表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月のチャームが揺れた日  作者: かも@ろん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/15

第12章 依頼の影、揺れる日曜日

日曜日の朝は、土曜日よりも静かだった。

外の空気は冷たく、窓の外では薄い雲がゆっくりと流れている。

みつきは、布団の中でしばらくぼんやりしてから、ようやく手を伸ばしてスマホを取った。

通知がひとつ。

月影ミラの本垢に届いたDM。

(……え?)

寝ぼけた頭が一気に覚める。

画面を開くと、丁寧な文章が目に飛び込んできた。

「ひよりのバースデーカード企画のイラストを描いていただけないでしょうか」

胸がどくん、と跳ねた。

(……ひよりの……バースデーカード……?)

手が震える。

こんな依頼が来るなんて思ってもいなかった。

依頼主のアカウント名は、見覚えのないものだった。

アイコンはひよりのグッズ写真。

プロフィールには「ひより推し」とだけ書かれている。

(……ひよりのファンの人……?)

昨日のライブの熱気がまだ残っているのかもしれない。

たまたま自分の絵を見つけて、依頼してくれたのだろう。

(どうしよう……)

描きたい気持ちと、怖い気持ちが同時に押し寄せてくる。

胸の奥がざわざわして、落ち着かない。


悩んだ末に、みつきはスマホを握りしめたまま、

創作仲間の友人・沙耶にメッセージを送った。

「ちょっと相談したいことがあるんだけど……」

すぐに返事が来た。

「どうしたの?通話する?」

みつきは深呼吸して、通話ボタンを押した。

「……あのね、依頼DMが来たの。ひよりのバースデーカードの……」

「えっ、すごいじゃん!」

沙耶の声は明るくて、みつきの胸の緊張が少しだけほどける。

「すごいって……でも、怖いよ。私なんかが描いていいのかなって……」

「いいに決まってるでしょ。あんたの絵、ずっと見てきたけど、ひよりの動きとか光の入れ方とか、誰よりも分かってるじゃん」

「……でも、会社の人にバレたら……」

「バレないよ。あんたの本垢、顔も名前も出してないし。

それに、絵はあんたのものだよ。誰のものでもない」

その言葉が、胸の奥に静かに落ちていく。

「……描きたい気持ちは、あるんだよね」

「だったら描きなよ。ひよりのバースデーカードなんて、めったに描けるもんじゃないよ」

みつきは、スケッチブックを見つめた。

昨日描いたミラのラフが、光を受けて静かに佇んでいる。

(……描きたい)

その気持ちが、少しずつ怖さを上回り始めていた。


黒瀬は、日曜の朝をいつもよりゆっくり過ごしていた。

コーヒーを淹れ、ソファに腰を下ろす。

けれど、心は落ち着かない。

スマホを手に取る。

オタ友からのメッセージが昨夜のまま残っている。

「DM送った!返信来るといいな!」

黒瀬は、そのメッセージを何度も読み返していた。

(……返信、来るだろうか)

月影ミラのアカウントを開く。

新しい投稿はない。

けれど、昨日見たラフの光と影が、頭から離れない。

(……あの線……)

みつきのノートの線と重なる瞬間がある。

でも、違うと言い聞かせる。

(偶然だ。偶然……)

そう思うほど、胸の奥がざわつく。


午後になっても、みつきはDMの画面を開いたまま動けなかった。

「描かせてください」と返したい。

でも、怖い。

「断るべきかな……」

「でも、描きたい……」

机の上のミラのラフを見つめる。

光の入り方、影の落ち方。

ひよりの覚醒前の雰囲気を描いたときの胸の高鳴りが蘇る。

(……描きたい)

その気持ちが、ゆっくりと形を持ち始めた。


夕方、黒瀬のスマホが震えた。

「まだ返信来ないな〜。どう思う?」

黒瀬は短く返す。

「気長に待てばいい」

けれど、内心は落ち着かない。

返信が来たらどうなるのか。

依頼が通ったら、どんな絵が見られるのか。

(……この人の絵が、もっと見たい)

その気持ちが、静かに胸の奥に沈んでいく。


日が沈みかけた頃、みつきは深呼吸をした。

沙耶の言葉が頭の中で響く。

「あなたの絵はあなたのものだよ」

スマホを手に取り、DMの返信画面を開く。

指が震える。

でも、迷わない。

「……描かせてください」

送信ボタンを押した瞬間、胸が熱くなった。

(……送っちゃった)

怖さと嬉しさが入り混じった、不思議な感覚。


夜。

黒瀬のスマホが震えた。

「返信きた!!!」

オタ友からのメッセージ。

黒瀬は息を呑む。

(……来たのか)

月影ミラのアカウントを開く。

新しい投稿はない。

けれど、依頼が通ったことを知り、胸が熱くなる。

(……この人の絵が、また見られる)

黒瀬はまだ知らない。

その“この人”が、

明日会社で隣に座る朝倉みつきだということを。


みつきは、DMを送ったあともしばらくスマホを握りしめていた。

胸の奥がじんわりと熱い。

怖さと嬉しさが混ざり合って、落ち着かない。

(……受けちゃった)

ひよりのバースデーカード。

自分がずっと好きで、何度も描いてきたキャラ。

その“公式に近い場所”に、自分の絵が触れるかもしれない。

(……大丈夫かな)

不安はある。

でも、それ以上に胸の奥に灯った小さな火が、消えずに残っていた。

机の上のスケッチブックを開く。

ミラのラフが、柔らかい光を受けて静かに佇んでいる。

(……描こう)

その決意は、昨日よりもずっと強かった。


黒瀬は、ソファに座ったままスマホを見つめていた。

オタ友からの「返信きた!!!」というメッセージが、画面の上で光っている。

(……来たのか)

胸が静かに跳ねる。

月影ミラのアカウントを開く。

新しい投稿はない。

けれど、依頼が通ったことを知り、胸の奥がじんわりと熱くなる。

(……この人の絵が、また見られる)

その事実だけで、心が少し浮く。

けれど同時に、胸の奥に小さなざわつきが生まれる。

(……どうして、こんなに気になるんだろう)

理由は分からない。

ただ、気になって仕方ない。

昨日のライブで見た光。

月影ミラの絵の光。

そして、会社で見たみつきのノートの光。

それらが、頭の中で静かに重なっていく。

(……違う。違うはずだ)

自分に言い聞かせる。

でも、胸の奥のざわつきは消えない。


みつきは、机に向かったまま、ひよりのバースデーカードの構図を考えていた。

光の入り方。

髪の揺れ。

覚醒前の静けさ。

(……どう描こう)

胸の奥に浮かぶイメージを、ゆっくりと言葉にしていく。

一方そのころ、黒瀬はベッドに横になりながら、月影ミラの過去投稿を遡っていた。

光の描き方。

影の落とし方。

キャラの重心の置き方。

(……この人、本当にひよりの動きを分かってる)

スクロールする指が止まらない。

みつきは、紙の上に線を走らせる。

黒瀬は、スマホの画面に映る線を追いかける。

二人は別々の場所にいるのに、

同じ光を見つめていた。


ラフを描きながら、みつきはふと手を止めた。

(……これでいいのかな)

光の入り方が、どうしても決まらない。

ひよりの“覚醒前の静けさ”をどう表現するか。

自分の中にあるイメージはあるのに、線が追いつかない。

(……誰かに相談したい)

沙耶には構図の話はできても、

ひよりの“動き”や“光”の話は伝わりにくい。

胸の奥に、ひとりの顔が浮かんだ。

黒瀬。

(……だめだよ)

すぐに否定する。

会社の人に、こんなこと相談できるわけがない。

自分の創作のことなんて、知られたくない。

でも――

黒瀬の言葉が、ふと蘇る。

「光の入り方が……舞台の上だけ別世界みたいで」

昨日、物販列で聞いた言葉。

ひよりのビジュアルを語るときの、あの静かな熱。

(……黒瀬さんなら、分かるかもしれない)

胸が跳ねた。

(……相談したい)

その気持ちが、ゆっくりと形を持ち始める。

でも、怖い。

知られたくない。

でも、話したい。

(……どうしよう)

胸の奥で、二つの気持ちがせめぎ合う。

けれど、最後に残ったのは――

“話したい”という小さな声だった。

(……明日、少しだけ……聞いてみようかな)

その決意は、弱くて、頼りなくて、

でも確かにそこにあった。


みつきは、描きかけのラフをそっと閉じた。

胸の奥に残る熱を抱えたまま、布団に潜り込む。

黒瀬もまた、スマホを伏せて目を閉じた。

月影ミラの絵の光が、まぶたの裏に残っている。

二人はまだ知らない。

明日、

ひよりのバースデーカードの“光”をめぐって、

二人の距離がまた一歩近づくことを。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ