護衛騎士の視線の先は
――私の上官は、周囲から見ると完璧らしい。
沈着冷静、頭脳明晰、なのに剣の腕は騎士団随一。
挙げ句の果てに、飴色の髪と瞳の精悍な顔立ち。
まあ、そこまでは私も否定しない。
否定しないが、あの人には決定的な欠点がある。
それは……。
「お兄様!クッキーを焼きましたの、召し上がってくださる?」
「ああ!アイリス!お前が焼いてくれるだなんて、俺はなんて幸せ者なのだろう。素晴らしい香りだ、食べる前から美味しさが伝わってくるよ。さらに造形も美しい。また上手になったね?兄として誇らしいよ、それに――」
この、重度のシスコンっぷりである。
私はため息を一つ吐くと、まだ何かを話している上官を無視してアイリス様に声をかける。
「ありがとうございます、アイリス様。皆で頂きますね」
「はいっ!アニュ様、よろしくお願いいたします!」
……可愛い。
シスコンな上官同様の飴色の髪と瞳。
宗教画の天使のような愛らしく気品のある顔立ち。
やっぱり可愛いなぁなんて思っていたら、横から恨みがましい声。
「アニュ、貴様……私とアイリスの逢瀬に割って入るなど、どういうつもりだ」
「ハロルド様がいつまで経っても口を閉じないからでしょう。アイリス様だって暇じゃないんですよ」
上官であるハロルド様は、妹のアイリス様が絡むといつもこうだ。
アイリス様は確かに可愛いし、兄として歪みたくなる気持ちも分かるけど……もう少しどうにかならないのかな、この人。
そんなやりとりをしていたら、アイリス様がぱぁっと笑顔を浮かべ、ポンと手を打つ。
「そうだ!お兄様、アニュ様、聞いてくださいまし!わたくし……とうとう婚約者が決まりましたの!」
――上官に視線を移そうとした頃には、ハロルド様は動いていた。
ハロルド様が笑顔でアイリス様の両肩を掴む。がしりと力強く掴むのではなく、羽根のように優しく指をかけているようだ。流石シスコン。
「……アイリス。相手は?父には、俺の許可なしに成約させるなと伝えていたはずだけど?」
圧と発言内容にドン引きしてしまうが、実妹のアイリス嬢は慣れているのかコロコロと笑う。
「ふふ、クラウス様です!あぁ嬉しい。私がずっとクラウス様のこと好きだったの、お兄様もご存知でしょう?」
◇
「はは、ハロルドの妹御もようやくこの兄から離れられるか!」
「閣下、言葉を選んで頂きたい」
事情を聞いた初老の男性が大笑いする。
ハロルド様が文句を言いながら剣の鞘に触れようとした瞬間、私は迷わずその背中を引っ叩いた。
「ハロルド様。どのような事情があろうと、もし抜剣したら対処させていただきますからね」
「ぐっ……」
「くくく、相方の尻にすら敷かれておる。こいつに憧れている娘達には見せられん光景だな」
ここは宰相府執務室。
私達は宰相閣下を護衛する護衛騎士だ。
担当時間以外は執務をしたり訓練をしているため、アイリス様はその時間に会いに来てくださっていた。
宰相閣下は笑いながらも真剣な眼差しで書類に目を通す。
「ふむ、クラウス殿か。新進気鋭の王宮文官がアイリス嬢とは意外だった。もっと政治的に有利な娘を娶ると思っていたが」
ハロルド様は、言いたくなさそうに目を逸らしながら口を開く。
「……クラウスとは幼少期からの付き合いがありまして」
「幼馴染同士の大恋愛か?はは!なおさら兄の出る幕ではないな!」
ハロルド様はぷるぷる震えているが堪えている。
ここで暴れてアイリス嬢に『残念な兄がいる』などという不名誉な評判を与えないためだ。ちなみに、周囲がハロルド様のことを完璧超人だと思っているのも同じ理屈である。
分かりやすいというか何というか……。
◇
その日の夜。
交代を終え、宿舎に戻ると……ハロルド様は分かりやすく荒れた。
私の部屋に酒を持って来て、飲んだくれている。
「飲み過ぎですよ、ハロルド様」
「アイリス……アイリス……」
酒瓶を回収すると、中身は既に空だった。
ため息をついて酒瓶を片付け、水を出す。
ハロルド様はそれを受け取ると、一気に飲み干した。
コンッと音を立ててコップを置くと、机に突っ伏してしまう。
「ハロルド様、寝るなら自室で……」
「アイリスは、俺の天使なんだ」
思いのほか真剣な声色に、居住まいを正す。
「あの子は赤子の頃から可愛かった。母様の腕の中で幸せそうに眠る顔が、本当に愛らしくて……だから、何があっても守るって決めたんだ。……なのに、他の男に任せるなんて……」
「それがアイリス様にとっての幸せなのであれば、受け入れて差し上げるしかないでしょう。幼馴染ということは、お互いに性格や価値観を知った上で結ばれたのでしょう?」
我ながら可愛く無い物言いだ。優しく慰めるといったことが苦手なので、どうしても突き放した言い方になってしまう。
ハロルド様は少しだけ目を丸くした後、苦笑しながら応える。
「……そうだな、クラウスはいい奴だ」
◇
少し目を離したら、ハロルド様は眠ってしまっていた。
仕方がないので何とかベッドに放り込む。こういう時、騎士として訓練を受けていて良かったと思う。
自分は床で寝ようと別の毛布を引っ張り出し、床に腰をおろす。
壁にもたれ目を閉じた辺りで声が聞こえた。
「……アニュ、そこでなにしてる」
「寝ようとしていますが、どうされました?」
「床だぞ」
「そうですね」
ギシリ、とベッドが軋む音がして目を開くと、ハロルド様が目の前で膝をついていた。
「寝てらして、いいんですよ?」
「そんなこと出来るわけないだろ……アニュ」
ふ、と飴色の瞳が、その視線の強さが私を貫く。
鼓動が跳ねたと思う間もなく、そのまま抱き上げられた。
まだハロルド様からは酒の匂いがするのに、酔っているとは思えない程の安定感がある。
「え、ちょっ……」
「いくら君でも、女性を床で寝かせて自分はベッドというわけにはいかない」
ドサリとベッドに横たえられる。
そのまま見つめ合い、互いにしばらく動かない。
カチ、コチ、という時計の音すら聞こえるくらいシンとした室内で、ハロルド様が囁くように口を開く。
「君は……僕のこんな姿を見ても幻滅しないのか」
「こう言ってはアレですが、普段アイリス様と接している時の方がよほど残念ですよ」
「はは、そうか……」
ポスっと、ハロルドさまが私の肩に頭を埋める。
「…………慰めて、くれるか」
「婚約者のご要望には、お応えしないといけませんね」
私の軽口に合わせ、ハロルド様の掌が私のそれと重なる。
アイリス様のために外面を鍛え続けたハロルド様は、それはそれはモテた。
モテすぎて……私と偽装婚約するくらいに。
重度のシスコンで、めんどくさくて。
でも誠実で真面目で、職務に手を抜かないこの人相手なら別にいいか、と思ってしまうくらいには、私も大概めんどくさい。
ランキング入りありがとうございます!




