つま先立ちをする状況ってどんな時だと思いますか?
つま先立ちをする状況ってどんな時だと思いますか?
え?
私ですか?
んー、そうですね……。
「今」よりも少しだけ高いところに手を伸ばしたい時、ですかね。
手の届かないものって、いつだって魅力的に見えますよね。飾り棚の上の古いアルバムとか、教室の窓から眺めていた先輩の笑顔とか。
"あと一歩"で届きそうなのに、でもその「もう一歩」がどうしよもなく遠い。
だから私は、よくつま先立ちをしていました。
文字通りにも、心の中でも。
想いを寄せていた人がいたんです。
その人にただ振り向いて欲しくて、馬鹿みたいに、得意でもないジョークを言ったことがありました。
ほんの少し、大人っぽい服を選んで鏡の前で背伸びをした日もありました。
でも、結局あの人が振り向いてくれたのは「背伸びをした」私で、本当の身長を見ていませんでした。
それが寂しかった。
そう、私は寂しかったんですよ。
だけどつま先立ちは、いつまでも続けられませんよね。
ふくらはぎがぷるぷると震えて、バランスも崩れて、気づけばそっとかかとを下ろしてしまう。
無理をしているつもりは無くても、体は正直なんです。
心だって同じです。
そしてある日、私は思い切ってそっとかかとを下ろしたんです。
自分の本当の高さを、初めて彼に見せた日でした。
でも、その人は私に言ったんです。
「無理してるの、わかってたよ」
って。
ふっと大人びた笑顔を見せながら。
そして、つま先立ちをしてそれでも一生懸命に自分を大きく見せようとする私のことを――、
どうしようもなく、愛おしく思ってたって。
今ならわかります。
つま先立ちって、必ずしも無理をする動作じゃないんです。
好きだから、触れたいから、届きたいから、
自分の限界を少しだけ越えようとする。
それってきっと、愛情の”かたち”なんじゃないですかね。
あれから、いくつかの季節が巡りました。
私は今、小さな手のひらを握っています。
よく笑う女の子で、「一人でできるもん」が口癖なんです。
でも、本当に一人でやろうとするときは、少しだけ、不安そうな顔をする。
それでもぐっと口を結んで、小さな背中で頑張ろうとするんです。
まるで――あの頃の私みたいに。
そして、娘を抱き上げようとする時、私はまた、つま先立ちになります。
ふくらはぎに少し力が入って、体がふわりと浮くような感覚。
あの頃、彼のことを想って無理をしていたつま先立ちとは違います。
今はただ、この子に触れたくて、この子の体温を確かめたくて、
自然と足がそうなるんです。
そうなんですよね。
思えば、つま先立ちって――
誰かを愛おしいと思った瞬間に、
人は無意識にするものなのかもしれません。
だけどそれは必ずしも無理をするような動作ではなくて、
もっと単純で、暖かくて、自然なものなんです。
誰かを愛おしいと思ったとき、人は自然と少しだけ背伸びをする。
そう思える今が、
あの頃の私の"あと一歩"の続きなのだと思います。
はじめまして、はじめナスです。
二十歳そこそこのしがないニート大学生がそれっぽく愛情なんかを語ってしまい申し訳ありません。
言い訳にはなりますが私自身、理系なので読みにくく拙い文章ではあったと思うのですがここまで読んでくれた方には感謝感激の気持ちであります。
次はパンツをテーマにした小説を執筆したいと考えておりますので、そちらも読んでいただけたら幸いです。




