妹ができたのだけど。
マデリンは公爵家の長女である。
七才上の兄がいて、兄の妻である義姉もいて、生まれたばかりの甥っ子も一人いるが、マデリンに妹はいない。
だから、マデリンは少しばかり妹というものに憧れがあって、妹がいたら良いと思っていた。
なんでも、噂に聞く妹というものは、姉のあとをついて回って、ずるいずるいといって姉のものを欲しがったりするらしい。両親の愛を独り占めして、姉を冷遇したりするらしい。
公爵家の縁戚、三代前に分家した伯爵家に姉妹がいるのだが、これが姉は亡くなった先妻の娘、妹は身分の低い後妻の娘で、どうもそうらしいのだ。
お茶会で違和感を覚えたマデリンが執事に頼み、執事が伯爵家の家人に探りを入れて、大枠の情報を得た。
さすがにマデリンだって、サンプルサイズ(n=1)で、全世界の全姉妹がそんなにエグい関係だとは思っていない。が、しかしマデリンはそれでも妹がいたら良いなと思っていた。
マデリンは末っ子長女なので、弟妹について回られたことがない。甥っ子はようやく寝返りできるようになったところである。ずるいずるいといって何かを羨ましがられてねだられたこともない。
両親の愛は……兄と義姉の愛まで加わって控えめに言ってもやたら重い。ちょっと分散してくれないかと思うほど大変に重い。
なので執事より、
『くだんの伯爵家の妹が、姉の婚約者にすり寄って姉の婚約をダメにした。婚約者が妹にすげ替えられるのもまもなくだろう』
という内容を聞き。
マデリンは妹欲しさに、家族に言ってみたのである。
「分家の伯爵家の妹を、うちの養子にしませんか」と。
マデリンの提案は通った。
伯爵家の妹は、身分が不十分と見なされていた。
実父は伯爵だが、姉と違って実母の身分が足りない彼女が、お相手――王太子の従弟で、王弟家の御令息である――と婚約するには、一度マデリンの公爵家に養子に入って出自ロンダリングが必要と判断されたのである。もちろんマデリンの家族が、マデリンにとても甘いせいもあるが。
それでマデリンの提案は通った。そうして、マデリンに妹ができたのである。
それから。
妹が公爵家にやって来て、その後である。
マデリンは期待していた。
妹が、マデリンのあとをついて回ってくれることを。
それはマデリンの理想だった。
しかし、理想は理想でしかなかった。
現実。
妹は、全然、ついて回って来なかった。
そもそも、マデリン自身がそんなに行動的ではなかった。ほとんど自室で分厚い魔術書を読んでいるか、公爵家専用の練兵場で魔術をぶっ放しているかのどちらかだったから、おそらく、ついて回るには不向きだったのだ。
それでも、自室に押しかけてきた妹には魔術書を薦めてみたものの。興味なかったのか飽きたのか、マデリンが魔術書を大満足で読み終わって、気がついたときには妹はもう部屋から居なくなっていた。
さらに言えば、魔術使用時の練兵場は危険なので、最初から第三者立ち入り禁止だったため、ついてまわるどころか、妹は足を一歩踏み入れることさえできなかった。見通しが甘かった。
マデリンは期待していた。
妹が、マデリンの持ち物をずるいずるいと言って、ねだってくれるのを。
それはマデリンの理想だった。
あくまで、理想は理想でしかなかった。
現実。
妹は、全然、ねだってこなかった。
あまりにもねだられないので、さりげなく一番お気に入りの魔術書をアピールして、あげましょうか?と言ってみた。
返ってきた答えは、「そんな鈍器いらないわよ」だった。魔術書は断じて、鈍器ではない。
あまりにもねだられないので、今度は、さりげなくお姉様の部屋と交換してみたくならない?と聞いてみた。
返ってきた答えは、「そんな遠くて日当たりの悪い部屋嫌よ」だった。マデリンは、魔術書保全のために直射日光が当たらないよう、公爵邸でも最北端の塔の、北向きの部屋に生息していた。うまくいかない。
ついでに、執事からはお小言までもらってしまった。
「マデリン様のお部屋は、魔術書の重みで床が抜けないように特別に強化しているのですから、思いつきでお部屋交換はできません。強化工事前にお部屋を移動なさったら、床が抜けます」
マデリンは期待していた。
妹が愛されて、家族からの重すぎる愛情が少しは軽減されるのを。
それはマデリンの理想だった。
結局、理想は理想でしかなかった。
現実。
妹は、やれマナーがなっていない言葉づかいがなっていない、姿勢が動作が態度が性格がどうのこうの、と両親から兄から義姉から毎日愛の鞭を受けていた。
だから、マデリンが家族に構われる時間だけは減った。時間だけは減ったが、その分、濃くなった。
必要なマナーを全然覚えてくれないのよと嘆く母に、家政の差配もわかってくれないのと頬に手を当てる義姉。
領地の場所もわからないのでは困ると遠い目をする父に、親戚の名前も顔も覚えないのはどうなのかと眉間にしわ寄せる兄。
ストレスなのか、両親も兄義姉も愚痴りながら、みんなぎゅむぎゅむとマデリンを抱きしめる。妹が来る前は、まだここまでべったりしていなかった。悪化している。
マデリンは決して期待ばかりしていたわけでなく、ちょっと不安も覚えていた。
妹が、姉の婚約者を奪うのではないかと。
それはマデリンの想像だった。
だがしかし、想像は想像でしかなかった。
現実。
妹に、「こちらが、わたくしの婚約者のアンジェロ様よ」と紹介したところ、妹からはあっさり「はじめまして」の一言。
妹から婚約者へ、過剰なボディタッチも上目遣いも、なにもなかった。
てっきり、「お姉様がアンジェロ様の婚約者だなんてずるいわ!」とか、「アンジェロ様にふさわしいのは私よ!」とかなんとか言われて、婚約者を奪われるかと思っていたマデリンは拍子抜けした。
それでもやっぱりちょっと不安だったので、さりげなくアンジェロ様ってステキだと思わない?と尋ねてみた。
返ってきた答えは、「あんなハゲのブサメンどこが良いの?」だった。ひどい。
さらに、「顔も身長も爵位も全部私の婚約者より下じゃない」と追撃された。ひどすぎる。
マデリンは言い返した。
「ハゲじゃないのよ!元々薄いかもしれないけど、アンジェロ様は潔く剃ってるのよ!精悍なのよ!顔はわたくしの好みよ!それに魔術の腕前は誰よりも上よ!国に三人しかいない大賢者の一人なんだから!爵位だって、アンジェロ様は実力で掴み取ったのよ!親から譲られるだけの人とは違うのよ!それになによりハートがステキなのよ!アンジェロ様は魔獣の暴走が起きても誰一人見捨てないのよ!どれだけ危険でも立ち向かって、いつだって魔獣に背を向けたりしないのよ!なんでアンジェロ様の良さがわからないのよ!」
「わからないわよ!」
婚約者の魅力をわかってもらえず、マデリンは納得がいかなかった。奪われたくはないが、共感はしてほしいマデリンなのである。
が、妹がどん引きしながら、「お姉様にはアンジェロ様がお似合いよ」と捨てゼリフをつぶやいたので、初めての姉妹喧嘩はそこでおさめることになった。
そんな感じで、マデリンには妹ができたのだけど、現実はなんか思っていたのとは違うのだった。
一年ほど経って、マデリンのシン・妹が嫁いだ後。
マデリンはくだんの伯爵家の姉とお茶会をする機会があった。
三代前に分家していて血縁としてはやや遠いが、親戚なので、定期的に親戚づきあいはしているのだ。
「マデリン様、ありがとうございます」
お茶会の席で姉から感謝されて、マデリンは首をかしげた。
「何のことかしら?」
「あの子を養子にするよう、強く薦めてくださったと聞きました」
「感謝されるようなことではなくってよ」
マデリンは本心からそう言った。
マデリンは妹が欲しくて、そして妹ができただけで、なにか感謝されたり恩を売ったりする意図はなかった。
妹という存在に期待したあれこれは、なにも期待通りにはならなかったが、でもまあ妹というものも悪くはないと、マデリンはそう思っていた。
「あの子は、思い通りにならなかったら、なんでもめちゃくちゃにしました。私の部屋など、何度荒らされたことか」
あら?わたくし、そんなふうに部屋を荒らされたことないわね。と、やや疑問を覚えたものの、マデリンは聞き流すことにした。
ちなみに、公爵家の執事や侍女は何度か目撃している。
広大な公爵邸で、北端にあるマデリンの部屋に行き着くまでに体力尽き心折れ、なんでこんなに遠いのよ!と癇癪を起こし、疲れてとぼとぼ戻っていく妹の姿を。
数度に一度、マデリンの部屋にたどり着いても、重たすぎる魔術書を持ち上げられず動かせず、荒らせなかった妹の姿を。
一方で、マデリンはしょっちゅう魔獣に立ち向かう婚約者に準拠して、まったく令嬢らしからぬ体力をつけていた。そのため、妹の状況には思い至らなかった。
「あの子は私から後継の立場を奪って。家を出ると決まった私に婚約者ができたら、今度は婚約者を奪って、後継はもう要らない、なんて勝手を言って。マデリン様が養子として引き離してくださって、私は後継の立場を取り戻すことができました」
マデリンは妹がいたら良いな、という欲求に従って半ば興味本位で養子を提案しただけだったので、少しきまり悪く感じて視線を泳がせた。
「あの子も無事に嫁ぎましたし、我が家も私が後継と決まり、落ち着きを取り戻しました。不甲斐ない親戚と見捨てず、我が伯爵家を安定させようと取り計らってくださったマデリン様の深謀遠慮、心より感謝しているのです」
深謀も遠慮もなにもない。
妹は期待通りでも想像通りでもなかったし、全方位誤解と誤謬だらけよ?とマデリンは言いたかった。
が、しかたないので、
そのとおり。最初からこうなると見越して取り計らったのですわ、という顔をして、マデリンはティーカップをそっと置いたのだった。
「そこまで言われるのでしたら、気持ちは受け取りましょう。どういたしまして。うまくいったようで良かったですわ」
その昔、京極◯彦先生の本を読んでたら、
実妹「辞書?」
友人「なにその鈍器」
辞書でも鈍器でもないよ、小説ダヨ☆
さりげなくアピールしたけど、現実には「お姉様ばっかり読んでずるいわ!私に読ませて!」とはならなかったね。やっぱり。
お読みいただきありがとうございました。




