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いつかどこかで

作者: 桜もち

今日は快晴。

段ボールの隙間から零れる光でそう判断する。今日、僕は初めて空を飛ぶ。


飛ぶってどんな感じなんだろう。想像するだけで胸が高鳴る。


ふと、人の賑わう声が聞こえてきた。それと同時に扉が開き、青と白の色が視界いっぱいに広がる。僕達は空気をいっぱい吸い込むと、体は軽くなり宙に浮んだ。


太ったはずなのに変なの。けれど、さっきより見渡せるようになったのはうれしいな。


「はい、ケンタくんどうぞ」


喜んでいると、声と共に体が揺れた。別の誰かの手に移動したみたいだ。紐で繋がっている僕は上手く自分でバランスがとれない。ようやく安定し一息つくと、視線を感じた。ケンタからだ。ケンタはしばらく見つめると、


「僕のすごく赤いよ!」


と、満面の笑顔で言ってくれた。


そうだろ。この赤い色が僕の自慢の一つなのさ。


僕は自慢げに答える。鼻高々でいると、誰かの大きな声が聞こえてきた。その声を聞いたケンタは、僕の紐に懸命に物を巻き付け始めた。どうやら手紙のようだ。ほかの人は巻き付け終わると次々に空へと飛ばし始める。ケンタも不格好ながらも巻き終わり、僕からそっと手を離す。

僕は上へ上へと昇り始めた。途中まで、ピンクの花びらも僕と一緒に風に舞い、ケンタの姿も小さくなっていく。そんな中、


「僕のバイバイ!またね!」


と叫んでいるのが小さく聞こえた。


まぁもう会うことはないだろうけどね。でも手紙はちゃんと届けるよ!


僕はそう思いながら、再び空を見上げた。


なんて高くどこまでも広いのだろう!


何もかも新鮮な世界は、何日も何日も飽きることはなく、どこまでも進んで行った。

 

 いくつもの日がたった頃、僕は鳥の群れに遭遇した。

久々に一緒に飛んでくれる仲間が出来て、僕は少し嬉しくなる。

しかし、相手はそう思わなかったらしい。敵と判断され、僕は攻撃をされた。僕は必死で抵抗をしたが、とうとう嘴が当り、僕は海へと落ちて行った。


 暗く何も見えない世界。時間の感覚もなくなった頃、やっと地面に着いたような感覚を受けた。

けれどこれじゃあ自慢の赤色を自慢することも出来ないし、自由に飛ぶことだって出来ない。涙がでそうになった。

そんな思いをしていると、急に何かに引っ張られるような感覚に襲われた。

驚いてよく目を凝らして見てみると、人間の女の子の顔が目の前にあった。

女の子は僕を見ると、不思議そうに僕を引っ張ってみたり、自分の腰に巻き付けてみたりと不思議な行動を繰り返した。


僕はそういう使い方じゃないのになぁ。


そう思いながら目線を下にずらす。すると、足元は人間の足ではなく魚のような鱗と鰭があるのに気がついた。


人間ではないのか。


そう思ったが、怖いとは少しも思わなかった。

そう考え事をしていると、とうとう女の子は紐に繋がっている手紙に気がついた。手紙をおそらくしらないであろう彼女は、力一杯両手で引っ張ったので、手紙は真っ二つに裂いてしまった。


せっかくのケンタの手紙が!


思わず声に出すが、彼女に届くことはない。しかし彼女は驚いていた。

それは破れた手紙の隙間から、鱗ぐらいの大きさのものが数枚出てきたからだ。触れると、それはしっとりと柔らかいものであった。僕はその姿をみて、『桜』だと気がついた。

初めて飛んだ日、咲いているのを見て、印象的で覚えていたのだ。

女の子はその花びらを両手で掴むと嬉しそうに笑った。

彼女は大事そうに持ち直すと今度は自分の髪についた貝殻を外し、それを僕の紐に巻き始める。終わると彼女は満足そうに僕と貝をそっと投げ、どこかへ行ってしまい、二度と戻ってくることはなかった。


 どうして僕に貝を巻きつけたんだ。これじゃあ重くて進むことも出来ないじゃないか。


僕は憤りを感じた。それも時間が分からない世界の中で、それは諦めに変わった。


せめて最後にもう一度あの大きな空を見たかったな……。


僕はそう思いながら、いつしか深い眠りについていった。

 



どれくらい眠っていたんだろう。遠くでさざ波の音を感じる。夢の中で響く音。それは人の声と共に次第に現実なんだと認識し始める。


 「大きい貝殻!おじいちゃーん!」


目が覚め、見上げるとそこにはケンタがいた。


ケンタ!


僕は声を荒げた。再び会えると思ってはいなかったから。しかし、


 「フウタ、そんなに走ったら危ないよ」


と呼ばれると、『ケンタ』、ではなく『フウタ』と呼ばれた男の子は立ち上がる。


そんな奇跡、やはりそうそうないよね。


感動が大きかった分、落胆の色を隠せなかった。

フウタは僕と貝を持ち上げると呼ばれる声の主の元へ駆け寄って行った。辿り着くと楽しそうに僕達を見せた。


 「ケンタじいちゃん、見て!こんなに大きな貝殻!」


ケンタじいちゃんと呼ばれた老人は見ながら、フウタの頭を撫でた。


ここでようやく、僕は帰って来たんだと実感をしたんだ。


ただいま、ケンタ。


二人は僕と貝殻を大事そうに抱えながら、優しく波打つ海をあとにした。


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