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月のチャームが揺れた日  作者: かも@ろん


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14/15

第14章 描き始めた未来、確信の灯る夜

昼休みのオフィスは、いつもより少しだけ明るく感じた。

昨日の相談をきっかけに、みつきと黒瀬の会話は自然に増えていた。

「二期衣装のスカート、あれ重なりが深いんですよね」

「そう。ひよりが回ると影が綺麗に出るんだよ」

黒瀬は落ち着いた声で答える。

その声はいつも通りなのに、どこか柔らかい。

みつきは、黒瀬の言葉をひとつひとつ胸に刻みながら、

自分のラフの構図が少しずつ固まっていくのを感じていた。

(……黒瀬さんの説明、全部絵に活かせる)

その実感が、胸の奥を温かくする。


午後の仕事に戻っても、みつきの頭の片隅には、

ひよりのバースデーカードの構図がずっと浮かんでいた。

(……ただ衣装を並べるだけじゃ、物足りない)

ひよりの“これまで”を描くだけじゃなく、

ひよりオタが見た瞬間に息を呑むような仕掛けを入れたい。

そこで、ふとひらめいた。

(……初期のコンセプト案。あの“幻の髪飾り”を……)

初期ファンしか知らない、没になった髪飾り。

公式には一度も使われていない。

でも、ひよりの“原点”を象徴する大切なモチーフ。

さらに、今回の衣装の裏設定――

「覚醒前の光が、胸元の宝石に集まる」という演出意図。

ライブで一瞬だけ見えた、あの光の吸い込み方。

(……これを絵に入れたら、絶対に気づく人は気づく)

胸が静かに高鳴る。

(黒瀬さん、驚いてくれるかな)

その気持ちが、みつきの胸にそっと灯った。


退勤前。

みつきは、黒瀬に声をかけようとして、

何度も口を開いては閉じた。

(……ラフ、見てもらいたい。でも……)

見せたら、気づかれるかもしれない。

自分が“月影ミラ”だと。

怖い。

でも、見てほしい。

その二つの気持ちが胸の中でせめぎ合う。

結局、声をかけられないまま時間が過ぎていった。

黒瀬は、みつきが何か言いかけたことに気づいたようで、

一瞬だけ不思議そうにこちらを見た。

でも、何も言わなかった。

その沈黙が、逆に胸をざわつかせる。


家に帰ると、みつきはすぐに机に向かった。

スケッチブックを開き、昨日の続きに手を伸ばす。

(初期衣装は……袖が長くて、光が入りやすい)

(スカートの重なり……影が綺麗に出る)

(髪飾りは左右で違って……)

黒瀬の声が、頭の中で静かに響く。

その言葉に導かれるように、線が迷いなく走り出す。

そして、背景の一角に――

“幻の髪飾り”をそっと描き込んだ。

さらに、今回衣装の胸元に、

覚醒前の光が吸い込まれるような“裏設定”の輝きを描き足す。

(……これ、気づく人は気づく)

胸が高鳴る。


同じ夜、黒瀬は、ソファに座ったままスマホを手にしていた。

月影ミラの通知が光っている。

(……新しい投稿?)

開いた瞬間、息が止まった。

投稿文には、こう書かれていた。

「光が“止まる瞬間”が一番綺麗だと思う。

だから今回は、その一瞬を描きたかった。」

黒瀬は、目を見開いた。

(……これ)

今日、昼休みに自分が言った言葉と同じだった。

「動きが止まる瞬間に、光が一番綺麗に見える」

そのままの表現。

そのままの言い回し。

さらに、文章の語尾の癖。

みつきがよく使う、あの柔らかい言葉選び。

(……朝倉さん、なのか)

否定しようとした。

でも、次の一文が決定的だった。

「初期の意匠が残っている衣装って、やっぱり好き。」

今日、みつきが黒瀬に言った言葉と、まったく同じ。

黒瀬は、静かに息を呑んだ。

(……朝倉さんだ)

胸の奥が、静かに熱くなる。

驚きでも、戸惑いでもない。

もっと深い、温かい感情。

(……朝倉さんの絵、もっと見たい)

その気持ちが、はっきりと形になった。


翌朝のオフィス。みつきが席につくと、黒瀬が一瞬だけこちらを見た。その視線は昨日までとは違っていた。探るような、でも優しい。何かを確かめようとしているような。

(……どうしたんだろう)

胸がざわつく。けれど黒瀬はすぐにいつもの落ち着いた表情に戻り、仕事に向き合った。


昼休み。二人は自然にひよりの話をしていた。

「三期衣装の髪飾り、あれ左右で違うんですよね」

「そう。あれ、ひよりの“成長”を表してるんだよ」

黒瀬はいつも通り説明している。けれど、どこか言葉の端にためらいがあった。

(……何か言いたそう)

みつきはそう感じた。


昼休みが終わる直前。みつきが席に戻ろうとした瞬間、黒瀬が静かに声をかけた。

「朝倉さん」

みつきは振り返る。

黒瀬は、少しだけ息を吸ってから言った。

「昨日……月影ミラさんの投稿、見たんだ」

みつきの心臓が跳ねた。

「……あ、そうなんですね」

声が震える。

黒瀬は、みつきの反応を確かめるように、ゆっくりと言葉を続けた。

「文章の感じが……朝倉さんに似てた。言葉の選び方とか、語尾とか。昨日、朝倉さんが言ってた“光が止まる瞬間が綺麗”って話と、まったく同じで」

みつきの喉がきゅっと締まる。

黒瀬は、逃げ道を塞ぐような言い方はしなかった。ただ、静かに、確かめるように。

「……朝倉さん、月影ミラさんだよね」

その声は優しくて、責める気配なんてひとつもなかった。

胸の奥が熱くなる。怖い。でも、隠し続けるのはもっと苦しい。

みつきはゆっくりと息を吸った。

「……はい。私です。月影ミラは……私です」

言った瞬間、肩の力が抜けた。

黒瀬は驚いたように目を瞬かせたが、すぐに柔らかく微笑んだ。

「やっぱり。……すごいよ、朝倉さん。あの絵、ほんとに綺麗だった」

その言葉に、みつきの胸がじんわりと温かくなる。

黒瀬は、少しだけ言いにくそうにしながら続けた。

「それで……もうひとつ言わなきゃいけないことがあって」

みつきは首を傾げる。

黒瀬は、苦笑しながら言った。

「ひよりのバースデーカードの依頼を送ったの……俺の友達なんだ」

「……えっ」

みつきの目が大きく開く。

「昨日のライブ、一緒に行ったやつ。あいつ、ひより推しで……“この人に描いてほしい!”って言って、勝手にDM送ってた」

みつきは胸の奥が一気に熱くなるのを感じた。

(……黒瀬さんの友達……!)

つまり、黒瀬の“身近な人”が自分の絵を選んでくれたということ。そして黒瀬自身も、その絵を見てくれていたということ。

胸の奥が、じんわりと熱くなる。

みつきは、依頼主が黒瀬の友達だと知った瞬間、胸の奥で何かが強く灯った。

(……絶対に喜んでもらいたい)

幻の髪飾り。今回衣装の裏設定の光。

それらを仕込んだバースデーカードは、ただの“ファンアート”じゃない。

黒瀬の友達を驚かせたい。ひよりに喜んでほしい。そして――黒瀬にも、見てほしい。

その気持ちが、昨日よりもずっと強くなった。

黒瀬は、みつきの表情を見て、静かに言った。

「朝倉さんの絵なら……絶対に喜んでもらえるよ。ひよりのこと、ちゃんと分かってる人の絵だから」

その言葉は、みつきの胸に深く染み込んだ。

(……描きたい。もっと、ちゃんと)

黒瀬の友達のために。ひよりのために。そして――黒瀬のために。


二人は、同じ秘密を共有した。みつきが“月影ミラ”であること。依頼主が黒瀬の友達であること。そして、バースデーカードにはひよりオタを驚かせるサプライズが仕込まれていること。

二人の距離は、もう後戻りできないほど近づいていた。


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