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月のチャームが揺れた日  作者: かも@ろん


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第3章 初めてのひよりトーク

カフェの窓際。

夕方の光が少しだけ赤みを帯びて、テーブルの上のコーヒーに淡い影を落としていた。

みつきが「ひよりちゃん、好きなんですか」と声をかけたあと、短い沈黙が落ちた。

黒瀬は、まるで言葉を探すように、ゆっくりと視線を落とした。

「……はい」

その一言は、驚くほど静かで、でも確かに震えていた。

みつきは、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。

(ああ……やっぱり、この人……)

勇気を出してよかった。

そう思えたのは、初めてだった。

「私も……ひよりちゃん、好きなんです」

言葉にした瞬間、黒瀬の指先がわずかに動いた。

驚きと、戸惑いと、ほんの少しの安堵が混ざったような反応。

「……そうなんですか」

「はい。衣装がすごく綺麗で……ライブ映像、よく見てます」

黒瀬は、その“衣装”という言葉に、ほんの少しだけ目を見開いた。

「……衣装、ですか」

「はい。ひよりちゃんの“月光ドレス”、特に好きで……袖口のレースとか、細かいところまで綺麗で」

その瞬間、黒瀬の心臓が跳ねた。

(……袖口のレース?)

まさか、と思った。

あのロック画面のレースに気づいたのか――

いや、そんなはずはない。

(袖口のレースだけで気づく人なんて……普通はいない)

でも、目の前の女性は、その“普通”の範囲にいないのかもしれない。

「……月光ドレス、好きなんですね」

「はい。あの衣装、ひよりちゃんにすごく似合ってて……動くたびに光が揺れる感じが、綺麗で」

黒瀬は、胸の奥がじわりと熱くなるのを感じた。

(……分かる)

その“分かる”を、

誰かと共有できる日が来るなんて思っていなかった。


*****

カフェでの会話に入る前に、

その日の昼間――みつきは仕事中、ずっとそわそわしていた。

新曲の配信通知がスマホに届いた瞬間、みつきの心臓は跳ねた。

(……きた……!)

でも、今日はいつもと違う。

(……なんでこんなに……聴きたいんだろ)

ひよりの新曲はいつも楽しみだ。

でも、今日の“聴きたい”は、胸の奥がそわそわして落ち着かないような、少し違う種類の衝動だった。

(……黒瀬くんも、きっと聴くよね)

その考えが浮かんだ瞬間、みつきは自分で自分に驚いた。

(え……なにそれ……別に、黒瀬くんが聴くからって……関係ないし……)

でも、関係ないはずなのに、胸の奥がざわつく。

(……同じ曲を、同じ日に、同じ気持ちで聴けたら……なんか……嬉しい……)

その“嬉しい”を自覚した瞬間、みつきは慌ててスマホを伏せた。

(ちがうちがうちがう……!これはただの……オタクとしての……)

言い訳がうまく見つからない。

しかし、

デスクの向かいには後輩の佐伯。

右隣には上司。

左隣には経理の人。

(……ここでイヤホンなんて出せるわけない……!)

みつきは、“完璧な大人女子”の仮面を貼りつけたまま、そっとスマホを伏せた。

(でも……聴きたい……!今すぐ聴きたい……!)

そのとき、佐伯が声をかけてきた。

「朝倉さん、今日のお昼どうします?」

「……あ、今日はちょっと……」

(ひよりちゃんの新曲を聴くので……!)

「資料の確認があって……」

(嘘じゃない。嘘じゃないけど……!)

佐伯は「了解です!」と笑って席を立った。

みつきは、その隙にスマホをそっと持ち上げ、イヤホンを袖の中に隠しながら差し込んだ。

(……いける……?いける……?)

再生ボタンを押した瞬間――

「朝倉さん、例の件なんですけど!」

(ぎゃああああああああああああああ)

みつきは反射的にスマホを伏せ、イヤホンを袖の中で引き抜いた。

「はい、なんでしょうか」

完璧な笑顔。

心の中は大惨事。

(ひよりちゃんの歌声……一秒しか聴けなかった……!)


*****

午後の会議が終わり、デスクに戻った瞬間。

(……今なら……!)

みつきは、書類の山の陰にスマホを隠し、イヤホンを片耳だけそっと装着した。

(音量……最小……!)

再生。

ひよりの透明感のある声が、

かすかに耳に届く。

(……っ……!可愛い……!天使……!)

その瞬間――

「朝倉さん、これ確認お願いできます?」

(ぎゃああああああああああああああ)

みつきは、イヤホンを袖の中で引き抜きながら振り返った。

「はい、もちろんです」

完璧な笑顔。

心の中は二度目の大惨事。

(ひよりちゃんの歌声……十秒しか聴けなかった……!)


*****

結局、

みつきが新曲をフルで聴けたのは――

仕事帰りのカフェだった。

(やっと……聴けた……!

ひよりちゃん……最高……!)

その余韻のまま、隣に座った黒瀬のスマホが光り、

ライブカウントダウンが表示された。

そして――

「ひよりちゃん、好きなんですか?」

という、あの一言につながる。

「……僕も、好きです。あの衣装」

みつきは、その言葉にふっと笑った。

「やっぱり……そうなんですね」

「……はい」

短い言葉。

でも、その短さの中に、黒瀬の精一杯の“素”が滲んでいた。

「ひよりちゃんって……ステージに立つと、雰囲気が変わりますよね」

「……そうですね。普段は柔らかいのに、ステージだと……強い」

「分かります。あのギャップ、すごく魅力的で」

二人の声は、まるで同じ温度を持っているように感じられた。

黒瀬は、自分でも驚くほど自然に言葉が出ていた。

「……今日の新曲、聴きました?」

みつきは、一瞬だけ目をそらした。

(聴きました……聴きましたけど……仕事中に……めちゃくちゃ苦労して……)

「……はい。やっと、さっき」

「……良かったですよね」

「はい。すごく」

二人の“すごく”が、同じ意味を持っていることが、

自然に分かった。


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