無い。
「一見質素に見える服だが、かなりいい皮を使ってる。それに刺繍が細部まで凝っている。そんな上物の服を来てるのは貴族か大商会の一族かのどっちかだ」
そこまで言うと一拍置いて話を再開する。
「大商会の娘ならこの店が何かくらいすぐわかるだろうに。という事はだ、嬢ちゃん達は貴族って事だろう」
「やっぱり、見る人が見れば分かるのよね……」
──そういえば、レオにもバレてたっけ?
魔法使いの老人からこの街に居ると聞かされている大切な仲間を思い浮かべて頬が緩む。
「護衛が居ないって事はお忍びか何かか? それなら深めに被れる帽子がいいよな?」
カウンターの下から箱を取り出して店員は机に並べた。
「まず、桜色の髪の嬢ちゃんには白、銀色の髪の嬢ちゃんには黒がいいだろう」
箱の中から店員は大きめの帽子の色違いを二つ取り出す。
「ありがとうございます」
「代金はあわせて三万二千エルだ」
「わかったわ。はい、これ」
金額を聞いたリアは何も文句を言わずに代金を支払ったが、店員は一瞬だけ驚いた表情をした。
何故なら、普通帽子を二つ買うだけに三万以上もかける事は有り得ない。
貴族なら違うかもしれないが、よほどの成金趣味のある者以外ならそれでも少しは迷うはずだ。
余談だが、この国に売っている一般的な帽子は平均して二千エルほど買う事が出来る。
「……まいどあり」
店員が珍しい物を見るような目でリアを見返す。
「少し店内を見ていいかしら?」
「どうぞ。あまりいじられるのは困るが、元の位置に戻してくれるなら手に取ってみていいぞ」
「ありがと。ソフィ、一緒に見ましょ」
お礼を言ってリアはソフィアの手を引いて商品を見ていく。
ソフィというのはあらかじめ決めておいたソフィアの偽名だ。
偽名が必要な理由は勿論、ティリアで有名なソフィアの名前を聞いて本人だとバレなくする為だ。
ちなみに、姫巫女はよほどの事が無い限り公に顔を出さないので顔を隠す意味はない。
「アレいいんじゃない?」
「う〜ん、私はこっちの方が好きです」
「言われてみれば、そっちの方がいいかも……」
カランカラン。
リアとソフィアが楽しく服を見ていると店の扉が開いて新しくお客さんが入ってきた。
「えっ!?」
さかのぼる事、一時間前。
「ここも閉まってるのか……」
五軒目の靴屋に来たレオだったが、まるで神様が悪戯しているように全ての靴屋が休みであった。
ここまで来ると意地でもやっている靴屋を探したくなるレオ。
しかし、今到着した靴屋でレオの知っている場所は全て回ってしまった。
「ここからだと一回宿に戻って親父っさんに聞くか」
自力での捜索をやめてレオは宿へと戻っていった。
探し回った事で宿屋の近くまで来ていたので十数分歩くだけで宿に到着した。
「いらっしゃ──なんだ、レオじゃねぇか」
「これでも一応、客なはずなんだが」
「そういえば、そうだったな。すっかり忘れてた」
ガハハハ、と大口を開けて盛大に笑う親父っさん。
そんな親父っさんに対してレオは苦笑をする。
「で、なんだ? 新しい依頼か?」
「いや、靴屋を探してるんだ」
「それならすぐ近くに三軒あるだろ?」
「残念ながら全部休みだった。後、四丁目と六丁目も休みだった」
自分が持っている情報を親父っさんに伝えて新しい情報を貰おうとする。
すると、親父っさんは何か悩むような素振りをしながらある店の話をする。
「俺の知り合いが大通りで皮を扱っている店をやってる。そこに行けば直して貰えるだろう」
「わかった。ちなみに、悩んだ理由は?」
「俺とうまが合わないからだ」
くだらない理由に再びレオは苦笑いをして宿を出て行った。
宿から大通りまでは二十分ほどかかり、レオは街の様子を見ながら聞いた店を探す。
「えっと、ここでいいのか?」
その店を見つけるのに大通りに着いてから数十分かけてやっと発見する事が出来た。
店は大通りにあるにもかかわらず看板も無く、開いている様子も無い。
「仕方ない。入ってみるか」
店の前で考えていても仕方がないと、レオは店の扉を開けた。
カランカラン。
扉が開いて来店を告げる鐘がなる。
店がやっている事にホッとしたレオは店員の居るカウンターまで歩いて行こうとする。
その瞬間。
「えっ!?」
二ヶ月ぶりに聞く懐かしい綺麗な声が店内に響く。
レオは驚きながらもゆっくりと声のした方向へ顔を向ける。
そこには二ヶ月前に偶然出会い、一緒に戦い、そして、個人的な理由で別れた仲間が居た。
「…………リ、ア?」
最後に会った時より少しだけ桜色の髪が長くなったリアーナ・サ・ティルナノーグが立っていた。
リアはレオの顔を見ると、一瞬だけ驚き、すぐに嬉しそうな表情をする。
「レオ、きちゃった」
まるで、恋人の家に突然押し掛けたようにそう言うと、リアはレオの目の前まで歩いてくる。
「なんで、ここに?」
まだ思考が現実に追い付いてないレオは疑問をそのまま口にする。
そんなレオの態度に少し拗ねたように口をとがらすリアだったが、仕方ないかと諦めて説明する。
「ティリアとティルナノーグは同盟国だから私はたまにこの国に来るのよ」
今回は大事な話もあるし、とリアはレオを信頼して本来傭兵には話さない事も伝える。
「あ、そうだレオ。私の自慢の親友を紹介するわ」
リアは隣で呆然と立ち尽くしていたソフィアを紹介しようとそちら振り向く。
「──どうしたの、ソフィア!?」
驚いたリアは思わず、声をあげる。
その理由はソフィアの頬を伝う涙だった。
「ソフィア!?」
彼女の名前を聞いてレオも声を出して驚く。
それは彼女がティリアの姫巫女で何でここに居るかという事で驚いた訳ではない。
彼女がソフィア・シェンアルトだったからだ。
「生きていたんですね、レオンハルト様」
そう、彼女がレオンハルト・ラ・ティルヴィングの許嫁であるソフィア・シェンアルトだったからだ。
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