第七話 俺は黒船騒ぎの中で桂小五郎に出会う
江戸から浦賀まで歩いて行くと一日から二日かかる。時間がないので浦賀までノンストップで夜も歩くということにしたので一昼夜あれば着くだろう。
出立して気づいたが、物好きは結構多いらしい。暇をもてあました江戸の庶民が大挙して浦賀の黒船見物に向かっているようだ。武士の姿も少なくは無い。
俺はざっと見渡して年も近そうな武士に声をかけた。
「あなたも黒船見物に行くんですかいの」
「見物など悠長なものではありません。奴らはわが国に攻めて来たのですよ」
その武士は言う。
俺は少し驚いた。そんな話しは聞いたことがない。
「黒船は鎖国の法を解かなければ砲撃すると幕府を脅しているのです」
なんか眉唾だな。
しかし、戦を仕掛けて来るかもしれないということは、黒船は大船団なのだろうか。
「すると異国の艦隊とは五十隻・・・いや百隻の大艦隊とかやって来たのか」
「いえ、四隻ですが・・・」
四隻かい!
それだけかい!
拍子抜けする。
「それなら追い返せばいいぜよ」
「最新の蒸気船で来ているのです。大砲も大きく、異国の科学力は侮れません」
蒸気船ねぇ。下田屋で模型みたけど、湯気で動く船だろ。
なんか弱そうじゃん。湯気って。
どうも今ひとつピンと来ない。しかし、この武士の顔は至って真面目である。
「それで、黒船見物でなければ何をしに浦賀へ?」
「敵の船を観察してその力を分析するためです」
それを見物というのではなかろうか。
少し沈黙が流れ二人で並んで早足で歩く。なんか変な奴を捕まえてしまった。浦賀まで同行に選んだ相手が悪かったかもしれない。そこでふと肝心なことを聞いてないのに気づいた。
「私は土佐の坂本龍馬です。あなたはどちらの方で?」
「失礼。私は長州藩の桂小五郎です」
その男は言った。
驚いた。長州の桂小五郎といえば、江戸三大道場の一つである練兵館の若き塾頭である。
その剣の実力は天才と名高い。
俺は思い直す。同行に選んだ相手はとんだ拾い物だ。剣の修行をする上でこの男と縁を結ぶというのはどれだけ役に立つか。
とにかく、桂と友誼を結ぶために彼の関心の話題を振ることにする。人との付き合いを円滑にするには話を聞くことだ。聞き上手こそが人間関係を作る上でもっとも役に立つスキルである。
「私の先生はこの日が来るのを予測していたのです。数十年も前から異国の船は日本沿岸を行き来して、日本に開国を要求していました」
「何十年も前からやってたなら、なんで今回は大変なんだ?」
「今までは交渉が主な目的でしたが、今回は脅しに来たのです。軍艦で幕府を脅して戦も辞さない交渉です。場合によっては本当に戦が始まるかもしれません」
少しずつ分かって来たぞ。
それにしても桂という男の話は分かりやすい。難しい話を分かりやすく語るのは頭が良くなければ出来ない。話しの仕方も上手く説得力がある。
剣の天才として名高いが、頭の方も相当の天才のようだ。
文武両道の天才か。よく見ると顔もいいし。なんかムカついて来た。
こういうのが男の敵だ!
「それでは、いっそ開国した方がいいのかもな」
桂の目が鋭く光る。
やべぇ、失言か。
ちょっとムカついてたので言葉を選ぶのを忘れとりました。
鎖国の法は徳川二百五十年の法であり、それを犯すことはならない。確か数十年前に開国を説いた学者が打ち首になったとかなんとか聞いた気がする。商家の家風が残る坂本家で育った俺は若干武士としての心得が欠けるところがあり、軽率に発言する癖がある。
「学者の佐久間象山先生は開国を説いています。しかし、アジア各国の情勢からして開国が正しいとはとても思えない」
あれ? 意外とスルーされた。
「それにしても君は武士の癖に開国などと軽々しく言いますね。どのような意見も柔軟に考えるのは必要ですが、意見を言う相手を選ばないと大変なことになりますよ」
はい。今、刀を抜かれるかと思いました。
ふう、助かった。桂っちいい奴じゃん。
仲が良くなったのかどうかは今ひとつ手応えは無かったが、俺と桂はそれなりに言葉を交わし互いの人柄を確かめたあたりで浦賀についた。
浦賀は大騒ぎである。
「小船を出して黒船に近づくことまかりならん!」
浦賀奉行所の役人が大声を張り上げている。
つまりはさっきまで、小船で近づいて黒船見学していた奴らがいたわけだな。
俺でさえ陸から見物するだけしか考えてなかったのに、凄い奴がいるもんだ。
「坂本くん、あれが黒船だ!」
桂が海の方角を指した。そこには今まで見たことの無い大型の黒い船が浮かんでいた。
確かに凄い! 面白い!
前に見た模型なんか似てねぇ。つか、こんなでかいのかよ!
俺は興奮した。
あれいくらするんだろう!
頭の中で勘定するが、どうも予想が付かない。今まで見たことのある千石船の十倍、二十倍の値段だろうか。あの大きな大砲や煙を吐く煙突はいくらくらいだろうか。
「あれが黒船か・・・勝てるだろうか」
横で桂がつぶやいている。
こいつは本気で戦うつもりなのか。
まあ、俺には関係ねぇし。
一通り黒船見物を堪能した後で、俺は桂と別れて江戸の土佐藩中屋敷に帰ることにした。もちろん帰り際に桂に練兵館に遊びに行くという約束はちゃんと取り付けておく。その為に途中で別れず浦賀まで一緒に来たんだからな。黒船騒ぎがおさまったら剣術談義をしに行こう。
剣術の天才とのコネ、GETだぜ!
これが俺の浦賀小旅行及び桂小五郎との出会いだった。