光と闇のメガ進化
光と闇のサーナイト 前短編の続き
世界最高峰の格闘大会「ポッ拳」の決勝戦。会場であるスカイスタジアムは、数万人の観衆の熱気と、眩いばかりの照明に包まれていた。
リングの上に立つのは、現チャンピオン・ハルと、そのパートナーであるサーナイト。
彼女たちは「絆の象徴」として、いまや世界の希望となっていた。
「サーナイト、行こう! 私たちの信じる光を、みんなに見せるんだ!」
ハルの快活な声に応え、サーナイトは慈愛に満ちた微笑みを浮かべる。
その胸元で、純白の輝きを放つキーストーンが共鳴し、彼女を「メガサーナイト」へと昇華させた。
純白のドレスのようなフォルムは、まさに聖女の如き神々しさだった。
だが、その時、スタジアムの巨大モニターが激しくノイズを発した。
実況の声が止まり、観客の歓声が困惑のざわめきに変わる。
花道から現れたのは、ボロを纏ったような、影の薄い男――かつてサーナイトを愛し、そして壊したあの男だった。
彼の隣には、ヴェールで顔を隠した長身の少女が寄り添っている。彼女が歩くたび、スタジアムの華やかな空気は、湿り気を帯びた甘く重い花の香りに侵食されていった。
「……何……? あの人たち……」
ハルが息を呑む。
男は、実況席から奪い取ったマイクを口に寄せ、掠れた声で告げた。
「サーナイト……お前が選んだその『光』が、どれほど俺たちを焼き焦がしたか……教えてやるよ」
少女がヴェールを脱ぎ捨てた。
そこには、チャンピオンのサーナイトと生き写しでありながら、瞳にドロドロとした暗い熱を宿し、肌に男の指跡のような紅い紋様を浮かべた「サナ」が立っていた。
「サナ、始めよう。……俺たちの『家族』を」
男が、サナの胸元に飾られた、あの埃を被ったメガストーンに触れる。
本来、メガシンカとはトレーナーとポケモンの信頼関係から生まれる奇跡だ。しかし、彼らから放たれたのは、信頼などという生易しいものではなかった。
それは、逃げ場のない執着。
自分を壊した男への復讐と、その男を独占したいという狂おしいほどの情愛。
サナの絶叫と共に、スタジアムの照明が次々と破裂した。
『■■■■■ーッ!!』
暗転した会場に、どす黒い紫の衝撃波が吹き荒れる。
現れたのは、漆黒のドレスを纏い、瞳を血のように赤く光らせた「闇のメガサーナイト」――サナだった。
彼女の胸の赤い宝石は、ドクドクと脈打つように、禍々しい紫の雷を周囲に撒き散らしている。
「そんな……絆から生まれる力が……っ!」
ハルが叫ぶが、男は冷笑を浮かべるだけだった。
「絆? ああ、そうだな……離れたくても離れられない、死ぬまで解けない鎖を絆と呼ぶならば、まさしく絆なのだろうよ」
ゆけっサーナイト
突如としてバトルは始まった。
光のサーナイトが放つ「マジカルシャイン」は、悪を浄化する聖なる光だ。
しかし、サナはその光を、自身の影から伸ばした「シャドークロー」で引き裂き、逆に光のサーナイトの喉元へ食らいつく。
格闘の型など存在しない。それはもはや次元の違う領域の奪い合いだった。
【ガガ…落ち着いて!緊急時のためエスパータイプによるテレポートで皆様を移動させます!ケーシィの側へ…!】
スタジアム全体が混乱に陥るかと思えたが、突発的な事故に対する対応は手慣れたものだった。
およそ数百体のケーシィによるテレポートで一瞬の内にもぬけの殻となった。
「ありがとう…!実況さん!みんな!…サーナイト!もう抑えなくて大丈夫よ!」
『手加減なんて……!』
テレパシーが暴走し、スタジアム全体の意識が一つに溶け合う。
『……お母様、なぜそんなに悲しそうな顔をするの?』
サナの思念が、光のサーナイトの脳内を直接侵食する。
『私は幸せよ?お父様は私のことだけを見てくれている……貴女があのお金と契約書で彼を突き放してくれたお陰よ?私はお父様の唯一の救いになれたわ』
光のサーナイトは、悲痛な叫びを上げた。
『違う……私は、彼に自由になってほしかっただけ……!』
「嘘をつくな!!」
「お前はっ!自分が『正義』でいるためにだ!俺に罪を押し付けて逃げたんだ! 俺を独りにして、眩しい世界で笑っていた! ……俺は、この子の中にしか、お前の面影を探せなかったんだぞ!」
ハルは、流れてくるあまりに重く、歪んだ記憶の断片に耐えきれず、その場に膝をついた。
そこには、狭いアパートでの暴力的な愛撫、泣きながら抵抗をやめるサーナイト、そして、娘として生まれたサナを抱き、狂っていく男の姿があった。
「やめて……もう、やめてよ……!」
光と闇のサイコキネシスが正面から衝突した。
スタジアムの地面がめくれ上がり、空が割れるような轟音が響く。
爆風の中で、サナは力任せに光のサーナイトを組み伏せた。
かつて、男がサーナイトにしたように。
『お母様……教えてあげる』
サナの手が、光のサーナイトの首筋にかかる。
だが、光のサーナイトは抵抗しなかった。
彼女は、かつて自分が捨てたサナを、そしてその背後で泣き笑いのような表情で自分を見つめるかつてのトレーナーを、ただ静かに見つめ返した。
彼女の目から、大粒の涙がこぼれ落ちる。
彼女は悟ったのだ。自分がどれほど光り輝こうとも、この男の魂は、あの日自分が置いてきた暗闇の中に置き去りにされたままであったことを。
そして、その暗闇を埋めるために、自分と男の罪から生まれたこの娘が、身を削って男を繋ぎ止めていたことを。
『……ごめんなさい……ごめんなさい、ユウゴ』
初めて、サーナイトがテレパシーでユウゴの名を呼んだ。
その瞬間、サナの攻撃が止まった。
光のサーナイトは、自分を殺そうとしていたサナを、慈しむように、そして謝罪を込めて、強く、強く抱きしめた。
「…………ああ」
主人公の男は、その光景を見て、ただ呆然と立ち尽くした。
サナから放たれていた闇のオーラが、光の抱擁によって浄化されるのではない。
光が闇を包み込み、共に溶けて、灰色の虚無へと消えていく。
メガシンカが解け、リングの上には、疲れ果てた二匹のサーナイトと、魂の抜け殻となった男、そして泣きじゃくる少女・ハルだけが残された。
観客の喝采はない。
あるのは、人の居ない巨大なスタジアムの沈黙だけだった。
「……行こう、サナ」
男は、フラフラと歩み寄り、サナの手を取った。
サーナイトは、遠くでハルに抱きかかえられながら、去っていく二人の背中を、ただ悲しげに見守っていた。
もはや、言葉を交わす必要もなかった。
男はサーナイトを許さず、サーナイトもまた、男を真の意味で救うことはできなかった。
サーナイトの稼いだ金で、サーナイトを呪いながら、サーナイトに似た娘を抱く日々へ。
車の中で、サナが男の肩に頭を乗せた。
『お父様……。お母様、泣いていたわね』
「……ああ」
『でも、最後にお父様の名前を呼んだわね』
「………」
男はサナの指を強く握りしめた。
その指先には、かつてサーナイトを傷つけた感触が、今も消えない刻印として刻まれている。
ただ、冷たい月光だけが、泥濘の中を歩く父娘の影を、長く、醜く、地面に写し出していた。
「行こう……サナ」
『……ええ、アナタ』
奇しくもそれは、在りし日の旅立ちを思わせる後ろ姿であった。
つづく




