第十三話 王
誤字脱字、ご意見ご感想があればどしどしどうぞ。
というか、最近鬱気味なので下さい。
「や……、レオーーーッ!!」
ゲオリウスにバレないように王の私室へ向かっていたリアは爆発を見て思わず叫びをあげる。
ぺたん。
リアは立っていられず、ふらふらと地面に座り込む。
「…………レオの嘘つき」
嘆くでも怒るでもなくリアが言った言葉はそれだった。
「一緒に食事に行くって言ったのに、お買い物に行くって言ったのに……」
ぽろぽろ、と頬を流れ伝う透明な雫が砂埃で汚れた白い床に落ちていく。
それは決して瞳に砂煙が入った事に対する生体防御ではない。
「嘘つき嘘つき嘘つき!! レオの嘘つき!! だいっきらい!!」
駄々をこねる子供のようにリアは自分を救ってくれた傭兵に文句を言う。
が、次第に声は小さくなり弱音に変わる。
「うそ、うそなの。嫌いじゃない、から返事……してよね、レオ」
弱音は嗚咽に変わる。
「うぅ、ねぇレオ。へんじ……して。ねぇレオ助けて」
砂煙はまだ晴れず、リアの泣き声だけが部屋に響く。
「助けてよ、レオ。私、あなたが居ないと──」
ザッザッ。
誰かが歩いてくる音が聞こえリアは言葉を止める。
ザッザッ。
リアは自分に近付いてくる人物を予想して唇を噛み俯く。
せめて憎い反逆者に頬を伝う雫を見せないようにと王族のプライドがそうさせた。
ザッザッ、カチャッ。
俯くリアの目に地面に映る影が見えた。
自分の運命を予測したリアは覚悟を決める為に一言だけ最後の弱音をはく。
「レオ……ごめんなさい」
最後まで頼った……いや、頼りっきりってしまった人物への謝罪。
それだけ言うとリアは歯を食いしばり、顔を上げる。
「──えっ?」
「何で謝ってるんだ、リア?」
「レ……オ?」
「なんだ、リア?」
レオは頬に切り傷がある事や顔が砂埃で汚れているが、ほとんど軽傷と言っていい状態でリアの目の前に立つ。
リアは幽霊にでも見たような目でレオを見詰める。
「……ホントにレオ?」
現状が理解出来ず、リアはそんな言葉しか出てこなかった。
そんなリアを見たレオはゆっくりとしゃがんで目線をあわせると微笑む。
「大丈夫か?」
その声だけでリアは再び泣きそうになるが、恥ずかしいのでそっぽを向いて誤魔化す。
「無事なら無事って言いなさいよね!! レオのばかっ!!」
「無理言うなよ。俺だって爆発に巻き込まれて吹き飛んだんだ」
「それでも言うのよ!! …………私がどれだけ心配したと思ってるのよ」
最後の方は小声で独り言のように文句を言う。
無論、レオには聞こえてない。
少し時間が経って砂煙が止んでくるとレオは反対側に向き直って紫竜を構える。
すると、リアはある事に気が付く。
「あれ? レオ鞘は?」
レオはそれに苦笑をして答える。
「アイツがランスで攻撃してきた時にちょっとな」
「それはどういう──」
「ガァァァア!! 腕が、王の腕が!?」
リアが疑問を口にしている途中でゲオリウス悲鳴がそれをかき消す。
リアはびっくりして声のした方向に目をやる。
「腕……私の腕ぇぇえ!!」
そこには右腕の肘から下が魔獣に食いちぎられたように無くなっているゲオリウスが膝をついてわめいていた。
「き、貴様貴様貴様貴様貴様っ!! 私の腕をよくもよくもよくも!!」
「機械……いや、魔機の誤爆っていうのは恐ろしいな」
「魔機?」
聞いた事のない言葉にリアは首を傾げる。
レオはリアに自分が知っている限りの情報を伝える。
「魔機は機械と魔法を融合させた新しい技術で、十年前にティルヴィング王国を滅ぼす決定打になったヘルヘイム帝国の兵器だ」
一拍置いてレオはゲオリウスに向かって吐き捨てるように言う。
「大方、ヘルヘイムにそそのかされたか」
「ぐっ……」
「哀れだな。お前は王でも何でもない、単なる人形だ」
「黙れ黙れ黙れっ!! 私は王だ!! 私こそが王なのだ!!」
鬼のような形相でゲオリウスは叫ぶ。
その瞬間。
「きゃあぁぁあっ!!」
「「ウィーナ!?」」
ランスの攻撃で空いた穴から衣服をボロボロにしたウィーナが吹き飛ばされてきた。
「くっ!!」
レオは構えを解いて駆け出し、ウィーナを受け止める。
「きゃっ!?」
「大丈夫か、ウィーナ!?」
慣性の法則で数歩後ろに下がるが、レオはしっかりとウィーナを抱きかかえる。
「……レ、オ?」
「何があったんだ!?」
「王を連れて逃げて下さい。早くしないとアレが来ます」
「アレ?」
レオが聞き返すのと同時に何かが足音と共に部屋に入ってきた。
それを見てゲオリウスは再び余裕の笑みを浮かべる。
「なんだ、アレ?」
レオは驚愕する。
「…………」
アレと言われた者は廊下でレオ達が遭遇した鎧を付けた騎士だった。
だが、その騎士が付けている鎧は普通とは違う物だった。
まず、普通なら重すぎてまともに動けないような真っ黒い鎧を素肌が見えない程着込み、竜の顔の形をした兜をかぶって顔は解らない。
そして何より。
「生きてる気配が無い……」
呼吸も無ければ、心臓の鼓動もない。
それは例えるなら動く死体だった。
「ふふ……はははははっ!! コイツこそ王の、私の最高の騎士だ!!」
「これが騎士だと?」
「そうだ。そうだとも、コイツの名はデスウォーカー。最高の騎士で最強の兵器だ!!」
デスウォーカーと呼ばれた黒い騎士は機械的なゆっくりとした足取りでレオの三メートル手前まで歩いてくる。
レオが構えを直した刹那、デスウォーカーは勢い良く斬りかかってくる。
「ちっ!! ウィーナ歩けるか!?」
右腕一本で紫竜を巧みに操り、レオは攻撃を受け流す。
「大丈夫です。アレは私が──」
「無理するなっ、アレの相手は俺がする。ウィーナはもしもの為にリアと一緒にいてくれ」
「……わかりました。気をつけて下さい、レオ」
返事と同時にレオは前に出て、ウィーナは後ろに下がった。
レオは踏み込むと相手の黒い剣を払いのけ、胴に向かって横薙に一閃する。
が。
「──つっ!?」
紫竜は鎧に弾かれ、振動でレオの腕が一瞬麻痺する。
デスウォーカーはその隙に機械的な動き方が嘘だったかのように連続で流れるような攻撃をする。
それを見たリアはある事に気付く。
「あの動き方、どこかで?」
そんな事を気にしている場合ではないレオは必死で剣をさばいていく。
突きを避け、その隙に足払いを放つレオ。
「──ガッ!?」
「もらった!!」
体勢を崩した瞬間、レオは兜と鎧の間にある僅かな隙間に紫竜を突き立てる。
しかし、寸での所でかわされ、逆に肩を斬りつけられる。
「いつ!!」
斬られた肩から鮮血が流れ落ち、腕を伝って地面に紅い染みをつくる。
慌ててレオは距離を取り、傷の具合を確かめる。
──深くはないけど、動脈が斬られたか。
傷は動くには問題ないが、長い時間放置し続けるとマズい物だった。
「わるいが、終わりにさせてもらうっ!!」
そう言うとレオは駆け出す。
デスウォーカーは剣を振り上げてカウンターを狙う。
「ハッ!!」
レオは紫竜を振り上げ腕に全力を込める。
相対する二人は一瞬にも満たない交錯をし、場所を入れ替えた。
「ウィーナ、今の……見えた?」
「かろうじて見えましたが……」
ギャラリーのリアとウィーナは速過ぎてほとんど目が追い付かなかった。
ピシッ。
氷にヒビが入ったような音がなり、レオが悔しそうな表情をする。
次の瞬間、デスウォーカーの剣が半ばから折れ、鎧に脇から肩までの深い溝が出来ていた。
「……ガガ」
デスウォーカが膝から倒れ込む。
レオはそれを確認すると、ゲオリウスの方へ刃先を向ける。
「次はお前だ」
紫竜を右手で握り、レオは殺気を込めた視線睨み付ける。
対するゲオリウスは俯いていて表情が確認出来ない。
「くくくっ、勝ったつもりか、傭兵?」
突如、体を震わしたゲオリウスが喜劇でも観たような笑いをあげる。
レオ達は彼が何を言っているのか解らず、首を傾げる。
「起きろ、デスウォーカー。殲滅せよ」
その言葉と同時にデスウォーカーはまるで糸の付いた人形が立ち上がるような不自然な動きで起き上がる。
「……何度やろうと叩き潰すだけだ」
「ほざくな傭兵。デスウォーカーの力はこんな物じゃない」
ゲオリウスは髪をかき上げながら一言。
「敵を灰塵に返せ、デスウォーカー」
「ガガ、ガ」
その一言でデスウォーカーから放たれる威圧感が格段に上がる。
レオは紫竜を握る手に力を入れ、何があっても対応出来るようにしておく。
ゾワッ。
背筋に寒気が走るのと同時にレオは横に跳ぶ。
「「レオッ!!」」
一瞬でレオの立っていた場所まで移動したデスウォーカーが炎が蛇のように巻き付いた剣を振るう。
「うわっ!!」
巻き上がる熱風に体勢を崩したレオは吹き飛ばされる。
デスウォーカーはその隙を逃さず、またも一瞬で距離を詰めて剣を振り下ろす。
──マズい!!
紫竜で受け流す事が出来ず、レオは無理矢理体を捻ってやり過ごす。
が、完全には避ける事が出来ずに炎がレオの着ている服と脇腹を焦がす。
「──いつっ」
火傷特有のヒリヒリとした痛みに顔を歪めるレオ。
しかし、デスウォーカーは攻撃の手を緩めず、流れるような動きでレオを肉薄にする。
「まさか、あの業は……」
「どうしたの、ウィーナ?」
「いえ、でもそんなはずは」
固唾を飲んで戦いを眺めていたウィーナは突然難しい表情をする。
その答えはすぐに明らかになる。
「はぁはぁ、どういう事だゲオリウス!!」
デスウォーカーを蹴り飛ばし、距離をとったレオは肩で息をしながら大声で叫びだす。
「止まれ、デスウォーカー。どうした、命乞いでもする気になったか?」
舞台で演じる三流の役者のようにわざとらしく人を見下すゲオリウスをレオは睨む。
「何故、コレがこの業を使える!?」
レオは無意識に柄を握る手に力がこもる。
「何故、この死者がティルヴィングの業を使える!?」
その言葉を聞いたリアは驚き、ウィーナは納得をする。
ほぅ、とゲオリウスは感嘆の声を出す。
「よくわかったな。そう、コレこそが最狂の騎士。最高の技術である魔機と最強の兵士であるティルヴィングの騎士、その二つが融合した王の兵だっ!!」
「やはり、そうでしたか……」
「ウィーナは気付いてたの?」
「祝詞がありませんでしたが、剣に炎を纏わせる業や足下で爆発を起こし加速をする業もティルヴィング流剣術ですから」
それとなく気が付いていたウィーナがリアに説明する。
しかし、リアはその話を聞いて一つの疑問に行き着く。
「でも、確かティルヴィングの騎士は十年前の大戦でほぼ全員が戦死、自害したって聞いたのだけど」
「おそらく、僅かな生き残りを……」
「ひどい……」
「ひどいとは可笑しな話だな。技術の発展に犠牲は付き物なのだよ。それに虫けらがいくら死のうと関係な──」
「黙れ、もういい。それ以上しゃべるな」
黙って成り行きを見守っていたレオは聞いた者全てが畏縮する冷たく威圧的な声でゲオリウスに命令する。
あまりの事にゲオリウスはたじろぐ。
「き貴様、王に対して無礼だぞっ!!」
「王に対して無礼? 貴様は王ではない。ただ王の名を語る偽物だっ!!」
まるで全てを恨み、怒り、憤るように叫ぶレオの姿をリアとウィーナは知らない。
しかし、ウィーナは今のレオに似た眼を見た事があった。それは、盗賊や敵兵に親や恋人、友を殺された人間の眼。
「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ!! そいつを殺せデスウォーカァァーーッ!!」
「ガガガガ」
ゲオリウスの命令でデスウォーカーは動き出し、レオ目掛け剣を振り下ろす。
レオはそれを避けない。
「レオ危ないっ!!」
リアが叫ぶが、剣はレオの肩を切り裂く。
肩の肉が剣で裂かれ、炎に焼かれる。
「が?」
デスウォーカーが不思議そうな声をあげる。
理由は、肩に入った剣が数センチでビクとも動かなくなったからだ。
「どうしたっデスウォーカー!? 早くそいつを殺せ!!」
異変に気が付いたゲオリウスが妙に裏返った声で急かす。
だが、剣は一向に動かない。
「すまない。助けられなくて……」
そう呟いたレオは片腕で紫竜を下段から斜めに斬りつける。
パリン。
乾いた音と共に紫竜が半ばから折れ、宙に舞う。
「向こうで父によろしく言っておいてくれ」
レオは空中で折れた刃を掴み取る。
握り締めた瞬間、手が切れて痛みが走るがそれを無視して先ほど壊した鎧の溝に突き立てる。
「──ガ!?」
そう驚いた短い声をあげ、デスウォーカーは崩れ落ちた。
「次はお前だ。ゲオリウス」
「なっ、貴様何をした!?」
「何も。俺は腕無くなってもいいと思っていた。剣を止めたのはアイツの意思だ」
「あ、有り得ない。デスウォーカーは私の命令しか聞かないはず……」
呆然とするゲオリウスを冷めた眼で見ながらレオは昔話を始める。
「ティルヴィングの騎士は誓いを重んじり、義に生き、義に死ぬ」
懐かしむような、悲しむような、幸せのような表情をするレオ。
「ティルヴィングの誓いで一番重んじられているモノがある。それは、主君の為にある事」
レオは折れた刃が刺さるデスウォーカーを見詰める。
「主君の為なら命だろうが、誇りだろうが投げ捨てる古臭い誓いだ」
「それがどうしたと言うのだっ!!」
「まだ解らないのか?」
呆れて溜め息を吐くレオ。
「俺の名はレオンハルト・ラ・ティルヴィング。今は無きティルヴィングの主だ」
興味がある方は同作者のトワノ月もよろしくお願いします。