第15章 光の前で、ふたりは未来を見る
完成したバースデーカードを前に、みつきはしばらく動けなかった。机の上の一枚は、ただのイラストではない。ひよりの“これまで”と“これから”をつなぐ光の軌跡。初期コンセプト案の幻の髪飾り。今回衣装の裏設定である“覚醒前の光が胸元に集まる瞬間”。それらすべてが、ひとつの世界として息づいている。
(……描けた)
胸の奥がじんわりと熱くなる。ひよりに届きますように。そして、黒瀬さんにも。
みつきはそっとスマホを手に取り、依頼主へ完成データを送った。送信ボタンを押した瞬間、胸の奥がふわりと軽くなる。
数時間後、スマホが震えた。依頼主――黒瀬の友達からだった。
「すごい……本当にすごいです。ひよりの“原点”と“未来”が全部詰まってる。こんなカード、見たことないです」
みつきは画面を握りしめた。胸の奥が熱くなる。
「運営にも見せたいくらいです。ひより推しとして、心から感謝します」
そして最後の一文。
「黒瀬にも見せたら、めちゃくちゃ喜んでましたよ」
心臓が跳ねた。黒瀬が、見てくれた。喜んでくれた。その事実だけで、胸の奥がじんわりと温かくなる。
(……よかった)
その夜、みつきは久しぶりに深く眠れた。
昼休み。仕事の合間にスマホを確認した瞬間、みつきは息を呑んだ。
“ひより公式アカウント”
手が震える。恐る恐るメッセージを開く。
「バースデーカードを拝見しました。ひより本人も感動していました」
胸が熱くなる。視界がにじむ。
「次回コンサートの演出に使用したいと考えています。もしよろしければ、当日会場にお越しください」
みつきは椅子の背にもたれ、天井を見上げた。(……ひよりが、見てくれたの?)(……私の絵が、ステージに?)
涙がこぼれそうになる。けれど、こぼれないようにぎゅっと目を閉じた。
退勤後。帰り支度をしている黒瀬に、みつきは勇気を出して声をかけた。
「あの……ひよりの運営から、連絡が来て……」
黒瀬は振り返り、みつきの表情を見て目を見開いた。
「……本当に?朝倉さんの絵が?」
みつきは小さく頷く。
「コンサートの演出に使いたいって……招待もされて……」
黒瀬は息をつくように笑った。
「朝倉さんの絵なら、当然だよ。……本当にすごい」
その声は震えていた。みつきの胸がまた熱くなる。
会場に着くと、空気が震えていた。照明の熱、観客のざわめき、ステージの奥から聞こえる調整音。すべてが現実味を帯びていないようで、でも確かにそこにある。
(……私の絵が、このステージに)
胸が高鳴る。黒瀬が隣に立ち、静かに言った。
「緊張してる?」
「……少し。でも、楽しみです」
黒瀬は微笑んだ。その笑顔に、みつきの緊張が少しだけほどける。
会場が暗転し、観客のざわめきがすっと消えた。
次の瞬間、スクリーンに光が走り、ひよりのバースデーカードが映し出される。
それは、みつきが最初に描いた一枚。
幻の髪飾り。
覚醒前の光が胸元に集まる瞬間。
ひよりの“これまで”と“これから”をつなぐ光の軌跡。
観客席から息を呑む音が広がる。
「……すごい」
「初期の髪飾りだ……!」
「裏設定の光まで……!」
その反応に、みつきの胸が熱くなる。
(……届いたんだ)
隣で黒瀬が、スクリーンを見つめたまま小さく息を吸った。
みつきの脳裏に、数日前の出来事がよみがえる。
バースデーカードを投稿した翌日、ひより公式からDMが届いた。
「ひより本人が感動していました。
次回コンサートの演出に使用したいと考えています。
もし可能であれば、コンサート用に“未来を描いた新作”をお願いできませんか?」
震える手でスマホを握りしめたあの瞬間。
胸の奥が熱くなり、涙がにじんだ。
(……ひよりが、私の絵を見てくれた)
その依頼に応えるように、みつきは新作を描いた。
ひよりの“未来”を描くための一枚。
ステージが暗転し、次の曲のイントロが流れる。
スクリーンに映し出されたのは、みつきがコンサート用に描いた新作だった。
胸元の宝石に光が集まり、未来へ向かって放たれる構図。
ひよりが歩き出すような姿。
光が観客席へ伸びていく。
照明が絵と連動し、ひよりの動きと完全に重なる。
「新しい絵だ……!」
「未来のひよりって感じがする……!」
「誰が描いたんだろう……!」
その声が、みつきの胸に静かに染み込んでいく。
黒瀬はスクリーンを見つめたまま、確信したように言った。
「……朝倉さんの絵だ」
その声は揺るぎなかった。
曲が終わり、ひよりがステージ中央に立つ。
スポットライトが落ち、会場が静まり返る。
「今回のコンサートのために、新しい絵を描いてくれた方がいます」
観客がざわめく。
みつきの心臓が跳ねた。
「ひよりの“これから”を描いてくれた絵で……私、初めて見たとき泣いちゃって……」
ひよりは胸に手を当て、少し照れたように笑った。
「名前は言えないんだけど……ありがとう。あなたのおかげで、今日のステージがもっと特別になりました」
みつきは口元を押さえた。
涙がこぼれそうになる。
(……ひよりが、言ってくれた)
黒瀬が横で小さく息を呑む。
「……朝倉さん、聞いた?」
みつきは頷くことしかできなかった。
ひよりのMCが終わり、次の曲のイントロが流れ始める。
会場が再び光に包まれる中、黒瀬はみつきの方へ向き直った。
「……朝倉さん」
その声は、いつもより少しだけ震えていた。
「俺……今日、確信したよ。朝倉さんの絵は、ひよりの世界を広げた。俺は……その世界を、これからも一緒に見たい」
みつきは息を呑む。
胸の奥が熱くなる。
光が揺れる。
黒瀬は続けた。
「朝倉さんの絵が好きだよ。ひよりを描く朝倉さんも。……朝倉さん自身も」
その言葉は、ひよりの光よりも温かかった。
「……私も。黒瀬さんがいたから、描けました。これからも……描きたいです。ひよりも、世界も、黒瀬さんも」
黒瀬は驚いたように目を見開き、それからゆっくりと笑った。
「……ありがとう」
ふたりの距離が、静かに、確かに縮まる。
ステージが暗転し、最後の曲が始まる。
スクリーンに映し出されたのは――
みつきが“黒瀬の言葉を聞いたあと”に描いた、もう一枚の新作。
ひよりが光の中で振り返り、未来へ手を伸ばす姿。
胸元の宝石から放たれる光が、観客席だけでなく、
スクリーンの外へ――“未来そのもの”へ伸びていくような構図。
(……これが、私の描いた未来)
みつきは胸に手を当てた。
黒瀬はその横で、静かに絵を見つめている。
ひよりのステージの光。
みつきの描いた“未来へ向かう光”。
黒瀬が語った“止まる瞬間の光”。
それらが重なり、ひとつの未来を照らしていた。
コンサートが終わり、観客がゆっくりと会場を出ていく。
照明が落ち、ステージの光だけが残る。
「……朝倉さん」
「はい」
「これからも、一緒にひよりを見ていきたい」
みつきは涙をこらえながら笑った。
「……はい。私も」
ふたりは光の前で、静かに、確かに“出会い直した”。
物語は、温かい光の中で幕を閉じる。




