表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月のチャームが揺れた日  作者: かも@ろん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/15

第5章 黒瀬の夜

家に帰り、玄関の灯りをつけると、

いつもの静けさが広がった。

コートを脱ぎ、鞄を置き、靴を揃える。

その一つひとつの動作が、いつもより少しだけゆっくりだった。

(……朝倉さん)

名前を思い出した瞬間、胸の奥がじんわりと温かくなる。

(ひよりの話……あんなに自然にできたの、初めてだったな)

ソファに座り、スマホを手に取る。

ロック画面には、ひよりの“月光ドレス”の袖口レース。

(……袖口のレースに気づく人なんて、普通いないのに)

でも、今日のみつきは、その“普通じゃない”ところに気づいていた。

(衣装が好き、か……)

黒瀬は、ひよりの衣装を語るみつきの横顔を思い出す。

目が少しだけ輝いて、声が柔らかくなって、言葉を選ぶように話す。

(……あの感じ、分かるな)

好きなものを語るときの、あの“素”が出る瞬間。

黒瀬は、自分がひよりの話をするとき、同じような顔をしているのかもしれないと思った。

(……いや、してないだろ)

そう思いながらも、頬が少しだけ熱くなる。

そのとき、スマホが小さく震えた。

ファン仲間のグループチャットだ。

《Moonlight民の集い》

「新曲、やばくない???」

「ひよりのサビ、天使降臨した」

「黒瀬さんはもう聴いた???」

黒瀬は、少しだけ笑ってしまった。

(……この人たち、元気だな)

『聴いた。サビの入り、綺麗だった』

すぐに返信が返ってくる。

「黒瀬さんの“綺麗だった”は最大級の褒め言葉」

「分かる、語彙力死ぬよねあれ」

「ひよりの衣装、今回も細かいとこ凝ってるよね」

黒瀬は、その“衣装”という単語に反応してしまう。

(……朝倉さんも、衣装の話してたな)

『衣装、袖のレースが前より細かい。照明の反射が変わってる』

「出た、黒瀬さんの観察眼」

「衣装班の黒瀬さんがそう言うなら間違いない」

「てか黒瀬さん、今日テンション高くない?」

(……え)

黒瀬は思わず固まった。

(高い……?俺が……?)

『別に』

と返すと、すぐにスタンプが飛んできた。

「はいはい、黒瀬さんの“別に”は嬉しいとき」

「ひよりの話できると元気になるよね分かる」

「ひよりは心の栄養」

黒瀬は、スマホを見つめながら小さく息を吐いた。

(……ひよりの話ができたのは、ひよりのことが好きだからで……)

でも、今日の“嬉しい”は、それだけじゃなかった。

(……朝倉さんと話せたから、だよな)

その事実に気づいた瞬間、胸の奥が静かに熱を帯びた。

スマホで新曲を再生すると、ひよりの透明な声が部屋に広がった。

(……朝倉さんも、これ聴いたんだよな)

その事実だけで、胸の奥がふわりと温かくなる。

(同じ曲を、同じ日に、同じ気持ちで聴いてたのかもしれない)

そう思うと、ひよりの歌声がいつもより少しだけ甘く聞こえた。

曲が終わるころ、黒瀬はふと気づいた。

(……俺、今日……朝倉さんのこと、何回考えた?)

ひよりのことを考えるように、自然に、当たり前のように、みつきのことを思い出している。

(……やばいな)

自分で自分に苦笑する。

(でも……嫌じゃない)

むしろ、胸の奥がじんわりと温かくなる。

ソファに背を預け、天井を見上げる。

(……朝倉さん、衣装のこと、すごく詳しかったな)

その“詳しさ”の理由に、黒瀬はまだ気づいていない。

(好きなだけ、って言ってたけど……あれは“好きなだけ”のレベルじゃないよな)

でも、追及する気にはならなかった。

(言いたくないことがあるのは……俺も同じだし)

自分だって、ひよりのファンであることをずっと隠して生きてきた。

だから、みつきの“言えない”を責める気にはならない。

(……いつか、話してくれたらいいな)

その“いつか”を想像した瞬間、胸の奥が静かに熱を帯びた。

新曲をもう一度再生する。

ひよりの声が、まるでそっと背中を押すように響く。

(……明日も、話せるといい)

その小さな願いが、黒瀬の胸の奥で静かに灯った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ